九月二十二日之事_____二十一話目
仕事から帰ると庭先で稚日が付喪神を整列させて何やら言い聞かせていた。
「稚日ーどうしたん?」
「いえ、大した事では無いのですが、『撃剣遊びをするなら洗濯ものを汚さない様に』と言って聞かせていたのです。」
普通、付喪神になるのは 人の手で九十九年大事に使われてから と言う基準の様な決まり事があって、その間に人の世の理屈や常識が染み込むのだそうだ。
ところが、このヌイグルミ達は神威に触れた縁で付喪神になったので 人の子供と同じで一々学習しなければならないらしい。
「ホント、神様ってのも色々大変なんだな。」
「いえ、お兄ちゃん。付喪神は神じゃありませんよ?」
勘違いを即座に否定されてしまった。 名前に[神]って付いてるのにねー。
「付喪神というのはどちらかというと妖怪に近いのです。 付喪神になる前、若しくは なって以降それなりに長く生き、修行を積めば神になる者も居ますがそれはごく稀です。 例えば石作りの道祖神様などはこれに当たります。」
元が石や樹齢の長い樹木などは何かの生き物の形に彫られるとその時点で付喪神、神の姿を彫られるとそのまま神になるんだそうだ。
そんな話の途中で付喪神達はついっと逃げてしまった。
逃げた先の生垣の影にぽことすずの耳がチラチラ見え隠れしている。
「もう、仕方ないですねえ。あ、お帰りなさい、お兄ちゃん。お茶にしますか?」
「あー、ただ今。お茶は まあ 後で良いかな。洗濯物取り入れるなら手伝うで?」
「まあ、ありがとうございます。」
取り入れた洗濯物をくれ縁に放り込み汚れたものを選別しながら畳む。
見たところ数枚のシャツと稚日のパジャマが被害に遭った様だ。
「な!?……………こっこれは…。」
「あ、稚日 怒るなよ、もう寝相も良くなったし今日は寝間着は浴衣で良いから な? な?」
「お兄ちゃんがそう仰るならば…………本当にもうあの子達は。」
自分があまり家に居ない所為で 稚日 が完全にお母さん係になってしまってるのは 本当に心苦しい限りなのだ。
で、なるべくその負担を減らそうとは思っているのだが、結局怒りそうな 稚日を宥めるくらいしか出来ていない。
「…………ホントどうにかならんかなあ。」
「え? 何がです?」
「ん? 色々だよ。 色々…。」
言えない悩み、応えてやれないもどかしさ。足りない力、ホント 悩みは色々だ。
「さて、お夕飯の準備しますけど、何か希望ありますか、お兄ちゃん?」
「おすすめは有るかな?」
「そうですねー、豚の生姜焼きなどは如何です?」
「では、それをお願いしようかな。」「はい。」
◆
夕飯も終わり団欒の時間…。
「ぽこ そろそろお風呂入ろっかなー。」チラッ
「ん?」
「! とーちゃん、どうしたん!?」
分かりやすくテンションが上昇するぽこ。なんかかわいい。
どうやらぽこは一緒にお風呂に入りたいらしい。
この前すずと入ったのを羨んで居たからなあ。
…………… だがそこで悪魔の囁きが……ちょっとだけ 揶揄おうか…と。
「あー、いや ぽこがお風呂に入るならちょっと出掛けて来ようかなーって。」
「え? なんで? どこ行くん?なあ!どこ行くん?」
そんな、すげえ罪悪感が湧く様な反応は反則だろう。
これじゃ迂闊にからかったり出来んじゃないか。
「なあ! どこ行くん!?」
「あ、いや やっぱり一緒にお風呂入るか?」
「え、……………うん……入る。」
さっきの一瞬のハイテンションが嘘の様に落ち込んでしまった。
…悪い事したなあ。どう埋め合わせしようか。
「あれ?」
ふと気がつくと、その一部始終をすずとヌイグルミ達がジーーーっと見てる。
さすがにうちの風呂のキャパじゃあ………全員とは無理じゃ無いかなあ。
「お風呂もそこまで広く無いからな、順番でどうかなあ? 今日はぽこ。その次はすず。な?」
途端にヌイグルミの視線の圧力が高まる、って言うか 物理的に近づいてる、ちょっと怖い。
「なに? お前らも入りたいのか?」
一斉に手を挙げる十体の付喪神達。仕方ない、こいつら組分けするか。
「良し! 二列縦隊!ならべっ!」
人の体型をしたきつねとたぬきを先頭に二列。ちょっとユーモラスでは有る。
残りも全て人体型の犬猫 熊とパンダ、乳牛と赤牛、白馬と的盧 がそれぞれ別れて並んでいる。
何故か すずにはたぬき組、ぽこにはきつね組、が着いた。
「では、すずの次はわたくしですね。」
にこやかに 稚日が言う。
「いや!稚日キミ16歳でしょー!さすがにそれは!」
と、慌ててダメ出しするが
「お兄ちゃん、前にわたくしを見た目11か12くらいだと言ってました!」
うっ! しかし…
「お兄ちゃん、ぐりぐりした後、何でも言う事聞くって言いました!」
……言ったのか? 慌ててたから覚えてない…。
「大丈夫です! 胸と下の隠れる湯浴み着を作りました! 背中の流し合いっこも出来ます!」
………ダメだ。本気の稚日には勝てる気がしない…。
◆
ぽこと一緒に湯船に浸かってホッとする。
「気持ちいいねー、とーちゃーん。」
「ホントやなあー。」
付喪神達にはタライを出してそちらに湯を張った。
尤もまだ湯には入らず身体にボディソープを付けて相撲を取っている。
あれで汚れを落とすつもりなんだろう。
「あんなー、すずちゃんがなー。」
「うん。」
「『ちちうえ 優しいから好きー』って言うてたー。」
「そうかー、嬉しいなー。」
「でなー『お嫁さんになりたいー』っても言うてたー。」
「ぽこー、それ内緒と違うんかー?」
「あ!」
子供の内緒話なんてこんなものだ。何とも微笑ましい。
「すずには黙っとくから。ぽこも今度からちゃんと約束は守れよー。」
「うん。気ーつけるー。」
パパのお嫁さんー、か。嬉しいねえ。
まぁ、すずが嫁に行く頃には俺は黄泉路か涅槃の旅路だろうな。人間だからな。
それでもきっと まだ暫くは家族ごっこするくらいの時間もあるさ。
何時もお読みいただきありがとうございます。
諸事情により今週は更新が順当に出来ない可能性が高いです。
申し訳ありません。




