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ポコぽこポン!  作者: いぐあな
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八月七日之事_____七話目 中

短慮かも知れないが余りに無体な扱いに見え、どうしても我慢が効かなくなったのだ。


実際に見ていたのは知り合って数時間、ほんの短い間のわかちゃん。

偉い神様のはずが随分な扱いをされているわかちゃんの姿を見てて頭を(もた)げた義侠心に従って腹を括った。

どうせ天涯孤独で身軽なんだ。なるだけの事をしてやろうさ。


わかちゃんはいきなりの宿泊と海水浴行の話に 戸惑っているようではあったが「任しとけ」と大見得を切る。

「よし! 二人とも、今日の晩御飯と明日のお弁当の材料買って帰ろう!ぽこちゃんも晩御飯食べていくやろ?」


「うん。 ぽこはカレーが良いなあー。おねーちゃんは何が良いのん?」

「え? あのー、わたくしもカレーと言うものを食べたいです。」

まだちょっとしょげ加減なのは仕方ないか…。

「じゃあカレーにしよう! ぽこちゃん人参残すなよー。」

「ぅええ〜。」

「うふふふー。」

お、やっと少し笑ったな。 やはり子どもは笑顔が一番だな。



「この様な食べ物は食べた事がありませんでした。 とても美味しかった…。また食べたいです。」

食べた事が無いというので甘めなカレーにしたが大好評だ。

初見だと見た目がアレかも と思い、花形に整えた人参を薄く切って湯引きした物を散りばめた、見た目をお花畑仕様にしたのだが その手間は無駄では無かった様で 鼻の頭に汗をかきつつお代わりまでしてくれた。

ぽこちゃんも頑張って完食した。

一緒に煮込んだのは小さめにしたのだが それでも人参が天敵なのは変わらずだった様だ。


わかちゃんの普段の食事は朝一汁二菜に夕一汁三菜、和食中心でタンパク質は干物や焼き干しの魚介が多く獣肉は余り食べない。

そんな膳を独りで食べるなど何とつまらん食事だろうか。


食卓で会話が弾んだおかげで他にも色々聞き出せた事もあった。

【生田わか】というのは人に教える時の名前で本当は【わかひるめのみこと】と言う名前。

分御霊(わけみたま)という者で、簡単に言うと神様のコピー。

その為か、古い記憶と言うのは薄っすらとしか持って無い。

多分だがここの神社に勧請(かんじょう)されたのは五百年くらい前。

分御霊は勧請された先の土地に影響されるので元の神格と必ずしもそっくり同じと言う訳では無いのだとか。


世話役さんは天狗で元が求道者だからとても厳しくて怖い。

摂社さんの御使いが分けてくれるおいなりさんが美味しい。

新しく来た末社の孝蔵さんは優しいから好きだけど、いつも自分を庇って世話役さんに一緒に怒られるのが申し訳ない。


なるほど。世間から切り離されて五百年間そんな状態じゃ、中身は見た目通りの子どもで当たり前だ。

どう考えても心が成長する余地がない。

現状、話を聞いた感じじゃ孝蔵さんはどうにか味方になってくれそうだ。

電話してみるか。


「さて、お湯張ったから 二人ともお風呂にどうぞ。 ゆっくり温まりやー。」

「「はーい」」



「と言う訳で 今うちにいます。」

『そうか…。 世話役さんの気持ちも分からんでは無いんやが、確かに扱いがちょっとなあ…。 』

やはり神社内の大多数がわかちゃんに同情的ではあるらしい。


『まあ、居場所が分かってるなら安心や。済まんがぽこと纏めて暫く面倒見てやってくれますやろか?』

「それは構いませんが、ぽこちゃんもですか?」


『この分やとワシも娘も当分帰れそうにないんですわ。ホンマはこっちに連れてこよ思てたんやが 稚日女尊様のお相手居った方が良いやろから。頼んますわ。』


と言う電話の内容を 咀嚼(そしゃく)して吟味して オブラートに包んだ、裏方の折衝による事情を 風呂上がりの二人にスイカを振る舞いつつざっくり説明。 まぁぽこちゃんは 今一分かってなさそうではあるが 分からなくとも問題無かろう。


「ってな事で 君ら二人は当分うちの家族に任命されましたー。因みに二人とも妹枠です! 」

「はーい。」

「あの…不束者ですがお世話になります。」

わかちゃんの和装の寝間着での美しい所作の座礼に思わず見とれ…てる場合じゃねえ!「こちらこそ」と慌てて礼を返す。

この娘ホントに偉い神様と思えんくらい腰低いんだよなあ。 これも扱い悪い理由の内かもなー。

一応寝間着用にスウェットを用意したのだが衣替えは自由自在だそうで必要無かった。

尚、ぽこちゃん曰く入浴時も湯浴み着を着ているらしいのでラッキースケベの心配は無い。

…合法なのにねー。

ぽこちゃんは内外問わず、いつでもどこでも 元気にシュミーズドレス。 子どもって体温高いからなー。



「ではお二人さん、明日は早いので寝てください。 お布団は隣の部屋に敷いております。」


「おにーちゃん おやすみー。」

「おやすみなさい、お、お兄ちゃん。」


「はい、おやすみなさい。」

破壊力抜群の一言への動揺を隠し切った俺偉い!

まさかの耳まで真っ赤にした美少女女神様にお兄ちゃん呼びされましたよ! ここは天国か!

加東家、終身名誉妹枠を授与決定だー!

なんかテンション上がりすぎだ、おれ! 今晩寝れるかな!



それにしても、まさか俺ってば妹萌えだったのか…知らなかった新たな自分発見。

後輩はこれを見抜いていたのか、あの野郎、たまに侮れねえ。



この季節、朝四時には蝉が騒ぎ始める。


今日は朝早くから三人で海水浴行の準備。


先ずは昼のお弁当。

弁当のおにぎりを握るのに二人とも「熱くて出来ない!」と騒ぐので扇風機で冷ましてから握る事にした。

当初はお椀を使おうかとも思ってたのだが 折角の事だし何事も経験だ、と思い直し頑張って握ってもらう。


「なんだか楽しいですね。ねー ぽこちゃん。」

「おねーちゃん、おにぎり作るの上手いねー。」

など、きゃっきゃうふふと楽しげに二人で頑張っている。

その間に遠足定番のおかずの焼鮭やタコさんウィンナー、うさぎリンゴに漬物を作っておく。


海辺の暑さを考慮し竹皮に包む事にして、濡れ布巾と焼酎で二度拭きしてからおにぎりとおかずを包む。

おにぎりに大きさが二種類あるのでどっちが握ったかよく分かるのが面白い。

二人には小さ目の水筒に冷えたお茶をそれぞれ持たせ、別口で大きい保温水筒に熱いお茶を用意。


余ったご飯と目玉焼きに焼きウィンナー、即席生味噌汁で朝餉を済ませて さあ出発だ。



「お兄ちゃん、ぽこちゃん、こっちです。」

川沿いのバス停に向かっている途中のお社の前で袖を引っ張られた。


と、気がつけば神社の境内らしき場所に立っている。

「ここからだと近いんですよー。」

驚いた。この南の漁港を西に抜けたら直ぐに砂浜。近いなんてものじゃない。

最短で1時間半の道のりが一瞬だった。


「わざわざ家出しなくてもこれなら一人でこっそり海水浴行けたんじゃないか?」

と聞くと こう言う事はいつも出来る訳では無いと言う。

「今回は昨晩 夢に現れた姉神様にお願いして特別に往きだけ使わせて頂きました。」

社に向かい礼拝するわかちゃん。神様も神様相手に柏手打って頭下げるんだな。

そんな事を言うと「これは目上の方への挨拶なのですよ。今の世では神相手にしかしないそうですが。」と教えてくれた。


「うあー!でっかーい! おっちゃん見て見てー!」

ぽこちゃんは漁港に立つ赤い大鳥居を見上げて大はしゃぎだ。 どさくさ紛れにおっちゃんいうな。

わかちゃんは大鳥居の辺りが砂浜だったと思っていたらしくショックを受けていた。

「此方の鳥居さんは以前見た時には海の中に建ってたんですよー。」

俺の知ってる限り、古写真でもそんなの見た事無い。いつの話だろう。


ぽこちゃんとわかちゃんが手を繋いで歩く。その後ろをついて行く道すがら姉神様とやらの話を聞いた。

この神社の相殿の神様で名を【おおひるめ】という、姉の様な 大人になった自分の様な そう言った随分曖昧な存在なんだそうだ。

「随分古い時代の話なのですが元は一柱の貴き姫神様の神格だったわたくしが二柱に分かれたとか。で、大人の方が姉神様に、幼い方がわたくしになったそうで…。とは言っても此方(こちら)の姉神様も分御霊なので古い話はあまり良く覚えて無いと仰ってました。」

…なんか神様ってプラナリアっぽいよなぁ、と思う。言わないけど。



ようやく着いた人工海水浴場。

ここは堤防で区切って作った入江に 砂を敷き詰めた遠浅の人工海岸で 堤防の切れ目にはサメ避けネットが張ってあると言う、小さい子どもを連れた家族客も安心の海水浴場である。

砂浜脇の無料野外シャワーにも近い場所にポップアップテントを広げ中に手荷物を放り込み準備オーケー。

夏の海水浴とは言っても朝7時前、さすがに人も少ない。


準備運動が終わると波打ち際に走って行く二人。

膝くらいまで波に洗われながらキャーキャーと黄色い声を上げている。

「にゃー! 冷たー!しょっぱー!。」

「やー!ぽこちゃん押さないでー!」

うん、まあ、連れてきて良かったよ、うん。

今更ながらに見上げると『いやー抜けるような青空ってこれか』と言わんばかりの雲ひとつない晴天。

勢いで言いだした事だったが正直なんだかホッとする。

わかちゃんがあんなに楽しみにしてた海水浴でぽこちゃんも同じ様に喜んでる。

ならそれに相応しい良い思い出にしたいものな。


しばらくすると増えてきた他の客の遊ぶ姿を見てか、駆け戻った濡れ鼠が二人して泳ぎを覚えたいと言うので一人づつ順番に手を引いてバタ足の練習、溢れた方には浮き輪で浮かんでてもらう。

三巡ほどで浮き輪を使って泳げるようになったら早速泳ぎに行ってしまった。


砂浜に腰を下ろし二人の姿を目で追い掛ける。

「ああ、俺も昔親と海水浴に行ったっけな。」

何とは無しに幼い頃に家族で行った海水浴を思い出した。

たった一度だけの事だったが我ながらよく憶えてるものだと感心する。


「あの頃は家族だったんだよな…。」

昔は良かった、などと年寄りくさい事を言う趣味は無いが、つい 幼い頃の記憶とその後の己れの属する家庭が崩壊した折の様を比較してしまい少し感傷的になってしまった。


嫌な事は忘れるに限る、と変な思考の脳内からの駆逐に全力を注ぎ成功する。

さて、朝早かった分そろそろ昼飯でも好い加減の頃合いだろうと思い二人に声を掛けた。


「おねーちゃん、美味しいねー。」 「ねー。」

自分たちも手伝って作った弁当であるだけに、中身が分かっているのも味気ないかと隠し球を用意していたのだが 取り越し苦労だった様でとても楽しげに食べている。


なんだかちょっと悔しいので秘密兵器をそっと出してみた。

昨夜こっそり作った、味噌を塗って焼いた焼きおにぎり。どうだっ!

「「すごーい!」」

と喜んではくれたのだが一個づつで打ち止めになってしまった。最初に出すべきだったよね。



まさに計画倒れの良い見本だ。詰めが甘い。




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