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#5 逢魔が時

 数日後。

 先にオサキが言った通り、開坑の地鎮祭が賑々しく執り行われた。ミオによるとこの島では、古くから水晶が採れるという。この辺りでは水晶は金銀よりも高価な鉱物だった。水晶鉱山の支配者が事実上のこの街の支配者であり、それが坑夫を束ねるオサキだった。

 オサキは立派な祭壇をしつらえ、どこで手に入れたか酒や山海の珍味を積み上げていた。祭壇の前はこれもまた広い舞台となっていたが、むろんミオのためのものではない。ミオは舞台を背に上座に座り、三弦を抱えた男がその脇に侍った。

 ミオの祝詞奏上にあわせて踊り子達が舞った。踊り子の薄物の下の、あるいは舞にあわせて裾がひらめきあらわになる肌に、その場の男達の目が釘付けになった。


 祭事が終わり祝宴となった。ミオは最初固辞していたが、オサキのたっての頼み──実際には有無を言わせぬ強引さ──に、宴席に留まることになった。

「よければわっしがおぶって帰りますか」

 男がそっと耳打ちしたが、ミオは笑って

「いいえ、大丈夫。せっかくだからご馳走になりましょう」

 と答えた。

 そう言いながら、ミオは供された膳にはほとんど手をつけなかった。男には酒を勧める者もあったが、男はその度に

「ありがとうございます。しかしわっしは、酒は一滴たりとも飲めませんので」

 と断っていた。宴席の猥雑な人いきれの中でも、ミオの周囲だけは涼やかな空気に満たされていて、男はようやく息がつける心地がした。

 夕暮れが迫っていた。

 ミオはオサキに、

「日が暮れるので、そろそろお(いとま)いたします」

 と告げた。

「いやいや、宴はこれからでしょう。あんたの言う通りもう日が暮れる。今夜は泊まっておいでなさい。ミオさんのために、ちゃんと寝所も用意してあるんですぞ」

 そう言いながらオサキはミオの手を取らんばかりだったが、さりげなく男が間に割って入った。

「ありがとうございます。しかし私は、庵を空けることはできませんので」

 オサキは鼻白んだ表情になったが、そう言われて

「残念ですな……しかしお勤めがあるならしかたがない」

 と、しぶしぶ諦めた。

 招かれた時と同様の一人乗りの力車を、オサキは用意してくれた。それから、ひとりの車夫とふたりの護衛。ミオは日が暮れるので護衛はいらない、と断ったのだが、オサキは、ここは譲れない、とばかりに、

「日が暮れるからこそです。道中ミオさんの身になにかあっても困る」

 と言い、

「そこの御仁は」

 と、見下した目で続けた。

「その目では三弦は弾けても、荒事はとうてい勤まらんでしょうからな」


 鉱山から市街までは少しあった。ミオの庵は市街の外れでなお遠く、男の三弦はミオが預かったが、杖が頼りの男のため、護衛や車夫にミオは何度も止まって待つように言わねばならなかった。

 日は落ち、残照が空の端を染めている。

 もう少しで街の門が見えようかという辺りで、急に車夫が立ち止まった。

 乱暴な停車にミオは車から落ちそうになったが、次の刹那、あっ、と小さな悲鳴を上げた。

 突っ立ったままの車夫の背が妙なかたちに歪み、振り返ったその顔は先刻までのそれとは全く違っている。

「美味そうな匂いだア」

 耳元で唐突に声がし、思わずのけぞったミオは今度こそ車から転げ落ちた。

 しっかりと抱いたままの三弦がびいん、と鳴る。男達は一瞬怯んだ様子を見せたが、それもつかの間、下卑た笑い声をたてながら迫ってきた。

 車夫のみならず、護衛のはずの男達までが変貌していた。ミオは思わず東の空をみたが、むろんそこにまだ月の姿はなかった。

「前から美味そうな女だと思ってたんだ」

「いつか喰ってやろうとな」

「旦那の目を盗んでなア」

 などとてんでに言いだし、とうとうひとりが、奇声を発してミオに掴みかかろうとした。

「オレのものオ……!」

 だが男は、そのままくずおれた。背後に立っていたのは音曲師だ。その手にあるものは杖にあらず、ほの白く光る剣である。

「あぶねえ……」

 ごちるように男が言った。

「おじさん……!」

 恐怖のためかミオの声は涙混じりだ。男は庇うように、ミオの前に立った。

「もう大丈夫」

「ああ? 何言ってんだア?」

「舐めんなよこのめくらアガ……!」

 男達の形相はもはや人のものとも思えず、そのせいか語尾も不明瞭な雄叫びとなった。

 ばきばきと音をたてて、人があやかしに変わる。

 男の剣はますます白く輝き、今や完璧な姿となっていた。

 しろがねに輝く剣身には、今は(うしな)われた上代の文字が浮かび上がっている。切っても血に染まらず、ただいっそう剣身の文字があかく燃え上がった。不可思議な剣を振るう男は俊敏かつ苛烈で、常とはまるで別人だった。

 もとは人であった三つのあやかしは、瞬きの間に男の剣に屠られた。

「かわいそうに……」

 ミオは小さく呟いた。

 男の手の中の剣は、いつの間にか元の木の杖に戻っている。

「不要な殺生はしとうないが、……わっしはおまえさまを守らにゃなりません」

「わかっています」

 俯いてミオは小さく応えた。そして顔を上げて言った。

「ありがとう、助けてくれて」

「帰りましょう……。悪いけれど、車はおじさんが曳いてくれるわね」

「まかせておくんなさい」

 落ちて消えた灯籠に手探りで再び火を入れると、男はかすかに笑って答えた。


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