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辺境の地 タルミア

――――



「満点の星空! 爽やかな空気! そしてなにより、まばらな建物が並ぶ――えーと、村?」


数日経ってたどり着いたタルミアの街は、街というより村と言った方が適切な土地だった。

まともな建物はかろうじて領主の館――それも別宅で本拠地は別にあるらしい――が建っているけれど、後は小さな宿屋が数軒と冒険者ギルドが一軒、そしてエリーゼ商会の店が一軒だけあるというありさまだった。

他は村人たちの畑や二十軒にも満たない家屋が立ち並ぶど田舎だった。

これをタルミアの『街』と呼ぶ勇気の心はボクにはない。


周りみんな顔見知り。そんな村社会特有の空気をボクはタルミアの『街』に感じた。


「世界樹開墾計画の走りで私たちが派遣されているのです。これからこの『街』はクローラー王国の要となることでしょう」


隣で鼻息高く宣言するのは商人見習いのエリーゼ。彼女はこのタルミアで一旗揚げようと考えているらしい。

ボクには寂れた死にかけの村にしか見えないんだけど……そういうものかしら。


「タルミアは、私たちがこれから盛り上げていくんです、ね! サラさん?」


隣でエリーゼは嬉しそうに、商会に持ち込まれていた漆塗りの大テーブルを撫でている。

彼女にとってはこの街は商人としての挑戦の街で、初めての一人立ちの街だ。

ボクにとっては――日光防げる建物が少なそうでやだなあ、といった感想しかない。


ただ、冒険者ギルドに活気があるのはいいことだね。

目を向ければ日が落ちた今でもちらほら冒険者が笑いながら本日の成果をギルドに持ち込んでいる。

うんうん。夜でも持ち込み可能なのは良いね。ボク好みだ。


まずはチェックインしよう。

宿屋に泊まるお金はエリーゼの護衛金で十分賄えるだろう――賄えるよね? なんてったって銀貨10枚だもん!


腰にぶら下げた皮の硬貨袋をじゃらんと鳴らし、ボクは目についた宿屋の両開き扉に手をかける。


宿名はなになに――『踊る兎亭』か――うん、なんとなくぴょんぴょんする感じが陽気でいい。


「いらっしゃい。食事込みなら一泊50イン。食事なしなら30インだよ」


腕っぷしの強そうな店主は奥からボクを一瞥し、端的に宿屋の料金を告げた。

スキンヘッドで髪の毛もなく、丸太と見まごうばかりの腕っぷしにはどこかの部族の刺青が彫られている。

なるほど。辺境の地は宿屋の店主ですらかなりの戦力を持っているんだね。

憲兵や衛兵の協力が見込めない田舎では商人もそこそこ戦えないと足元見られちゃうもんね。


「銀貨10枚で泊まれるだけお願いします」


とことこと奥まで歩いていきカウンターに全財産をどさっと置く。

店主は見た目にそぐわない丁寧さで銀貨の数を数えると、


「10000インなら……200日だが、そんな先のことはわからねえ。銀貨1枚—―20日分だけもらっておく」


強引に残りの銀貨9枚を硬貨袋に戻してボクに握らせてきた。


「えー、いちいちこまめに更新するの面倒なんだけど……」


ボクが唇を尖らせて抗議をすると、店主はわかってねえなと額に手を当てて言った。


「嬢ちゃんがどれほど優秀な冒険者か、逃げ出した奴隷だが知らねえがな。ここに来たってことは世界樹開拓で一攫千金狙いだろ?」


「うん」


よくわからないけれど頷いておく。


「世界樹へ至る森は毎日凄腕の冒険者が潜っている。が、開拓は遅々として進まねえ。この意味がわかるな?」


「大変だってことだね」


「ああ。森は天然のダンジョンになってやがる。嬢ちゃんの貧相な装備じゃすぐ死ぬぞ」


言われて自分の恰好を振り返ってみる。


素足を出した小さな足、かろうじてへその見えていない丈の身近なボロボロの服。

ゴードンに頼み込んでお情けでもらった、ボロボロの布のマント。

かろうじてまともなのは、手入れしなかったせいで錆びの浮いちゃったナイフぐらいかな。



うーん、あんまり気になってなかったけれど言われてみると——おしゃれにはほど遠いし、これじゃ冒険者らしくないね。


「今持っている金でちったあはマシなもんを買いな。今のままじゃ毒虫を踏んだだけで大事だ」


「ありがとうおっちゃん。顔の割りに良い人だね!」


「おやっさんと呼びな。二階の一番手前の部屋を使え」


二階へと続く階段はカウンターの隣にあった。

一階は酒場となっていて、夜も更けた今は誰もいない。

床にはところどころ料理がこぼれていたり、木造りの丸テーブルに酒の杯が残っていたりするので利用客はそこそこいるんだろう。

ということはおっちゃん——おっとおやっさんだね——が今日の片づけと明日への仕込み中をしているときにボクが来たわけか。


長いしちゃ悪いから聞くことだけ聞いてとっとと横になろう。


「おやっさん。冒険者ってどうやったらなれるんだい?」


「なんだ。やっぱり冒険者じゃなかったのか。ギルドに行って必要な書類書いたらそれで終わりだ。字がかけなきゃ職員が代筆してくれる」


「ありがとおやっさん。明日にでも行ってみるよ」


おやっさんに礼を告げ、今日は二階へ上がる。

真新しい木の階段を上り一番手前の部屋に入る。


窓は——うん。部屋の奥だね。カーテンもあるし、日光は入ってこなそうだ。


とりあえず今日はもう寝よう。明日、日が落ちるまでは絶対寝続けるぞ!

真新しく、まだせんべいになっていないベッドに潜り込みながらボクは静かに次の夜を待つ。


うん、野宿じゃないっていいなあ。ふかふかだー。いい匂いーー!

ふかふかベッドなんて、いつぶりだろう——……太陽の匂いを嗅いでいる内にボクはいつの間にやら穏やかな眠りに落ちていた。



――――



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