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 鼻腔をくすぐるのは潮の匂い。歩を進めるにつれそれが濃くはっきりとしてくるのは、多分海岸に近づいているのだろう、と、旅の男はアタリをつけた。

 立派な建物が建ち並び人々の往還が絶えない目抜き通りで、ひとり男の姿だけが異様だった。ぼろをまとい、手には木の杖を持っている。うつむき背をまるめ、腰をかがめて歩く姿はいかにも(いや)しい。また(めくら)であるらしく、両目は汚れた布で覆われている。その風体のため歳の頃も知れなかったが、若くはなさそうだった。腰に小さな包み、背にはやはりぼろにくるまれた棹物──どうやら楽器らしい──を背負ったこの男に往来の人々は、ある者は顔をしかめ、またある者は目をそらした。

 そろそろ陽も傾こうという夕刻、先ほどまで男の全身を撫でていた湿気った風も今はない。男は立ち止まった。研ぎ澄まされた五感が、陸地の終わりを告げている。

「もし……、すみません、この先には船着き場か街がございますか?」

 男の問いを人々は無視したが、ややあってひとりが答えた。

「もう少し行くと島に渡れる橋がある。この先で聞いてみな」

「そうですか。親切にありがとうございます」

 男は誰にともなく会釈すると、再び歩きだした。それを見送って、居あわせたひとりが言った。

「おい……。いいのか、橋を渡らせて」

「かまうもんか」

 先刻、橋がある、と教えた男が応えた。

「どうせ乞食じゃないか。あの島が似合いだ」

 

 小半時も後。

 男は海にかかった橋の上にいた。杖から伝わってくるのは固い石の感触だ。凪いだ今だから渡れるが、少し風が出てきたら波を被るに違いない。現に床板は乾いておらず、男は慎重に歩を進めねばならなかった。

 ごく低い欄干にはそれなりに凝った装飾が施されているが、むろん男には見えぬ。それは床板と同じく永く波に洗われ、古びてすり減っていた。

 ようやく渡り終えたその先は、崖に穿たれた階段になっていた。どうにか上り終えると巨大な鉄の門扉が行く手を遮り、ここまで黙々と歩んできた男もさすがにかすかに表情をゆがめたが、ほどなく小さな潜り戸を見つけ、押し開けると門の中へと入っていった。

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