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#14 古道の辻


 ヨウは村のはずれの辻に投げ捨てられた。

 辺りには同じく殺戮された村人たちの死体が転がっていた。ある者は陵辱されて血まみれであり、ある者には首がなく、またある者は顔を炙られ、手足を折られていた。

 見せしめのために放置されたそれらの血と肉が腐る匂いは、吹く風にも消えることなく辺りにたちこめている。

 風が止まり、ヨウを見下ろすものがあった。

「ほう……。これは退魔師か。あやかしの匂いがぷんぷんするわ」

 ヨウは応えない。もはや唇を震わせる力すら残ってはいない。

「うぬのことは知っているぞ。このあたりの小物はみな、うぬに憑いては滅せられたな。いつの間にやら力を蓄えおって──」

 と、いったん言葉を切ったが、ややあってまた続けた。

「死にかけておるのか」

 その言いようには、どこか愉しげな響きがあった。

「脆いものよの。いかな力を持っていたとしても、人間は壊れやすくすぐに息絶える──」

 ──俺に力を貸せ……

 心底愉しそうにそれが笑った。

「我は魎王りょうおう。人間ごときとつまらん取引などせんわ」

 ──魎よ

 ──俺を食え

「……ふっ」

 再び笑い声。

 ヨウもまた、魎王を知っていた。古道の辻、すなわち彼岸と此岸を分かつこの場所を通る度に、ヨウはいつも「強い力」を感じていたのだ。それはヨウが知るあやかしの気配とは全く異なっていた。

 人の世を見透かすかのような気配。それはヨウを押し返してくる「圧」を持ち、知性のようなものさえ宿っていたが、一方で人のことわりからは外れる力であるがゆえに、いっそう恐ろしく不気味にも感じられたのだった。

「それほどの遺恨、うぬが滅びようと必ずかたきに仇なすであろうよ」

 ──魎、あやかしの王よ

 ──俺の血が冷えきる前に、早く──

 それはなおもヨウを見下ろしていたが、やがて言った。

「おのが魂を売るか。よかろう」


 うぬの性根、見届けてくれる──


 最後の言葉が、ヨウの内側から響いた。



 ヨウが最初に向かったのは生家だった。だがすでに匪賊どもの姿はなく、館は焔に包まれていた。

 一刹那、呆然と立ちすくんだヨウだったが、次の刹那、何かに惹かれるかのように焔の中に飛び込んだ。否、確かに焔の中から呼ばわる者があったのだ。

 燃え落ちんとする奥座敷にそれはあった。紅蓮の焔のなかで、自ら発光する一振りの剣。剣身に浮かび上がった真紅の文字が、ヨウに語りかける。


  我は怪異を屠るものなり

  我を得るものはきて魔を討つべし


 手を伸ばし、ヨウは剣を執った──。


 それからさらに半刻ほども後。

 数珠つなぎにした村の女や子供をせきたて街道を行く匪賊の一行の前に、立ちふさがる者があった。

 白銀しろがねに輝く剣を無造作に掴んでいる。血で黒く染まったぼろをまとい、潰れた眼を爛々と光らせた異様な風体に俘虜の女子供は悲鳴をあげ、男どもも肝をつぶしたが、そこはならず者であって、すぐに得物を取った。

 不思議なことにそれは剣を地面に突き立てると、素手で向かってきた。

「てめえ……! 迷ったか……!」

 行く手を遮ったのが何者か、どうやら男たちにはわかったらしい。怒鳴り声に恐怖が滲む。それでも果敢に剣を突き出したが、それは狒々(ひひ)のごとき身の軽さでかわすと、次々に男たちを殴り倒した。

 血反吐を吐いて絶命する者。衝撃で顔がざくろのように潰れた者。あっという間に死体が転がり、それは最後に頭目に迫ると、その勢いのまま首を張った。いやな音とともに頭目の頭が吹き飛んだ。

 村の者も気づいただろう。突如現れたのが何者か。変わり果てた姿だったが、それは確かにヨウだった。しかし彼らには感謝の言葉のひとつだになく、解き放たれるが早いか悲鳴とともに逃げ去った。



 どれだけの時間を、その場に立ち尽くしていただろう。やがてヨウはのろのろと先刻突き立てた剣を抜いた。それは手の中で木の杖へと変わった。


 ほう……。あのままおのが遺恨に食われるかと思うたが

 さすがよの。その剣を持つだけの力はあるとみえる


「……もういいぞ、魎」


 ところが我は気が変わった


 声は相変わらず愉しそうだ。


 いま少し、うぬに貸しとしておこう

 その剣とともにおるのも一興──


 ふっ……、とふくみ笑いをすると、声は続けた。


 だが覚えておけ。うぬの命は我が貸し与えたもの。我を滅しようなどとは考えぬことだ。我が去れば、うぬもたちまち息絶えようぞ


「わかっている」

 俯いたまま、ヨウは答えた。



 魎の妖力は強大で、これが憑いたヨウの身体も強靱なものとなった。それでもつまらぬ小競り合いや望まぬ戦いで何度か死にかけたが、その度に魎が救った。

 切り裂かれた眼はひとつは腐り落ち、もうひとつはあやかしの視界を得た。だがそれはひとには耐えがたいおぞましい世界であり、その眼もあやかしのものだった。そこから広がる魎の力を封じるためにも、ヨウは自ら両目を覆った。蔑まれることには慣れていた。

 生きる目的も見つけられず、あてもなくさすらうだけ。あれから一度も村へは帰っていない。

 伝法な口吻くちぶりは旅の空で身につけたものだ。その風体を見、もの言いを聞いて、巷にはヨウに関わろうとする者もほとんどなかったが、それはむしろ、ヨウが望んだことであった。

 魎と分かちがたく結びついたことで、ヨウもまたひとの理から外れかけた人間になった。それを知ればこそひとと関わるのが憚られ、ひとから逃れるように生きてきた。ミオと出会うまでは──。


 無残に死なせた妹と同じ名を持つ巫女、年頃も同じであり、彼女の足が悪かったのも、足を焼かれた澪に重なってしかたがなかったのだ。別人だとどれだけ心に言い聞かせても思慕が募った。同時に苦い悔恨も、どうしようもなく胸に広がった。

 二度と喪いたくない。

 不吉な予感がヨウを急きたてた。


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