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お前が田原か……!
驚く俺を余所に彼女、もとい田原は弁当箱を広げる。それでも未だに俺が凝視しているのに気付き、どうしたの?、と尋ねてきた。
「いや、何でもない…」
そう言って慌てて自分の弁当に視線を下げる。だが心中では修羅場の真っ最中である。
そうか、コイツが田原だったのか。まぁことか変な渾名つけやがって。下の名前が真弥だからまぁこってか?やってられるか!
考えていると段々と腹が立ってきた。勿論田原ではなく、あっちの自分にだ。それにしても田原は俺の想像よりはるかにイイ奴っぽい感じだ。コイツを金蔓扱いとか俺はいよいよクズである。正直他人だったらふーん、で済ませられるがこの状況の場合その反動は俺に降りかかってくる。ああ、何てことしてくれてるんだ過去の俺。
田原が俺を呼び出したのは一体何のためだか確証が持てないが、多分恋愛絡みだろう。別れ話だろうか。恐らく俺はそれまで田原に粗雑な扱いをしてきている。これは、先程の田原の様子と発言からの憶測でしかないが、そう思っておいて良いだろう。そして更に数日間何の連絡もせずに放置。仮にも恋人にやる行為ではない。そこまでされて尚、俺を気遣える田原は人として出来ていると言わざるを得ない。前の俺は田原の爪の垢を煎じて飲むべきだと思う。
「それで、話って一体何かな?」
何となく気まずくなって本題に話を進める。これは俺がやったことじゃないけど、ある意味俺がやったことだ。これから田原に言われる言葉が何であれ、受け止めなくてはいけないのは俺しかいない。
腹は括った。さあ、こい!
「いや……サク、この前言い合いになった時に私のこと全然好きじゃない、ただの財布だって、言ってたよね」
それ、知ってたのか…。出来ればその事は後藤と俺との秘密にでもしておきたいとでも思っていた矢先にこれである。
「私さ、この前サクにああ言われてから数日間考えたんだ。ここ数日、私からの連絡何も無かったでしょ。急に何も言わずに、ごめんね。それで、思ったんだけど、私達ってもう潮時だよね」
悲しそうに語る田原に俺はじわじわと罪悪感が出てくる。何、この苦行。聞いているだけで精神がガリガリと削られていくような気がする。
これって、アレだよな?きっかけはあっちの俺の発言だろうけど、とどめを刺したのはこの数日間俺からの働きかけが何も無かったことだよな?
やっちまった、と思うがどちらにせよ俺は田原とは別れる方向に持っていったと思う。それは何も見た目のせいではなく、俺は田原がたとえ美人でもよっぽどでなければそうしていただろう。理由は単に俺が田原に恋愛感情を抱いていないからだ。俺にとって田原がどんなにいい奴でもそうでない奴と恋愛をするのは御免だ。田原はいい奴だし友達としてなら一向に構わないが、流石にこの状況下で友達はまず無理だろう。
田原は一頻り言い終えるとそれきり口をつぐんで俺を見つめた。俺の返答を待っているのだろう。俺が言える言葉はただ一つ。もう、決まっていた。
「そうだね。今まで有難う」
ごめん、とは言わなかった。ここまで言っておいてどの面下げて謝罪など口に出来るだろうか。確かに謝るのは簡単だ。それで、俺は何を謝ると言うのだろうか。本当のこと言って傷付けてしまってごめんなさいってか?それこそ馬鹿にしている。謝ったら田原は許してくれるだろう。ほんの少ししか田原を見てはいないが、きっとそうする。だからこそ、しない。
田原は悲しそうに、でも笑って、こっちこそ、と言った。