七月十八日之事_____五話目
「おっちゃん、おはy・・・それ、なに食べとぅん?」
朝っぱらから、町内のゴミ集積所に空き缶の袋詰めを出す為に歩いていたのだが 近所のぽこちゃんに声を掛けられた。
たまたま家にあった、棒付きのキャンディをくわえてるのを目敏く見付けられた様だ。
「これは大人の為の食べ物で子供が食べると倒れるんや。」
正に取って付けた様な水飴を隠す住職の如き言い逃れだ。我ながら何とも大人気ない。
「えー…、子供あかんの?……ホンマにー?」
いや、そんな あからさまにがっかりされると 本気で罪悪感が半端無いんですが……。
積乱雲のごとく湧き上がった罪悪感を払拭すべく、 ぽこちゃんを駄菓子屋接待でおもてなしだ!
「よし!後で駄菓子屋に行こう!」
「え!? 本当やったあ!!」
ぽこちゃんが目をキラキラさせて喜んでる。 うぅっ! ゴメンよ、ぽこちゃん。
おもてなしだけに 裏がありありなんや……。お兄ちゃん汚い大人で本当にゴメンよ……。
「ぽこちゃんが朝ご飯をしっかり食べて来たら、好きなだけ駄菓子買うたろー!」
駄菓子目的でご飯減らすとかは 子供への教育上よろしく無いので、そこは釘を刺して置く。
しばらくして朝食を済ませた ぽこちゃんがやってきた。
「ぽこちゃん、朝ご飯はちゃんと食べたか?」
「うん! 目玉丼、ぽこ大好きやねん。おかわりしたー。」
目玉丼は俺が開発した、卵好きによる卵好きの為の丼なのだ。
お好みの量のご飯を卵ご飯にして、その上に ゴマ、刻み大葉、刻み海苔、をふりかけ、更にその上に半熟目玉焼きを乗せます。醤油と胡椒でお召し上がり下さい。
「よ~し! 駄菓子屋に行くぞ~!」
「お〜!」
俺の掛け声にぽこちゃんは元気良く応える。
いざ往かん! 駄菓子屋へ!
◆
俺が子供の頃は 地元の小学校が児童数日本一だった事もあり、数多くの駄菓子屋が乱立し、更には文具店や本屋にも大量の駄菓子や玩具が売っていた物だが、少子化著しい昨今の時代の流れには逆らえず その立場はコンビニやスーパーの駄菓子コーナーに取って代わられて久しい。
そんな我が町だが 家から子供の足で5分ほどに徒歩圏内に唯一生き残る駄菓子屋『梅田屋』がある。
店主は梅婆と呼ばれる年齢不詳の婆様だ。
梅婆は遥か昔、俺が紅顔の美少年だった四半世紀前 既に婆だった。
駄菓子屋の客としては、おおよそ20年ぶりに その店先の引き戸を開ける。
さすがに月曜の昼間、店の中にまだ子供の姿は無い。
「こんちは~。」
「こんにちは~!」
入店時のあいさつに 梅婆が店の奥のレジ前の椅子に座ったまま声を返す。
「いらっしゃ~い! ……て加東さん所の初心者ニートか、何しに来たんや?」
相変わらず、口が達者と言おうか 悪いと言おうか…。何年経ってもちっとも変わらん婆さんだ。
昔、梅婆は 入店時の挨拶が悪い子やケンカする子なんかを良く怒鳴ってたが その代わり子供達の事を本当に細かく観察していた。
今考えると、親の目の届かない場所での親代わり、と言った重要な存在だった。
そのおかげで常連客だった悪ガキどもとその親達とは 今以て 近所…とは言い難い距離ながら それなりな近所づきあいをしているのだ。
「婆さん、開口一番それか! 怪我で休んどるだけや、ちゃんと働いとるわい!」
俺の台詞を意に介さず 華麗にスルーした梅婆はぽこちゃんを見て即座に反応した。
「ん? 初めて見る子やな。 自分の子か?」
さすがは往年のご町内の子供達の守護神だけ有って幼い存在には極めて敏感である。
「いや、最近越してきたご近所さんの子や。俺、まだ結婚どころか彼女も居らん……。」
「なんや?淋しいやっちゃなー。 知り合いで良かったら紹介すんで? …45の出戻りやけど。」
「気持ちだけで……。 さすがに自分より母親の方に年齢近い人はちょっとなあ。」
割と遠慮の無い 俺と梅婆のやり取りの雰囲気に呑まれたのか、顔を強張らせたぽこちゃんは俺の影に隠れ加減で様子を伺っている。それに気が付いた梅婆が構い始めた。
「あら! えらい可愛らし娘やなぁ。いらっしゃい。お菓子買いに来たんか?」
ぽこちゃんが涙目で頷くと、梅婆は相好を崩して
「ホンマか! 何なと選びーや。 んで、このオッサン破産させたり。」
カカカッ!と笑いつつそんな事を言う。
ぽこちゃんはその言葉の空気でようやく落ち着いたのか、店内をキョロキョロと見回し始めた。
梅田屋の店先に鎮座する、1.5m四方の手前に傾斜の付いた陳列台。
その上には色とりどりの様々な駄菓子が所狭しと並べられている。
周囲の壁には一昔前のアイドルがジュースやアイスを口にする構図の 少し色褪せたポスターがベタベタと貼ってある。
さらにそれらのポスターを隠してしまいそうな勢いで、天井からは多種多様の玩具やカード、が満開の藤の花の如く鈴なりに垂れ下がっており、ある種の幻想的空間を演出している。
ぽこちゃんはそんな店内の光景に心を奪われた様に動きを止めた。次の瞬間、
「ふわぁぁー! なんやこれぇぇぇ! すごいぃぃー!」
目をキラキラさせ宝の山を見つけたかの様に興奮している。その喜び様にぽこちゃんのドキドキワクワクがこちらにも伝わって来る。
ふっふっふっ! 先ずは大成功! 〜掴みはオッケー……という奴である。
「なあなあ! これ何?!」
「ん? これは杏餅やな。甘酸っぱくておいしいで。隣のは青りんご餅や。」
「これは~?!」
「それはカップに生クリーム入ってるねん。てか、まだ有ったんかコレ?」
コンビニではまず見掛ける事の無い[謎駄菓子]達を見付けるその度にぽこちゃんから質問が飛ぶ。
いかん。これは思った以上に俺も楽しい。
「お嬢ちゃん、買うもん決まったか?」
ぽこちゃんが梅婆の言葉にハッとして困惑の表情で俺を見上げる。
あー、これはきっと、どれだけ買って良いか見当が着かないんだろうな。
「よーし、今日は特別400円までにしよう。ちゃんと選べるか~?」
値段のポップをザックリ見て妥当な値段を出してやると物凄く真剣な顔であれこれ手にとって悩み出した。
しばらくするとニコニコと素晴らしい笑顔で
「決まった~!」
ピッタリ400円! ポップの数字、ちゃんと読めてたんやな。たぬきなのに えらい偉い。
「お嬢ちゃん、またお出ぇなあ。」
「お嬢ちゃんちゃうねん、ぽこ言うねん。」
「そうかー、可愛らしお名前やね。」
「お婆ちゃんありがとー、またね~!」
店を出ると
「おj…お兄ちゃん、ありがとー!」
と、袋からサイダー飴を取り出し一つくれる。
「一緒に食べよ?」
正直、お兄ちゃん云々はネタだったんだが・・・それにしても、礼儀正しい優しい子である。
そんなこんなで、手を曳きもっての帰り道、
「たくさん買うたけど食べるのは一日三つまでな。」
「なんで?」
「お腹膨れてご飯食べられんかったら、お母ちゃん頑張って ご馳走作ってくれてんのに 気の毒やろ?」
「うん! わかったー!」
元気の良い返事が返って来る。
梅田屋も何時迄あるのかは分からないが ぽこちゃんが大人になるまでは頑張ってほしい。