Black&White
俺とあいつはいわゆる幼なじみってゆーやつだ。
マンションの隣人同士で同い年の子供がいるってことで、うちが引っ越してきたときから家族ぐるみの付き合いをしている。だから俺の生まれて初めての他人はあいつだし、あいつの生まれて初めての他人は俺。ガキんときはアホみたいに何をするにも一緒にいたし、中学生になってから高校生活二年目を迎えた今日までもなんとなく一緒に登校することは続けていた。そうしていることで冷やかされたり脅かされたりといったことはあったが、一番の問題は他にあった。俺は他人といるときの中ではあいつと一番長い時間を過ごしていたから、酷く致命的な勘違いをしていたのだ。
あいつのことは俺が一番知っている。
今日はそれがいかに間違っているかを思い知らされた日だった。
あいつの好物から趣味、身長体重、使っているシャンプーまで知っていても、放課後の教室で誰と何をやっているかは知らなかった。あいつが俺以外の奴にどんなメールをしているか知らなかった。そんなところは勝手に頭の中で補完して、何でも知っている気になっていた。だから、逃げた。分からないなら聞けばいいのに、あの場所から一刻も早く遠ざかりたくて、考えるよりも先に走り出していた。
夕陽の朱色が満たす殺害現場みたいな教室で、昨日のことを思い返す。今朝俺はあいつに、五時になったら教室に来てほしいという趣旨のことを言った。俺は昨日のあのとき、もう一つの事実に気づいてしまったのだ。今までなんとなく俺のそばにはあいつが無条件にいると思っていたのが崩れたときに、急速に沸き上がるものを感じた。俺はこれをあいつに伝えなければならない。
そのとき、普段よりやけに大きな音を立てて、教室の戸が開いた。
「早いなあ、相変わらず」
曖昧な笑顔を浮かべながら、俺の目の前までやってくる。時計はまだ四時五十分を回ったところだった。
「今まで図書室で時間潰してたんだ」
そういえば気づかれないようについていってもよかったな、という考えが頭をよぎったが、それは今重要ではない。
「あのさ」
その一言で沈黙が下りる。
「昨日、ここで何してたんだよ」
「昨日?」
一瞬考えるような間があって、
「告白されてたね。ん、もしかして妬いちゃったの?」
普段ならそんなわけないとはねつければいいだけのからかうような笑いに、俺は何も言えなかった。
「私は君のことが好きなんだから心配ないのに。じゃ、帰ろっか」
「ちょっと待って。え?」
「何?」
こちらを振り向くその顔には漫画みたいな桃色の頬はなく、ただ純粋な疑問だけがあった。
「お前、俺のことが好きなの」
「そうだよ。知らなかったの?」
「当たり前だろ……」
「君は単純だからねえ。その点私は君のことなら何でも知ってる」
「うるせえよ」
今までのことを思い返すと、俺は思わず脱力した。
「なになに、どうしたの?」
一人で悩んでた俺が馬鹿みたいだ。冷静になってみれば、どれだけ大切な人間だったとしても、何もかも知る必要なんてなくて、結局のところ、他のことがどれだけ曖昧でも俺はその一言が聞きたかっただけなんだろう。
「何でもない」
こんな簡単なことに気づかなかった自分が情けないやら、気持ちを全く気づかせなかったこいつに腹が立つやらで、ちょっと強い語調になる。
それと同時に自分の中で妙な対抗心が出て、俺と同じようにこいつもびっくりさせたくなった。
「お前、これ知ってるか。実は俺もお前のことが好きなんだぜ」
「そんなこと、とっくの昔に知ってるよ」
涼しい顔でそう返して、こいつはまた笑った。
どうも、弥塚泉です。
いつだって自分から見た異性というのは、よく分からないものですよね。
ところでこのお話の主人公、実はちょっと荒っぽい女の子だって言ったらびっくりしてくれますか?
なんちゃって。