八月二十八日之事_____十三話目
孝蔵さんの来訪は久しぶりの事だ。
「こんばんはー、加東さん。ご無沙汰しましたなあ。ホンマ、ぽこが随分とお世話になりまして。」
本日、孝蔵さんと安寿さんが久しぶりに帰宅している。
何でも、電話ではし辛い報告があるとかでわざわざの帰宅らしい。
同席させるのはー……、という事で ぽことすずは安寿さんにおやつで釣られて先程 福里家に行ってしまった。
孝蔵さんには上がって貰い、応接間で茶を出す。お茶請けはわかひお手製の浅漬け。
だが手をつけるでも無くしきりに汗を拭っている。 心なしか顔色も悪い。
飽くまでも報告相手のメインは稚日。俺は添え物である。
「では、呉暁殿は臥せっておられると?」
「はい。毎夜うわ言で稚日女尊様の名を呼ぶ有様でして。」
そんなになるくらいならもっと大事にしたら良かったのに。
「……そんな訳で新たに稚日女尊様を勧請しようと言う事になりまして。」
「………………。」
随分と舐めた言い草だ、しごき過ぎたら出て行かれて、帰ってこないなら替わりを、か。
聞いてるだけで胸糞悪い。
だが、稚日が大人しく聞いている以上は口も挟めない。
それであのお社から貴女様の籍を抜くという事に…。」
「分かりました。 ですが神籍そのものの奉還までは致しませんよ?」
と言うことは以後、無所属、自由契約の神様になるって事なのか?
プロ野球選手だと戦力外だが、これが職人なら一人親方で独立、って感じだな。
この今の状況、こちら的には後者の方だろう。
「それはもう…。ただ、今ならばまだお社に戻られる事も可能なのですが。」
孝蔵さんのその言葉に稚日はかぶりを振って答えた。
「わたくしは あの社を出て変わりました。戦う事を覚え、神の威を取り戻し、絆を得たのです。」
途端に空気がピンとと張り詰める。
空気が変わったのが判る。いつもの我が家なのに清浄な気配に満ち溢れてるのを身体が理解する。
稚日は一言ひとことを噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「今のわたくしは加東慎太郎稚日の妹です。既に居場所はここにしかありません。慎太郎だけではありません。ぽこともすずしろとも強き絆を得ました。」
これは……玉音……ゆっくりと生まれる言葉が詩歌の様な力を纏っている。
「絆とは、何とも不可思議で とても優しく温かい 素晴らしいものです。」
「瞬きほどの合間に繋がり、時に金剛の強さを見せます。そこな慎太郎などは なずなと顔を会わせる事もないままに夫婦の絆を繋いだ程です。」
咳払いをした後、呟く。
「……こっそり断っておきましたが。」
おい‼︎
さらに言葉を産すび続ける稚日
「その一方で幾歳月を重ねても繋ぎ得ぬ、撚らぬ繭糸の如き弱さを見せるのもまた絆です。相談役呉暁は 五百年、とうとう わたくしとの間に絆を紡ぐ事は叶いませんでした。」
五百年か……。 一言に五百年といっても長い。きっと稚日だって絆を繋ごうと頑張った事もあったろう。ーーーー
「今更、戻った所でわたくしが彼の者の風下に立つ事など在りません。そんなわたくしをきっと呉暁は受け入れられぬでしょう。彼の者が欲しているのは 飽くまで【稚日女尊の形をした、呉暁に護られる人形】なのですから。」
ーーーーその努力虚しく実らなかった 色褪せた五百年を噛み締めながら。ーーーー
「恐らくまた同じ様に 神域と言う鳥籠に圧し込め、息を継ぐ事も出来ぬようすり潰し、稚日女尊の意思と関係無く護ろうとするでしょう。」
ーーーーーそれでも 優しく言葉を生み出していく……。 その姿の何と神々しい事か…。
魂を込めた忠言……言霊。
「呉暁に伝えなさい。絆とは一方からの想いの押し付けで繋がるものでは在りません。
その身が如何に近しく在ろうともその心が遠ければ決して繋がり得ぬのです。」
「これが真に理解出来ねばそれほど遠くない先に稚日女尊との絆を紡ぐ機会を永遠に失うでしょう。」
「これは神宣である。ゆめゆめ疎かにせぬ様に。」
「ははっ‼︎」
◆
「頑張ったので疲れました〜。お兄ちゃん 稚日を存分にねぎらって下さい〜。」
孝蔵さんが帰ったらチャンスとばかりに甘えてくるとか、妹の鏡だな。
がんばった よしよし と頭を撫でてやる。
「なんかすごかったな。稚日、まるで神さまみたいやったなあ。」
「お兄ちゃんひどい‼︎ わたくし ちゃんと神様ですよ⁉︎」
褒めたのに酷いって言われた。
「神社辞めてしもて よかったんか?」
おれの所為もありそうで気になったので聞いてみた。
「なるべくしてなった………そう言う事ですよ。」
「そうか…。」
「こちらに来て神威を取り戻して漸く理解出来たのですが……。」
わかひが俺の疑問に尚も答えてくれる。
「呉暁様はわたくしを一方的に懸想し、期待し、それを成し得ず 心底落胆なされました。」
あれ?恋愛系だったのか? なんか思ってたのとちょっと違った…。師弟関係のスポ根チックな話だとばかり……。
「あの方は活田の森で生命を失いかけた所を稚日女尊に拾われ 命脈を繋ぎ、その折に抱いた想いを就すべく行者となり わたくしを勧請し 世話役となったのです。」
なんと‼︎ 光源氏の若紫よろしく若妻育成プレイかよ!上級者だな おい‼︎
「どの様な絆であれ 先ずは互いに通じた想いが有って そこで初めて繋がるのです。だからこその比翼連理の譬えなのです。」
「なんて言うか………その呉暁ってやつも……歪んでるなあ。」
「まぁ、それくらいでないと求道者は務まりませんよ。」
「何にしても……。」
「ん?」
「稚日は もうお兄ちゃんの処しか行く場所が無いんですから、これからもちゃんと面倒みて下さいね。」
◆
稚日が拗ねて隣の部屋に篭ってしまった。
いくら声を掛けても反応してくれない。 一体何が不満なのか。
妹枠なんだから「安心しろ、お兄ちゃんがちゃんと嫁に送り出してやるから」で言葉のチョイスは間違っちゃおらんと思うんだが。
世のお兄ちゃんは皆こんな謎の苦労をしてるんじゃろうか?




