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次の日から早速篠崎は悪口を教室の至るところで言われるようになった。それ以外はまだ何も起きていないが、この分では何か起こる日もそう遠くはないだろう。篠崎は自分の席に着いて俯いている。一応本を読んでいるという体ではあるけれど、これでは本に集中できていないだろう。
後藤は毎朝遅刻はしないが割りと遅くに登校してくる。後藤は教室に着くなり俺の方に来た。
「おはよぉ。遼、もう大丈夫ぅ?」
大丈夫、とは?と一瞬疑問に思ったが、直ぐに実はここ何日かこのグループから離れるために、最近辛いことがあって…と悲しそうな顔で一芝居打ったことを思い出す。その時、後藤はそれに最初は心配の言葉をかけていたものの顔付きは若干嬉しそうだった。
実は俺達は親友であり、だからこそこのクラスではツートップのような認識になっている。だがあの時の後藤の顔を見る限り後藤は俺のことはそんなに好きだとは思えないし、ツートップという立ち位置にも不満がありそうだ。事実、俺がグループから遠ざかったことにより、今や後藤はグループのトップだと言わんばかりに振る舞っている。今日わざわざ声をかけてきたのは恐らくだが俺を心配しているのではなくて、篠崎のことを話したくて仕方ないからだろう。味方は多ければ多いほど良い。特に、力がある者なら尚更自分の方へと引き入れたいと思うのは普通のことだ。
「うん。ごめんね、心配かけて」
にっこりと笑いかけると、後藤は笑顔で、良かったぁ!と笑った。
「瑞希ぃ、ほんとに遼のこと心配してたんだよぉ。やっぱり田原が原因~?」
田原?誰だソイツ。
入れ替わる前にその田原って奴と何かあったのだろうか。まず田原が誰だかさっぱり分からないので何も想像ができない。
というか心配とか言いつつ探り入れてくるなよ…。後藤の野次馬根性が垣間見えて朝から残念な気持ちになる。
返答に困ったので俺は困ったような顔をして俯いてみる。これで後藤に本当に何かあったのだと勘違いさせて、さらなる情報を引き出すためだ。
「ついに破局ぅ?でも遼ってば田原好きじゃなくない?財布って呼んでたしぃ。それとも、もしかして愛着湧いちゃったのぉ?」
その言葉で俺と田原の関係が分かった。ほぼ間違いなく田原は女で、しかも俺と田原は恋人同士なのだろう。もう、元かもしれないが。そして財布と呼ばれていたということは、まあ俺にとって田原は体の良い金蔓でしかなかったと思われる。憐れ、田原。そして前の俺は本当に最低な奴だな…。
「さあ、どうなるのかな…。それより、昨日、災難だったね」
俺はその返事を曖昧に誤魔化し、話題の方向転換を図る。案の定後藤は簡単にその餌に飛び付いて大きな声で事の顛末を語り出した。昨日俺が見ていたことと同じことを少し大袈裟に言っている。
その内にチャイムが鳴り、ホームルームが始まったので後藤は自分の席へと戻っていった。
担任の今日の連絡を聞きながら、俺はこれからどうするのか今後の身の振り方を考えていた。
担任自体はあっちと変わらずここでも安原先生だ。ただし、あっちでは四十代独身の冴えない男だったが今は女言葉を使っている。彼女もいて順調なようだ。
俺も田原という奴とは順調に関係を自然消滅にでもしたいものだ。できれば会わないままどうにかしたい。俺は面食いと呼ばれているくらいだから、付き合っている田原もそれなりに良い見た目をしているのだろう。つまり俺的に言わせるとかなりブス、しかもただのブスではなく自分の容姿に自信のあるブスだ。正直遠慮したい。
だが、ここに来てから数日間田原とは関わりがなかったし、会わなくてもすむかもしれないとも俺は思っている。教室に会いに来ることも無かったし、メールも電話もきていない。
そう俺はこの事態について楽観視していたが、そんな簡単に物事が上手くいくはずが無かったのだと直ぐに知ることになる。