表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポコぽこポン!  作者: いぐあな
7/45

七月二十日之事_____六話目

「加東さーん、おはようさんですー! 」


朝っぱらからやたらデカい声が玄関から聞こえてくる。

いくら夏の朝は日が昇るのが早いとはいえ、俺自身は最近のナマクラ生活で朝ゆっくりなんだから勘弁して欲しい。

こんなデカいおっさん声の知り合いなんて仕事関係しか心当たり無いんだが どうにも聞き覚えの無い声。

いった


「加東さーーん!‼︎」


「はいはーい! ちょっと待ってー!」


玄関で引き戸に手を掛けたところで思わず硬まった。

目の前の引き戸のガラスには やたらデカイ影が…どう見ても戸の向こうに 何か大きな物体がある。

その大きさはざっくりだが高さ2m程、横幅も1m程のこんもりした何かだ。 間違っても人影では無い。


これ〜、果たして無用心に開けても良いものなのか?



「あー! おったー‼︎ 」

ほんの数瞬ほど逡巡していると、聞き覚えのある可愛らしい声が響いてきた。


ぽこちゃんが来ているなら何かあっては困る。兎に角、戸を開けない訳にはいかない。

腹を括って戸を開けると そこには巨大な信楽焼の狸の様なヌイグルミが……ヌイグルミ!?


形りは信楽焼だがモフモフな手触りを期待出来る感じの容姿、陣羽織と陣笠は身に着けて居るが大福帳は持ってないし 大きな前掛けで八畳敷のアレはしっかり隠してる。

そこへ駆け込んできたぽこちゃんがその左腕に飛び付き、よじ登ろうと奮闘を始めた。

「じーちゃんはやっぱりデカいなー。うんしょ、うんしょ。」

そんなぽこちゃんを気にする風も無く、信楽グルミが挨拶を始めた。


「ああ、加東さん お初にお目に掛かりますー。ぽこの祖父で孝蔵 言いますー。」

信楽グルミ が陣笠をちょいと持ち上げ挨拶する様は なんともユーモラスである。

「何時も娘と孫がお世話になっとりますー。」




「昨日、娘の家に引っ越して来ましてん。そんでご挨拶をーと思いましてなあ。」


玄関先で立ち話もなんなので ぽこちゃんと共に上がってもらい話をする事に。

お茶請けはご挨拶に頂いた羊羹である。


「先日、ようやっと神籍の末席に加えてもらいましてな。 で従五位の下の神階と この神域の鎮守の手伝い仕事を頂戴しましたんや。」


このヌイグルミ、名を孝蔵と言い、ぽこちゃんの爺さんでなりたてホヤホヤの新米神様。

なんでも神様になるのに300年ほど掛かったとか。


それにしても、まさか神様から引っ越し挨拶の手土産に羊羹を貰うとは…。これって随分レアな体験かも。

娘さんである、ぽこちゃんのお母さんの 安寿さんは 現在、神様目指して修行中で この神域の鎮守のお社の巫女をやっており、この度、その神社に赴任して来たそうだ。



それにしても、この近辺の神社って言うと 県道脇を流れる川沿いの極々(ごくごく)ささやか〜なお社くらいしか思いつかない。

果たしてアレを神社と言って良いものなのか?


「あー、あそこは受付窓口みたいなもんやから。 本社はこの北の先の山の中なんですわ。基本的には人の身のまんまやと行けんのやけどなあ。」


なんでも、今時の神社は 精々が神様の出張所くらいの規模で大抵の場合が同じ様な窓口程度のモノらしい。

余りに人々の生活の場が近過ぎると神様が(けが)れを浴び過ぎて良くないそうだ。

但し、神階の低い神様や神使をしてる神様予備軍の面々は 敢えてそう言った場所で生活する事も修行の一環なのだとか。


ここでふっと思った。

神様と話が出来るせっかくのチャンスなのだ。昔から抱えていた色々な疑問を聞いてみたい。

ついでにお願いが叶うコツとか。


「実は昔から気になってるんですが、神様の仕事って何をするんです?」


「うーん…そうですなあ〜。」

孝蔵さんはお茶を啜りながら思案顔でゆっくり話す。

「まず、神さん言うても色々でしてな。 ワシみたいなケモノ上がりは先ず最初に人間を目指すんですわ。」


そう言うと 巨大なヌイグルミの孝蔵さんは一瞬で福々しい感じのおじいさんに変化した。

これにはちょっと意表は突かれたが、ぽこちゃんもお母さんも最初から人の姿だったのを考えると変身自体はそんなものかと納得も出来る。

まあ、ぽこちゃんは 耳と尻尾が 相変わらずたぬきのままでは有るのだが。


「そんで、人になったら そこからエラい神さんに出仕して修行。で神職や神使を経て神様になる。そう言う神さんの場合の仕事は、氏子さんやその他の請願(せいがん)を聞いて 天を祀り地を鎮め厄を払い 穢れを清める。他のもっと偉い神さんとの各種交渉事……神ならざるモノの弁護士…の様なもんかなあ。」


「え? 神様って ちゃんとお願い聞いてくれてるんですか? 」

「ん? 当たり前ですやん。仕事やし。」


「えーと…個人的には〜あんまりお願いが成就した事無い気がするんですが…。」


俺、ジャンボくじ買う度にお詣りしてるんだが 1万円以上当たった事無えよ?

資格試験やなんかもお願いした割に勝率低いし 縁結びの願掛けなんて結婚以前に出会いすら無いおい。


「ふーん。 まあ、どんな願掛けかは聞かんけどなー。」

孝蔵さんはニヤリと意味深な笑いを浮かべて言葉を続ける。

「願いが叶わんのは願いが叶っても利益を得るのが個人や極少数の場合とか、 少数の利益の為に多数を犠牲にする願いとか…。後はー…、」


「後は?」


孝蔵さんはカカカとわらいながら答えた。

「願掛けのみで願いが叶うと思ってるとか やね。」


羊羹と麦茶を平らげたぽこちゃんは暇を持て余し、扇風機の前を陣取り『 あ゛ぁー ゔー』と発声練習をしている。

どうやら、孝蔵さんと俺の会話は ぽこちゃんにはこの上なく退屈なモノらしい。まあ余り子供向けの話題で無いのは承知している。

扇風機と戯れる姿を楽しげに見た後、こちらに向き直った孝蔵さんの表情は 先ほどまでとは違い ちょっと真面目だ。


「例えば、【旅行に行きたい】と言う請願が有ってやねえ。」

「はあ。」

ちょっと緊張しつつ相槌を打つ。


「神さんがその請願を聞いた結果、【旅費を用意するのか? 】【旅券の段取りをするのか? 】【旅館の手配までするのか? 】一体どこまでが神さんのすべき仕事で、じゃあお願いした本人は何にもせずに【旅行行きたいとお願いするだけなんか? 】と言う話ですわ。」


「あー。」

うん。ちょっと回りくどいが、なんとなく解る気がする。

「願掛けの前に 自分のやれる事はやっとけ、って事ですかね?」


「まあ 願掛け自体は最初でも良いんやけどね。ちゃんと 願掛けの内容に見合った行動を取って、そのガンバリを神さんに認めて貰う。そう言うのは大事な事なんやで。」

お茶で口を湿らせてニッと笑う、孝蔵さん。

「ワシら神さん側は人の願いはちゃんと聞く。仕事やから。 でこう応える。『そうか、ガンバレ』と、まあそう言う事ですわ。」


全く身も蓋も無い孝蔵さんの回答にげんなりしつつも質問を続けた。

「と言う事は、ただ願うだけじゃ叶えては貰えないって事ですかね?」


「その辺は神さん次第やな。 神さんにも[ケモノ上がり][人上がり][行者上がり][(あやかし)上がり]…色々おるからねえ。ま、やっぱり 【ただ願って ただ叶えて貰う】ってのはあんまりおススメ出来んねえ。」


「人間からしたら願うだけで叶う方が有り難いと思うんですが…何か(まず)いんですか?」


「うーん、そうやねえ……。」

腕を組んで 『言葉を選ぶ』と言うよりは『言葉を探す』といった(てい)の孝蔵さんだ。

「先ず…前提として、請願に耳を傾けるのは人の言葉が通じる神さんだけ。それ以外の神さんは論外。それはお解りかな?」

「はあ…まぁ。」

「言葉の通じんとか、通じても人を取って食うとか、の力ある物怪(もっけ)の手合いを神として祀り鎮めてる場合、請願は大抵供物や贄出して『お供えするから大人しゅうしてて』という事になる。」

ーーーそんな感じで神様の説明が始まった。

海を割ったり 山を蹴飛ばしたり って言うような力が強いお偉い神様の場合、神様側が人の言葉を聞く気になってないと人の言葉は通じないらしい。

たまに奇跡の様な事象が起こるのは[お偉い神様]に対して孝蔵さんの様な[話を聞いてくれる神様]が代わりにお願いしてるってだけで、それもやはり全部が叶う訳では無いと言う。


「例え言葉が通じても 素直に願を聞くだけの神さんばっかりと違うしなあ。神さんかて、酒呑めば酔うし眠くなりゃ寝る。腹が減りゃ飯を食う。楽しけりゃ笑うし腹立てりゃ怒るし なんかありゃ拗ねたり泣いたり。惚れた相手がいりゃ求愛するし 番えばまぐわうし子も作る。…簡単に言うと実に人間臭い。そりゃそうや、大抵は人の延長線上の存在やからな。」


「えっと…。」

なんか話が脱線しつつあるように思うのは気のせいか?

「正しく祀られぬだの、嫉妬だの、で(こじ)らせた神さんとかは願掛けた人間が痛い目見るように叶えたりする。下手すりゃ、ムシの居所悪い時の八つ当たりでそんなん遣られたりするで。 後は、穢れ浴び過ぎて悪神鬼神になった神さんだとかは叶えた後に大きく代償を持って行ったり。…そういや、支那や越南辺りの神さんも代償は必須らしいなー。…悪神でも酷いのになると願い叶えるように見せて代償だけ剥ぎ取るとかも普通にあるから気ぃ付けや?」


「えー…。」

脱線はしてなかったんだが、なんと言うか夢も希望もねえ…。

「全部が全部って訳や無いんやが人間と一緒で神さんにもろくでなしや悪たれは割りと居るからなあ。」

ホント、黙って聞いてたら神様って結構ロクでも無えなぁ。

「従業員3人の零細社長も居りゃあ、実態の無い怪しい会社の社長 や 雇用10万の巨大企業の社長も居る。これが三人とも肩書きは社長や。出来る事もその規模も考える事も皆違うのに皆社長。人間から見た神さんはそう言うもんや。反対にそれぞれの社長から見たお客がお願いする人間。」



「まぁ、そんな訳やからなー。願い事は自分自身で叶えた方が 多分簡単で良いで?」


「だいじょぶやー。おっちゃ…おにーちゃんのお願いはぽこが神様になって叶えたるわー。」

先程扇風機との睨めっこに飽きたらしく、最近 我が家に常設された[ぽこちゃん箱]から画用紙とクレヨンを取り出し、お絵描きを始めていた ぽこちゃんが 笑顔で慰めてくれる。

子供の思いつきの言葉だろうが、こう言う気分の時に そんな風に慰めて貰うとなんだかホッとする。


「ぽこが神さんになるのは100年くらいかなあー。 加東さん長生きせんとあかんなあ。」

孝蔵さんはカカカと笑いながらぽこちゃんの頭を撫でる。


「さて、」

そろそろ朝餉の時分やなあ、と孝蔵さんはぽこちゃんを連れて帰って行った。

全く、朝っぱらから微妙な気分になる話だ。

勝手な言い草なのは承知だが、ホント 神様の都合の話なんて聞くんじゃ無かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ