八月八日之事_____八話目
「ああ、もうすぐお盆だな…。」
昼の素麺を茹でながら、何の気なしにカレンダーを見て思慮の外で口から出た。
昼に差し掛かろうかと言う時刻、この時間は暑すぎる為 さすがの蝉達も静かになる。
ぽこ と 稚日 はテレビにかぶり付きで夢中になっている。
「コラ! ぽこも 稚日も! そんなに近づいて見てると目が悪くなるぞ!」
「「はーい…。」」
番組を見ながらのへたり込んだ姿勢のまま、二人して器用に後ろに下がる。
ちょっと離れた場所では扇風機が唸りを上げて二人に向かって頑張っている。
『むぅー! なんかずるいわー!』
稚日 がうちの正式な押し掛け妹になった翌朝。
会話の中で幾度となく わかちゃん を 稚日 と呼ぶたびに上機嫌で「お兄ちゃん」を連呼するものだから、そこはかとなく漂う疎外感に ぽこが拗ねてしまい、最後にとうとう『ぽこも ぽこと呼べー!』と泣き出してしまったのだ。
以後、ぽこも呼び捨てになった。
あの夜、孝蔵さんは自宅に戻らずそのまま神社へ仕事に戻ってしまった。
こっそり教えてくれたが どうやら 稚日 の抜けた影響はかなりの物で当分は泊まり込みで仕事をせねばならないそうだ。
稚日 がどれだけ頑張ってたのかよく分かる話である。
とばっちりの孝蔵さんには悪いが 稚日 の世話役には心からの「ザマアミロ」を贈りたい。
怒ると怖そうだからそんな事しないけど。
と、まあ そんなこんな な理由で 孝蔵さんに頼まれた、と言うのもあり ぽこも 稚日 と同じくウチの妹枠に就任。
叱る時の事を考えると実は 呼び捨ての方が何かと便利なのだ。
素麺が茹で上がったので声を掛けたが 番組が丁度盛り上がっている場面らしく返事はしつつもテレビの前から動かない。
自分の子供時代も確かこんな感じだった記憶があるので過去の自分に免じて暫く待つ事にする。
◆
「凄く熱中してたけどさっきはどんな番組を見てたんだ?」
三人で食卓を囲む昼餉、素麺を啜りつつ合間に話し掛ける。
一家揃っての楽しい食事ってのは仲良い家族の絆を育てる為の必須項目。
家族間の人間関係が壊れると一番最初に歪みが出るのが家族の食卓なのだ。
そこで絆の栄養、コトバと言葉のキャッチボールですよ。
「恐怖の心霊特集というのを見てました。」
「ホンマ怖かってん! おねーちゃんも『ひゃー!』って言うててん。」
思っても見ない、まさかの答えが返って来たので ついからかう風に笑いながら言ってしまった。
「ちょっと聞くけど…幽霊怖いのか? 稚日 は休業中だけど神様で ぽこもぽこで神様の孫 なのになー。わっはっはっはっは〜。」
「そうは言っても神様だって怖いものは怖いんですよ。 お兄ちゃんちょっと酷いです。」
「ぽこも怖いの嫌やもん。暗いとことかオバケ出るから怖いもん!」
心とココロのキャッチボールのつもりがドッヂボールになってしまった。
ーーー大不評。
とても不本意なのでここからリカバリーにチャレンジ!
「あ、稚日 の後ろに幽霊が。」
「きひゃあああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
稚日 は大音量の悲鳴を上げ、ぽこはその声に驚いて仰向けに倒れて目を開けたまま固まってる。
正しく阿鼻叫喚…ごめんなさい、つい出来心で。
◆
「もう! 酷いです! あーっもう!」
「いや、ホントごめん。じょ、冗談だから…。」
などと言う弁明も虚しく かれこれ30分…まさかあんなベタなネタにこうもハマるとは…。
「お兄ちゃん最低です! もう! ホントにもう!」
半べそ顔でいつに無く大きな声で怒っている 稚日は どうやら「もう!」の後に続く言葉が出てこないようだ。
多分怒る事が無いから語彙の中に他者を罵倒する言葉が無いんだろう。
ぽこはまだ固まったままだ…あ、ひょっとしてこれタヌキ寝入りと言う奴か!
◆
「おねーちゃん怒ると怖いんなー。まだ「つーん!」ってしてるで?」
隣の部屋に扇風機持ち込みで篭ってしまった 稚日 の様子を襖の隙間から ぽこ が覗き見て実演付きで実況してくれてる。
「あのー、ぽこも目開けたままで結構長いことひっくり返ってたけど 大丈夫やったんか?」
実は ぽこも結構な時間 硬直したままだったのだ。 後遺症とか無いのか心配だ。
「んー? 大丈夫やよー。おねーちゃんが『きゃあー!』言うてびっくりしたら体がカチンコチンになって動けへんかって、もっとびっくりしたけどなー。」
こぉんなんなって、こーなって、なー…と若干興奮気味にこれも実演付きで説明。
さすがに人の姿をしたたぬきを医者に診せる訳にもいかないので 何事も無かったかのような様子にホッとする。
急に気温が下がったかと思うとバタバタと廂を叩く音が響き始める…夕立だ。
そろそろオヤツの時間か…何というか、少し姑息な手ではあるが…この長時間、怒るのも疲れるだろうし、仕方ない。
準備した麦茶と水羊羹、葛饅頭を盆に載せて…と、
「ぽこ、このお盆のお茶とオヤツ、隣で お姉ちゃんと食べておいで。」
「うわぁ、このおまんじゅうキレイやなー。 おねーちゃん!おやつやでー!。」
ぽこは盆を抱えていそいそと隣の部屋に入って行く。
襖の向こうからキャイキャイとはしゃぐ声が聞こえて来たので一安心。
暫く そっとしておくとしよう。
くれ縁に腰を下ろして雨音を聴きながら麦茶を啜る。
子どもの頃、夏休みに夕立が来ると良くこうしてたな…。
夏休みが楽しかったのなんて四年生くらいまでだったか…その後はそれどころじゃ無かったからな。
「お?」
一刻も降ったか、心持ち外が明るくなった。そろそろ降り止む頃合いかもな。
『ドォーーーーン‼︎ 』
ん? 随分近くに落ちた感じだ。ゴロゴロと少し軽めの音が後を引いて鳴っている。
相当大きな音と振動があったのだ。 あの二人は怖がってそうなものだが…それにしてはえらく静かだ。
もし怯えていたら放って置くのもなんなのでそっと様子を見に行ってみた。
何のことはない…二人抱き合う様にして寝ていた。
「ま、雷に震えてるよりは良いか。」
風邪をひかないようにそっとタオルケットを掛けてやる。




