願い
うん、野宿じゃないっていいなあ。ふかふかだー。いい匂いーー!
ふかふかベッドなんて、いつぶりだろう——……太陽の匂いを嗅いでいる内にボクはいつの間にやら穏やかな眠りに落ちていた。
――――
「おいおい、あんまりはしゃぐなよ」
「いいじゃないか。たまには羽目を外させてくれても?」
信頼できる仲間の苦言にボクは笑って答え、穏やかな木漏れ日の森の中を歩いていく。
時折木々の合間をぬうような、爽やかな風を感じながら、ボクは小川へ向かい、流れる水に手をつけた。
ひやりとした流れる水の感触を楽しみ、それからボクは水を手で掬いゆっくり喉に流し込む。
うん、おいしい。
それにいい天気だ。まさにピクニック日和だね。川も光を反射し、水面がキラキラ輝いてまるでたくさんの宝石に囲まれているみたいだ。
遅れてきたパーティーメンバーにも水をかけて、きゃあきゃあと騒ぎあう。
たまにはこんな息抜きがあってもいいね。
もうちょっと、水を飲もうかな? 騒いだら喉が渇いちゃった。
再びボクは水を掬い、口につける。
せっかくのおいしい水なんだ。もう一杯いただこう。
そしてまた口をつける。
うーん、それにしても暖かい。いい天気なのは素敵だけど、これはもはや暑いよね?
喉が渇いちゃうよ。
また一口。ところがまだ足りない。
飲めども飲めども渇きは収まらず、ついにボクは顔を水につけ呼吸も忘れて水を飲み始める。
ボクの体のどこにそれだけ入っていくのか。水は幾らでもボクの胃に収まっていく。お腹はすでに痛みがある。
けれどもまだ飲める。まだまだ欲しい。
いや、違う。こんなものいくら飲んだって足りはしない。
足りはしないんだ……。
目覚めは何故か最悪だった。
額に手をやると、汗がぐっしょりで酷く寝苦しかったことがわかった。
布団は暑くはないから、きっと夢見が悪かったんだろう。
「まだ日が落ちてないじゃないか……」
どんな夢を見ていたのかまるで思い出せない。
けれども、カーテンの隙間から部屋に落ちる日の光が、何故か以前より眩しく映るのが印象的だ。
体を起こしベッドから離れ、ちょっとだけ少しだけと自分に言い聞かし漏れる光に手をかざす。
「っ!」
光にかざした手の甲が燃えるかのような信号を発し——ああ、痛みだ——手を引っ込める。
「あー、寝よ寝よ!」
ベッドに駆け戻り枕に顔をうずめてふて寝する。
何であんなこと試そうと思ったのか。眠っていた期間が長くて頭がぼけちゃったのかな?
「そういえば——迷宮で出会った冒険者……この街に行くって言ってたけどどうしてるかな」
大男がタロスで、女魔法使いが——ええとミーナだったか。もう一人いたはずだけど……覚えてないな。
ゴードンだったっけ。いや、ゴードンはエリーゼたちの護衛だ。もしかして名前教えてもらってない?
気が向いたら彼らを探すのもいいだろう。そんな今後を考えながらボクの意識は再び眠りに落ちていった。
――――
「冒険者登録ですか? ……それではこちらの書類に必要事項をご記入ください」
冒険者ギルドのカウンターで書類をまとめていた知的そうな若い男は、ボクが要件を告げると一瞬戸惑った声を上げた。
しかしさすがプロ。すぐに持ち直して、登録に必要な書類を出してきた。
日も落ちてからギルドの扉を開いた幼い子—―ボクのことだ——相手でもとやかく言わない辺りこの人はなかなか懐が深い。
単に冒険者って職種にいわゆる訳ありが多くて慣れているだけかもしれないけど。
「よーし、書くぞー!」
インク壺と羽ペンを受け取り、書類を書こうとするけれど……カウンターは顔ほどの高さがありちょっときれいに書ける気がしない。
「今、台を用意しますのでしばらくお待ちください」
受付さんは、ボクの背丈を見て奥から木の箱を持ってきてくれた。
できる男の人って素敵!
「ありがとう……ええと?」
良かった。字は問題なく読めそうだ。
「名前は……サラ、と。
年齢? とりあえず18歳でいいか」
「……10歳ぐらいとお見受けしますが」
「ボクの年齢は10歳ですはい。
性別は女。
使用可能魔法? ……『身体強化』と『自己回復』あとはなんて書いたらいいのかな…
…『物理無敵』と『仲間造り』、と。
パーティー希望タイプ? こんなのあるんだね。前衛、と。斥候は苦手。
その他特記事項。とっても強くて頼りがいのあるクールビューティーです。よろしく。
できました!」
ギルドの受付さんにできたてほやほやの書類を返却する。
受付さんは目の前に装着した丸いガラス板————なんだろう?—―――を何度か直しながらボクの書いた字を確認していく。
「ずいぶん古い筆跡ですね……。使用可能魔法の『物理無敵』とはなんでしょうか? それと仲間造りとは一体?」
「あー、えーと……」
何も考えずに自分のことを正直に書いちゃったけど、そういえば普通の人間は火・風・水・土の四属性ぐらいが使えるんだったっけ。
あとは——なんだったっけ? ごく少数の人間が使える特別な魔法があったような……ダメだ名前が思い出せないや。
「えーと、そう。既存の魔法に囚われない特別な魔法! いわば独自魔法だよ。内容はもちろん秘伝だけれど、効果は保証するよ!」
しどろもどろになりながらとっさにてきとうな言い訳をする。
だけど言うに事を欠いて、独自魔法ってなんだよ。聞いたともない。
受付さん納得してくれるかな?