七月十五日之事_____三話目
ようやく梅雨も明けて遠慮がちに蝉も鳴き始めた。
陽当たりの良い、表に生えたいやに伸びの良い雑草を毟っていると その眼前をポテポテポテポテと小さな影が走って往く。
「よう!ぽこちゃん、こんにちは。 そんな急いだらこけるで。」
「あ、おっちゃん。 こんにちはー!」
「今日は暑うなるから帽子かぶらんとアカンで。知ってるか?犬でも熱中症になるんやで。」
汗を拭きながら立って腰を伸ばすついでに、昨晩テレビで仕入れたばかりの薀蓄を披露する。
「えー? でも、ぽこはタヌキやで?」
やっぱりたぬきか!あと ついでに おっちゃん言うな! と心でツッコミを入れるのは忘れない。
親切心全開でちょっと脅かしを入れて忠告してやる。
「タヌキやと誰も犬みたいに助けてくれへんで~。 ひょっとしたらタヌキ汁にされるかもな〜。」
別におっさん扱いされた腹いせなんかでは無い。 断じて違う。
「うぇっ‼︎」
固まってこちらを見つめるぽこちゃん。
多分今頭の中で色々駆け巡っているはず。 なのでボソッと呟いてみる「…たぬき汁。」
「‼︎……そやな! ちょっと帽子取りに帰ろ!」
大急ぎで来た道をポテテテテと走って戻って行く。
それにしても暑いのは分かるが、パンツの上にシュミーズ1枚と言う格好はいかがなものか。
ああ、ひょっとするとシュミーズドレスとか言うやつか? そうは見えんが。
女の子の衣装はイマイチ良く解らん。
草むしりを再開してしばらくすると不意に人影が手元を隠した。
「おっちゃん! これで良えやろ?」
しゃがんだままの姿勢から見上げるとぽこちゃんが可愛らしい藁の編み込み帽を被って立っていた。
「お! ぽこちゃん可愛い帽子やねー。これで日差しも大丈夫やなー。」
ぽこちゃんは帽子を誉められてニコニコ顔だ
「おかんのお下がりやねん。欲しい、言うたらくれたんー。」
「んー、でも…ちょっとアカンな。」
「え?! なにがアカンの?」
途端に不安げな表情になる。
「あのな!おっちゃんと違うて お兄さんなんや。」
「……。」
呆気に取られたような表情でこちらを見ている。
「……そんなん言うてるの、おっちゃんだけや。」
そう言い残しポテポテと走り去ってしまった。
◆
ひと段落ついたし、これ以上は日向にいるのが辛い時間帯になる。
草むしりは止めて縁側で涼みながら麦茶を飲んでいるとぽこちゃんが朝往った路を帰ってきた。
口を閉じた大きめの紙袋を持って随分とご機嫌である。
「ぽこちゃん、えらくご機嫌やねえ。どこ行ってたん?」
「バッタ捕まえてたん。たくさん取れたねん。」
誇らしいらしく胸を張ってご報告だ。
「へー。 良かったなー。 でも、逃がさんと持って帰るんか? 逃したらんと可哀想やないか?」
キョトンとした顔でこちらを見て
「え? なんで?」
と、聞き返されてしまう。
「生きものは逃したらんと死んでまうやん。 可哀想やろ?」
子どもって小さいうちは純粋な分残酷な事とか平気でするからなあ、と自分が子どもの頃やらかした【かえる爆弾】とか【蝉ボール】とか思い出して申し訳ない気持ちになってきた。
「でも、おかんがたくさん取れたら明日佃煮にしてくれる言うたねん。」
ぽこちゃんの声がだんだん小さくなってなんか涙声っぽい。
いや、 まさか この飽食の時代に食用のバッタ捕獲だったとは思ってなかったわ。
ていうか、多分それ バッタじゃなくて 土イナゴだよな。
「あー、………そっか。 それは逃がされへんなー。 変なこと言うてごめんなー。」
ぽこちゃんはショゲたまま走って行ってしまった。
なんだか悪い事をしたなあ…。
ーーーー兎も角だ!
取り敢えず明日から3日くらいは朝食のお誘いは遠慮するとしよう。
イナゴの佃煮、食べてみたいのですが佃煮に出来るほど捕まえるのが大変そうですよね。