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黒と赤の獣  作者: 広科雲
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四、魔物の大地

 人間が定義する魔物とは、『人間に対して害をなす生物』である。凶悪な獣や猛毒を持つ虫はもちろん、高い知能を持ち会話の通じる竜族や魔神なども、人間の敵となるならば『魔物』としてまとめられる。つまりは人間がコントロールできない生物を『魔物』と暴言してもよい。

 遠い昔、グレストキア大陸西部は魔物が支配する混沌の地であった。妖精人の混血から『人間』という種が誕生したのは、大陸の東の果て。魔物の勢力が比較的薄い地方であったのが、人間にとっての幸運だった。

 人間は発祥した大陸東部から西へと領土を拡げ、中央部を開拓し、西部に手を伸ばした。魔物は住まう大地を守るために強力な魔法と強靱な体力を用い、人間を狩った。まだまだ種としては脆弱で、補う道具も貧弱であった人間は、いとも簡単に殺されていき開発を阻まれた。やがて人間たちはあきらめ、無理な侵攻を中止した。もともと住む土地には困っていなかったのも一因であろう。

 それから何十年、何百年がすぎ、人間は独自の魔法を産みだし急速に力をつけた。なかでも大陸東部に発祥した魔法王国ゼルスは、現代以上の魔法力を持っていたと言われている。

 力をつけ、数を増やした人間が目指すもの。個人の探求心から、集団の支配欲へと変化していく、その先にあるもの。それが大陸征服であった。

 ゼルス王国は百年をかけず、大陸を征服し、統一国家をうちたてた。

 魔物たちは平野部を追われ、山岳のさらに奥深くへと身を隠した。一説には魔界と呼ばれる別世界が存在し、魔物はその未知なる世界からやってきたのではないかと言われている。その魔界と世界をつなぐ道がガドバール山脈のいずこかにあり、姿を消した魔物は一時的に魔界へと戻っただけではないか、いつの日か彼らの大地を奪回するために帰ってくるのではないか、と、主張する者もいた。

 『魔界への道』を証明するものかどうか、ゼルス王国崩壊とともに小国が乱立するようになって久しい大陸新暦三一七年、カシムという男が大陸統一を旗印に挙兵する。無論、彼自身は人間であるが、彼の下に集ったのは野心に燃える人間だけでなく、魔物が数多く参加していた。それまで存在すら知られていなかった魔物が、群をなして現れたのである。この魔軍侵攻は大陸中央部まで巻きこみ、あわや魔物の支配が確立するところまで進んだ。が、三二一年に『紫竜団』と呼ばれる抵抗勢力が中心となってカシムを打倒すると、魔物は潮をひくように消えたという。カシムが魔物を連れて来た場所も、そして消えたのも、ガドバール山脈であった。

 また、六七〇年代オトワール国サザーハント領での魔物発生や、ごく最近のガガーリン国フェルダン領の魔軍侵攻は、いずれもガドバール山脈沿いの土地で起きている。

『魔物発生の秘密はガドバールにある』

 もはや西部連合では、共通の認識に成りつつあった。


 国際警察機構『ディーン騎士団』本部第一級犯罪捜査係一等捜査官は、不機嫌であった。

 ガガーリン国内各所で賞金首を含む犯罪者たちに不穏な動きが見られる、との情報がもたらされたのが半年前。噂の出所であるフェルダンの調査にのりだし、ついに黒幕にたどりついたと思いきや、魔物のフェルダン侵攻がはじまった。混乱をきわめた二週間がすぎ、ようやく捜査再開のメドがたったところで、ディーン騎士団はガガーリン本国より派遣された正規軍に街からの退去を言い渡され、全権を奪われてしまったのだった。

「ここまで内偵調査を進め、あと一歩まで追いつめたのは我々だぞ。それを魔軍の侵攻を理由に、管轄外であるはずの我々の成果まで奪おうというのは、どういう了見だ」

 ソゥルはディーン騎士団の代表として、派遣されてきた将軍に直談判をした。だが、将軍は人間犯罪を小石ほどの障害とも考えていないようだった。もしくは『お役所仕事』の見本とでもいうべきだろうか。

「そんなことはしらん。ワシらは魔物どもを一掃するために来たのだ。賞金首になんぞかまってられるか」

「我々はその賞金首を一掃するためにここにいるんだ。おたがいの職分を侵犯しなければ、それでいいではないか」

「キサマは魔物と賞金首と、どちらが重大かつ凶悪なのか、わかっておらんようだな。すでに街の半分が占拠されているのだ。そんなときに、ろくに戦えもしないキサマたちにウロウロされてはたまらんわ。だからついでに犯罪者どももまとめて葬ってやろうと言っているのではないか」

「ふざけるな。ガガーリンの正規軍であろうと、西部連合直轄の我らをとめる権限はない。これより我らは、独自の判断で犯罪者の逮捕を行う」

「ならばもう好きにせい。どのような目に遭っても、我が軍はキサマらの援護はしないからな。覚えておけ」

「けっこう。邪魔だけはしないでもらいたい」

 ソゥルは将軍の部屋を出ていった。背後より「若造が!」という舌打ちが聞こえたが、彼は内心で「ジジィが」とののしるだけにとどめた。

 ディーン騎士団のフェルダン街庁舎に戻ったソゥルは、いらつきを発散するように大きな音をたたてソファに身体をあずけた。

 「その様子では、説得は失敗ですか?」ソゥルつきの一等事務官が冷たい飲み物をさしだす。

「いや、ムリヤリ捜査権利をもぎとってきた」

「それはご苦労様です」

 事務官の柔和な黒い瞳が、苦笑の色を表していた。

「それはともかく、ずいぶんとタイミングがいいとは思わないか?」

「と、言いますと?」

 ソゥルは一口、飲み物を含んだ。犯罪者を束ねる黒幕が判明した直後に魔物の襲撃があり、ガガーリン本国からは迅速すぎる援軍が送られてきた。普通に考えて、魔軍侵攻からわずか一週間で軍が派遣されるであろうか? 指揮を執る将軍が単なる戦争屋と評されるゴルダー・ボアというのも気になる。だが、その迅さと将軍の奮戦のおかげで、フェルダンが助かったとも言えなくはない。

「レイルズ、ボア将軍の前任地がどこだったかわかるか?」

 ソゥルの唐突とも思える質問にも、レイルズ事務官は平然と資料を探した。彼と行動をともにして六年、彼の言動にはすでに慣れている。

「えーと、わかりました。王都防衛部隊の指揮官でしたね。近衛兵団とは別の、第二軍団長です」

「王都防衛部隊が、なんで前線に出てくるんだ……?」

「さぁ、王都にいたのなら、勅命でしょうか」

「だが、単独ならともかく、三〇〇〇の兵を連れて一週間でフェルダンへ来るなんて神業だぞ。準備期間はどうしたんだ」

「ですねぇ。あらかじめ準備をしていなければできない芸当です」

「どうもきな臭いな。もう一度、調査結果を洗ってみるとしよう。なにか見落としがあるかもしれない」

 レイルズは「はい」と微笑した。ソゥルの煮詰まりはじめた表情を、彼は好ましく思っていた。


 半年前、大陸新暦七〇一年一月半ば、一つの情報がディーン騎士団本部へ届けられた。いわく、『フェルダンで一〇名の賞金首を目撃』と。徒党を組んでいる賞金首も数多いのだが、今回発見された一〇名はいずれも単独行動を好み、好戦的な特徴を持つ者ばかりであった。そんなメンバーが偶然でフェルダンへ集まるだろうか。答えは否である。

「わたしたちは、彼らの目的を探るためにフェルダンへと派遣されました」

「そうだ。とくに『百星』アグスレイは二五万金貨の賞金首だ。野放しにはできない」

「ええ。それに、国内各所で犯罪者たちが姿を隠しはじめている、という情報も、前後して入手されていました」

「オレたちははじめの一〇名と同様、彼らもフェルダンへ集結すると予測をたてた」

「なぜ、フェルダンだったのでしょうか」

 「さぁな」ソゥルは首を振った。フェルダンの街は、西方をガドバール山脈に囲まれたガガーリン国最西の都市である。街名と同じ性をもつ統治者フェルダン伯アルフライドは、齢六〇をこえた穏和な紳士で、ディーン騎士団の名誉顧問も務めている。ガドバールに面した山間に城をかまえ、城下町フェルダンの繁栄と平和に尽力していたのだが、噂が流れはじめたころから人前に姿を見せなくなっていた。

「死亡説も流れていたが、オレはつい先日も城でお会いした。壮健にみえたが……」

「なにか?」

「なんとなく以前とは違う雰囲気だった。血気盛んというか攻撃的というか。大切なフェルダンが魔物に襲われ、昂揚していたのか」

「それはあるでしょう。あの方は、フェルダンを愛しておいでですから。跡取りがいないのをいつも嘆いておられましたね」

「奥様もご子息も、流行病で先だたれたからな」

 「ええ」レイルズも残念そうな表情をうかべた。だが長くは続かず、「話を戻しますが、問題は、ディーン騎士団の顧問を務めるほど犯罪撲滅に熱心であったフェルダン伯が、なぜ街中で目撃されている賞金首を放置していたか、です」

「それだ。結局オレたちが協力を要請するまで、ヤツらを野放し状態にしていた。だが、ヤツらのほうも目撃はされていたが事件を起こしていない」

「おかしなことばかりですね」

 それから二人は、一〇人の賞金首がフェルダンに潜伏している事実を確認し、また、彼らが組織を作っていたのもつきとめた。

 その経過報告書を提出したのが二月下旬。組織への内偵調査を行うために本部へ増援を求めたのが三月四日。増援の到着から一月、組織には多くの犯罪者が参加しており、彼らの活動目的は西部諸国の情報収集であると知る。

「少々意外ではありましたね。犯罪結社でも作って、麻薬や人身売買、テロ行為でもするのかと思っていましたから」

「たしかに。だが、殺人はなくとも、行方不明は多かったな。内偵調査官もそうだが、噂を聞いてやってきた賞金稼ぎたちがほとんど帰ってこなかった」

「殺されたのなら死体くらい見つかりそうなものなのですが」

「好戦的で自己主張の強い連中が影でコソコソ情報集め、か。何を企んでいるんだか」

「情報は集めるだけでは役には立ちません。利用してはじめて意味を持ちます」

「そうだ。それを知るために、再度増員して調査の網を拡げようとしたんだがな」

 四月に入り、ソゥルの捜査は予想すらしなかった障害に阻まれる。犯罪者以上の妖しい影が、悪夢のようにフェルダンを襲ったのだ。

 魔物である。

 四月一四日、中央広場の初代フェルダン伯爵像の剣に、若い男が串刺しにされている事件が起きた。内蔵と目玉が抜かれており、身体中に残されていた歯形は獣とも人間ともつかないものだった。その日から毎日毎夜、街のあちこちで内蔵を食い散らされた死体が発見されるようになる。それにあわせるように、「巨大な」「蛇のような」「翼の生えた人のような」「空飛ぶ虎のような」等といった、正体不明な影が目撃される。

 ソゥルは犯罪組織の捜査を続けるかたわら、不可思議な殺人事件解明にものりだし、一連の事件を『魔物』の犯行と結論づけた。

「それをフェルダン伯に報告して、領内の騎士団にあとを任せたとき、伯爵に何ら不自然さはなかった。実際、騎士団の活躍もあって数頭の魔物が退治され、事件はとまった」

「そうですね。おかげで、我々はまた本来の捜査に集中できるようになりました」

「だが、内偵調査官との連絡は途絶しがちになっていた。黒幕に近づけば近づくほど、行方不明者は増すばかりだった」

「それでもようやく組織を束ねる人間に行き着きました。アーリマンという男ですが、ディーン騎士団の資料にはないですね」

 「本名であるかも疑わしいがな」二人は苦笑を見せあった。

「そのアーリマンなる男の経歴は今もってわからない。捜査員は日々減少する。組織の行動が判然としない。それでも組織と黒幕はフェルダンに在る。そう思ったからこそ、いったんスラブレストに戻ったんだが」

 六月一三日、ソゥルはスラブレストのディーン騎士団本部へ捜査員の補充を嘆願。できうるかぎりの速さでフェルダンへトンボ返りしてみると、魔物の大攻勢がはじまっていた。それが六月一九日である。

 一九日未明。まだ東の空が一条の光にも染められぬ時刻、魔物は奇怪な声をあげてフェルダンへ襲いかかった。空からは翼を持つ人型や獣、大地は鋼のような皮膚をもつ巨大な魔獣や鬼、運河には毒を吐く大蛇や半魚人、地面を割り湧きでるのは変異体の昆虫に不死生物と化した人間・動物と、次々に出現しては人を喰らい、建物を破壊していく。

 安らかな眠りの時間は、一瞬にして悪夢へと変貌した。フェルダン騎士団とソゥルをはじめとするディーン騎士団は、混乱と恐怖に発狂しながらも必死で戦った。長い夜が明け、朝日とともに魔物が退いていくころには、街の半分以上が全半壊し、二〇〇〇人を越える死者をだしていた。

「それからの一週間はよく覚えてませんね。忙しすぎて……」

「オレもだ。住民を近くの村へ避難させ、フェルダン騎士団とともに魔物を退治して、一方で組織の様子をさぐってと、寝るヒマもなかったな」

「魔物は神出鬼没ですからね。昼となく、夜となく、突然現れましたし。……そして六月二六日、ボア将軍が三千の兵を連れて到着」

 「ああ」ソゥルは沈鬱なまなざしを天井へ向けた。ボア将軍の仕事はたしかに速かった。フェルダン伯爵へのあいさつもそこそこに、戦争準備を整え、襲撃のことごとくを撃退してみせた。一週間もすると、魔物も騎士団も動きをとめ、にらみ合いとなった。

「そこへディーン騎士団の退去命令だ」

「むこうの言い分もわかりますけどね。フェルダン奪還作戦もはじまるでしょうし」

「まぁな。だが、これだけの事件が起きていて、なぜ組織の連中はフェルダンを出ないのだろう。こんな状態で何ができるというんだ? ヤツらが慌てふためいて街を出てくれれば、いっそやりやすいってものだが」

「そうですね。彼らにとってこの状況に利益があるんでしょうか?」

「利益、か……」

 ソゥルは考えこむ。戦争になって喜ぶ者など、商人と普段役に立たないボア将軍くらいだろう。犯罪者にとっても平和な時代だからこそ悪法で稼ぎができるはずなのだ。乱れた世の中では、幸福を奪う楽しみも、壊す価値もないではないか。が、もし、混乱にこそ利益があるとしたら、戦争にも意味があるのだろうか?

「犯罪者の集結と情報収集、平時の穀潰し将軍……」

 「穀潰しはひどいですよ」レイルズ事務官が乾いた笑みを浮かべると、ソゥルもフッと笑った。しかし、柔らかな表情はすぐに硬くなった。

「……なぁ、組織のヤツらは、この状態がお望みなんじゃないか」

「え?」

「単なる憶測として言うのだが、戦争によって何らかの利益があるのか、もしくは、戦争を起こすことじたいが目的だとか……」

「それは考えすぎでしょう。だいたい、あれだけの魔物に街を襲わせるなんて人間(わざ)ではありませんよ」

 「そうだな、それもそうだ」釈然としないまま、ソゥルはカップの中身を一気にあけた。

「さて、将軍の気がかわらないうちに、アーリマンの逮捕に行くとするか」

「はい、実戦部隊はそろえてあります」

「捕らえれば全容が明らかになるだろうさ」

 自慢の二刀を腰に差し、ソゥルは個室を出た。

 七月三日、午後二時のことである。

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