十月二十日之事_____二十八話目
仕事に没頭する生活も二週間ほどでピリオドを打ちました。
目を開けたまま怪しい運転を何回か繰り返したのを、串カツが会社で社長にチクった所為です。
……………いや、まあ 自分が悪いんですが。
あの後も幾度か一応の抵抗を試みましたが 結局、実働300時間を超えた辺りで何日か休めで押し切られ 今現在、家で畳に転がってます。
する事もしたい事すらも全く無いし、仕方なくたまには布団敷いて寝るか…と、押入れの襖を開けると布団は4組。……家中探した時には当たり前過ぎて気がつかなかった。
……俺の布団が一番下になってやがる。 なんだよ もう。
毛糸の帽子以外にもあるやん。 三人が居た跡……。
一人しんみりしてたら いつの間にか目からへんな汁がいっぱい出てたので 顔を洗う。
くれ縁を開け放って生垣と物干し台 縁側総動員で布団干だな、これ。
押入れから布団を全部引っ張り出し、縁側まで運ぶ。
「なんだこれ?」
持ち上げた俺の布団から書類でも入ってそうな大きな封筒が落ちた。
何か硬い薄板が入ってるみたいだ。
出てきたのは短冊形の色紙と便箋。
色紙の文字が達筆過ぎて読めやしねえ。
名前の所だけは辛うじて読めた。
『わかひ』
便箋には一言だけ。
『信じて』
◆
なんですかね、これ。
気がついたら昼過ぎ…どうやらこれって…気絶? してた…のか?
おおよそ5時間弱、記憶がありません。
最近、メンタルダメージで腰抜けるわ、気絶するわ、その手の初体験目白押しです。
あんまり嬉しく無い初体験ばっかり。
ともかく、これを読めそうな縁故というのが母校の教師くらいなので 電話でアポを取ろうと思う。
工業高校なので古典なんて洒落た科目は無いが 剣道部の顧問の一人が海軍兵学校出の強者で、恐らくこの年代なら草書体を読めると踏んでの事だ。
名前は白田清澄先生。
スラッとした長身の元インテリ軍人というのがよくわかる感じの風貌。
20cm強ある庭の桜の木を日本刀で一刀の下に両断した話とか 海軍時代の乗った船の話とか 平成の世の授業とは思えない、俺好みの話題へ脱線する教師の存在は定年の無い私立ならではだろう。
『ワシは明日休みやからな。貴様、今すぐに来い。』
という有り難い言葉に従って片道二時間の母校へ向かう。
◆
敷地を囲う塀の上部は三重の有刺鉄線が全周張り巡らされる、という 一種独特な雰囲気の我が母校に到着。早速工業科棟の機関科職員室を訪ねた。
「おう! よく来たな!貴様は名前は加東か、……確か剣道部だったか?」
もう結構なお歳なのに大した記憶力に感服する。
アポは事務課を通して取ったので先生には電話口で名字と簡単な用件を伝えただけだ。
顧問とは言っても道場でご指導頂いたのは三年間でたった一度だけ。「そんな腑抜けた右手で人が斬れるか!」は忘れられない。
授業は年間で一週四時間を三回の実習、座学が週一コマの付き合いしかなかった。
先生が担当の受け持ち生徒数も 機関科300余名、座学のみの電工科が200余名居た。
人の顔を中々覚えられない俺からすると驚異的だ。
早速、預かっていた血縁の無い義理の妹が行方不明な事、この短冊だけが今のところ手掛かりな事、を説明する。
「ふむ……。」
しばらく短冊を睨む白田先生。
「ワシには歌の良し悪しは判らんが 若い娘さんが頑張って詠んだのはよくわかるな。」
「はあ…。」
「【 八雲立つ 出雲の宮に 産土の むすぶえにしに 偲ぶ背の君 】と書いてある。号はわかひ。」
先生は楷書を認めたメモ書きをこちらに寄越し、顔に意味深げな笑いを浮かべる。
「先生、意味は解りますか?」
「恋歌だな。出雲で縁結びの神さんが結ぶ縁を通してあなたを思ってます、みたいな意味だ。貴様の妹はえらく古風な娘さんだなあ。」
カラカラと笑いながら 言う。
「出雲……ですか。」
「そうだ。今は神無月だからな。全国の神々が一堂に集って縁結びの相談中、という昔からの言い伝えだ。」
「…………縁結び。」
ひとしきり笑って落ち着いたらしい先生は 珍しく普段しかめ面の相好を崩したままだ。
「大方、出雲大社に願掛け参りの旅行でもしとるのではないか? それにしても貴様、義理の妹と言うが 随分惚れられている様だな。大事にしてやれ。」
「はあ…。」
「知っとるか? 妹とは 恋人や愛妻を指す古語だぞ。これ程古風ならそこまで考えて詠んだのかも知れんぞ。モテる男は辛いな、ん?」
◆
電車に揺られつつ 夕陽に映える瀬戸内を呆っと眺める俺……なんか疲れた……。
そうか……神無月か…………稚日女尊は縁結びの神様だったよな。
それで出雲か……ははは…。
きっと、俺には言えない理由が有った。
で、敷く時に引っ張り出すだろうと俺の布団に仕込んだ。
でもまさか俺が二十日も布団を敷かない生活に突入するとは想定外だった……と言う処か。
何故だかモヤモヤします。………ちょっと風呂に浸かってゆっくりしたいです。
ホッとした所為か今は余り考え事したくない。
◆
風呂に浸かって惚ける。
帰宅途中に湧いたモヤモヤが随分と育った気がします。
なんと言いましょうか……随分身勝手なのは分かってるのですが、ね………。
是非、愛おしい三人の我が家族の 稚日ちゃんにも、ぽこちゃんにも、すずしろちゃんにも、この俺の数日の苦しみを 幾らかでも分けてあげたい。
家族とは苦楽を分かち合うもの。お兄ちゃんはそう思う訳ですよ。
…………確か来週から短期出張の応援現場の話があったはずだ。
予定は来月二日まで、の隣県のショッピングモール改修の逃げ工事。
それに行かせて貰おうか。
うふふふふ〜。三人には存分に家族愛を確認して貰おうか〜。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでは意図的に書いてませんでしたが本作は平成初期を想定して書いています。
拙い短歌についてはお目こぼし頂けると助かります。




