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ポコぽこポン!  作者: いぐあな
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八月七日之事_____七話目 前

「暑い!」


あさの4時前から始まった蝉の大合唱もそろそろ5時間。

いい加減にしろ!と言いたいのだが 蝉にとっては土の中で七年 ひたすら我慢した後のアダルトウィーク。

そう考えると何か男性の悲哀の様なモノを感じてしまい、少しは我慢せねばとも思えるから不思議である。


「俺も鳴くだけでかわいい女の子が寄って来てくれないかなあ…。」


汗だくになりながら扇風機の熱風を浴びつつ、愚にもつかない戯言(たわごと)(つぶや)いてみる。

むむ、これは不味いかも知れん。…どうも暑過ぎて頭が若干バグってるようだ。

カレンダーを確認すると8月7日…もうお盆も近い。


盆前のクラゲの少ない今の内にお一人様ではあるが海水浴にでも行こうか…。


…ただ、ぶっちゃけ海まで割りと遠い。車でもなけりゃ今からだと昼近くなるんだよなあ。

想定している海水浴場は 潮の流れの関係で 昼過ぎからは細切れの海藻やゴミがいっぱい押し寄せて来る。

正直言って泳ぐのを躊躇われるほどになるのだ。


明日の朝イチの方が良いのか…などと悩んでいるとガラガラっと玄関の引き戸の開く音とともに大きな声が響き渡る。


「おはよーございまーす! おっ…にーちゃんあっそびーましょお!」


大きなリュックを背負ったぽこちゃんが声の勢いそのままに駆け込んで来た。


「おはよう、ぽこちゃん。またおっちゃんて言いそうになったやろ?」


「え? そんなん気のせいやよー。 」

いひひひ〜と笑いながら誤魔化している。まあいいか、ネタだし。

それにしても、このクソ暑いのに 子供ってのはなんでこんなに元気なんだろうな。


「ぽこちゃんーでっかい荷物背負って遊びに来たんは良いけど、この暑いのに何するんですかねえ?」

「あんなー、これー。」

リュックを下ろしたかと思うとそこからビニールの塊を引きずり出した。カラフルなシート状なのでピンときて無駄に広い庭で展げる。

出てきたのはざっくり広げて直径4mほどになりそうな大きなビニールプール。

「でけえ!」


…これはちょっと一人で使うのはもったいないレベルだな。

これを膨らまして水を入れて…水は裏手の古井戸から電動ポンプで汲み上げるとしても準備に結構な時間がかかりそうだ。

「ぽこちゃん、これ もう少し小さいプール無いんかな? 一人やと大き過ぎると思うんや。」

この陽炎立ってる中で肺活量検定とか御免被りたい。


「えーー、あかんのー?」

ぽこちゃんめっちゃ不満タラタラなんだが…しかしなあ。


「じゃあー お友達連れて来るー! なら良いやろ!?」

言うが早いか飛び出して行ってしまった。 仕方ない、プールの準備と飲みもんとお菓子の用意しとくか…。

それにしても、越して来てそんなに間が無いたぬきやのに ぽこちゃん友達居ったんやな。 お兄さんちょっとビックリ。



「おにーちゃん! お友達のわかおねーちゃん連れて来たでー!」

死にものぐるいで膨らましたプールに電動ポンプで水を注いでいると ぽこちゃんが人を連れて戻って来た…のは良いんだが、その後ろに立ってる人物を見て思わず固まってしまった。


生成りの作務衣と言う珍しい格好、腰近くまである漆黒のストレートヘア、そんな ちょっと見ない感じの美少女、が其処に居た。

「あの…おはようございます…。初めまして。生田わかと言います。」

清楚な見た目の超絶少女がほんのり頬を染めてモジモジしつつご挨拶とか、その筋の方々なら悶絶して喜びそう。後輩のロリコン野郎なら間違い無く大歓喜だろう。

俺のストライクゾーンの若妻からはアウトコース低めに外れているのが残念だ。七年後の君に期待したい。

「あー、わかちゃん いらっしゃい…。加東慎太郎です。初めまして…。」


まさかとは思うがこの娘がお友達なのか? 付き添いではなく?

「あの…ぽこちゃんが一緒にプールって言ってたんですが…宜しいのでしょうか…。」

はい来た!事案発生待った無しですー!

友達っていうから 園児か小学一年生くらいを想定してたんだが、どう見ても12歳くらいに見える。

いやいやいや! 休職中の三十路独身男性の家でこの娘がプール…は流石に色々問題あるやろ!

大体、ぽこちゃんだってご近所、と言う括りだからこそギリギリ成り立っているのだ。

なんかあったら俺 社会的に即死するぞ! いや、なんも無くても爆死しそうだ。

うーわぁ、なんか嫌な汗が出てきたー。


不味い、非常に不味い。兎も角、状況打開の為にも 先ずはさりげない情報収集からだ。

「あー、ちょいと ぽこさんや?…このかわいいお嬢さんは ぽこさんのお友達なのかね?」


「か、かわいいだなんて、そんなこと…。あ、あの…。」

わかちゃんがかわいいという単語に敏感に反応して耳まで真っ赤、更にモジモジが加速した。

なんか、また一歩踏み込んじゃいけない泥沼に力一杯踏み込んだ気がする…これはいかん。


「うん、そーやで。 おかんとじーちゃんのお仕事のおともだちー。 今日からぽこもおともだちやねん。」

ん? するとぽこちゃんのお母さんや孝蔵さんの同僚…という事か。となると巫女さんか何かなのか…。

もしそうなら見た目はアウトだが実は合法か?合法ロリなのか?

そうならわかちゃんでは無くわかさんと呼ぶべきだろうか?。なんかちょっと余裕が出た気がするぞ。

良し!この余裕を確たるモノにする為、呼称は“わかちゃん”で行こう。


「へー、随分と若く見えるのにもう働いているんやねー。 で、わかちゃん 今日はお休みなん?」

そう聞くとハッとした後、表情を曇らせて俯いてしまった。

「あ、いえ。 実は職場で色々あって退職しようと思いまして…お休みしました。」


「へー、そうなんかー。大変やなー。」

神様も修行してる様な職場で仕事だ、よっぽど大変なんだろう。


「せっかくだしお茶でもいかが? プールの水溜めもまだ暫くは掛かるし。」

仕事の愚痴くらい聞いてあげようという気になった。

愚痴るだけでも仕事のストレスは随分発散出来るのだ。それで仕事を辞めずに済むならそれに越した事は無い。



ーーーーー愚痴を聞こうだなどと、仏心を出したばかりに…わたくし、加東慎太郎はどうしたもんかと頭を抱え込んで悩んでいる。


単なる仕事の愚痴では済まなかった…。

孝蔵さんの話でも思った事だが、神社とか神様とかが絡んだ話の裏事情とか聞くもんじゃ無いな。

聞きたくない話を無理して聞き続けると頭痛がするんだったなー。今更だが思い出したよ。頭痛い…。


「でね、お休みを頂いて海に行きたいと世話役さんに相談したんですよ。 そうしたらなんて言ったと思います?『このプールで我慢してください』ですよー。」

わかちゃんは 本人が気が付いた時には既に神社に住み込んで働いていたそうだ。

しかも年中無休……神様稼業はトんだ超絶ブラックだった!

そんな中で、最近赴任して来た狸の神様孝蔵さんと仲良くなり 色んな話をする様になったとか。

お社の外の事、孫娘の事、孝蔵さんが今住んでるご近所の事。


その折に聞いた話の中で『今の世の人は夏になると余暇に海水浴なるものを嗜む』と言う話題に心惹かれた。

どうしても辛抱たまらなくなって、休暇と海水浴行を申請したが あえなく却下された。挙句にぽこちゃんが持ってきた、このバカでかいプールを渡されたそうだ。


「それでですね、余りに腹が立ってですね、神社を飛び出して来たんですよー。」

本人は鼻息荒く『フンスッ!』て感じで話してるつもりなのか知れないが、とてもそうは見えない。

ほとんど怒った経験など無いのだろう。

ただし、本人は家出のつもりなのだろうが この場合、家出などでは無く 職場放棄、無断欠勤 に該当するんじゃないか…と思う。

下手すると解雇だよな。ブラックならその辺容赦無さそう。…マジ頭痛い。←イマココ


それにしても、だ。

「わかちゃん、そんなブラックな勤務でちゃんとお給料とか貰えてるの?」

人の良さそうなこの娘を良い様に安い給金で扱き使っているイメージしか沸かない。


「ぶらっく…というのは分かりませんが お小遣いは頂いてますよー。 基本的に境内地からは出られないのでお祭りの出店くらいでしか使わないのです。」

小遣いから余った分は貯金してるそうで おこづかい帳とゆうちょの通帳を見せてくれた。

流石に中を見るのは(はばか)られたのでそっと返す。


ここまで聞いたらちょっと放っても置けまい。 (クビ)になっても可哀想だしお節介を焼くとするか。

ぽこちゃんに神社の電話番号聞いて 孝蔵さんにこっそり連絡してみよう。



掛け直し3度目…ようやく出てくれた。

「もしもし、福里さんの近所の者で加東と申します。 孝蔵さんはおられますでしょうか?」

『もしも…あれっ? 加東さんかー。 実は今ちょっと立て込んでてな、長話は出来へんねん。 で、どうしたん?』

出たのは孝蔵さんだが 随分と忙しそうな雰囲気が漂っている。

聞き耳を立てるまでも無く、電話の後ろでも大騒ぎしているのが 手に取るように伝わってくる。

邪魔しても悪いので改めて連絡し直した方が良さげだ。

「ホントにお忙しそうですね。何かあったんですか? なんならまた落ち着いてからご連絡しますが…。」


『そうか、そうしてくれると助かるわー。 実はうちの一番偉い神さんがどっか行ってしもてー、今ドエラい騒ぎやねん。 ほな、また後でー。』 ツーツーツー

…………チラッと嫌な感じのフレーズが混じってたな。

見なくても分かる。俺、今 顔色が真っ青のはずだ。 ああ、いや 真っ白かもしれんな…。

いや、まだ 【わかちゃん=偉い神様】 と決まったわけじゃない。

深呼吸して落ち着け、俺! ヒッヒッフー!


庭のプールでぽこちゃんと遊んでいるわかちゃんを呼んで改めて話を聞き直す。

薄いピンクの胸元にフリル付きのワンピ水着と水泳帽の、the小学生!と言う感じの出で立ちだ。

「あのさ、今神社の方が なんだか大変らしいんだけど…心当たりある?」


キョトンとした顔で首を傾げる仕草がカワイイ。

こんな娘、間近で見たらロリコンになる奴の気持ちってのも分からなくは無いわ。

「いえ、思いつきません…。ちゃんと置き手紙もして来ましたし わたくしとは関係無い事だと思いますが。」

「えーっと、因みに置き手紙には なんて書いたのかなー?」


「えー、 『思う所あって暫く旅に出ます。探さないで下さい。 気持ちの整理がついたら帰ります。』 です。

…あ、手紙の裏にちっちゃく『お土産期待してて下さい』とも書きました。」


なんだか だんだん目の前が暗くなってきたよ。

万が一に期待を込めて聞いてみよう。 天獄のお母さん僕に勇気をくざさい。

「わかちゃんってひょっとして結構 偉い神様なのかな?」


「え⁉︎ いえ! あの! その! そういう事は人に言っちゃいけないって世話役さんが!」

いきなり挙動不審になる。うわー、なんて分かり易ーぅい。


「家出したくなる気持ちは分かるけど一度連絡してちゃんと言いたい事を言った方が良いよ。みんなすごく心配してると思うよ?」

「でも…。」


恐らくはわかちゃんの方が俺より年上、だとか ホントは偉い神様だ、とか は この際忘れよう。

「居場所がばれない様にコンビニ横の公衆電話からで良いから。 ね。」

大人の余裕っぽいものをを見せて頭を撫でて説得する。

まあ、実際 余裕なんて有りません。事案で有ろうと無かろうと、もしも居場所がバレて拙いのは俺の方だ。

現代社会は、大人の余裕以上に大人の事情がモノを言う 何とも世知辛い世の中なのである。



夕刻とは言っても夏真っ盛り。まだ全然明るい。

コンビニ横の公衆電話の前で、暫く迷っていたわかちゃんだが 踏ん切りがついたのか電話を掛け始めた。

側で聞くのも躊躇(ためら)われる為、ぽこちゃんと二人ちょっと離れて様子を伺う。


「もしもし…わたくしです…はい…。」

言葉少なに相槌打つ方が多く会話になってるのか心配になってくる。

「いえ、わたくしは海に行きたいだけなのです…え、そんな…。 あの………………………。」

だんだんと声が小さくなるその様子は見ていて痛ましい。

「いえ…そんな事は………………いえ……。」


話の途中だった様だがそっと受話器を置いてこちらにとボトボトと歩いてくる。

あの雰囲気では結果も想像が付く。その気持ちも察せられ、ああなるのも分からなくも無い。

「いくらお願いしてもちゃんと聞いて貰えませんでした。 ……わたくしはたった1日 海で遊ぶ事も許されないのでしょうか…。」

「おねーちゃん、大丈夫ー…?」

心配して声を掛けるぽこちゃんも 当のわかちゃんも涙目になっている。





う〜ん! なんか無性に腹が立ってきた!


「よし! これで義理は果たした! 今日はうちに泊まって、明日は三人で海水浴に行こう! 」



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