9 ステイション
秋も近付くと日が暮れるのも早い。毎日あんなに暑かったのにすっかり肌寒くなって来た。駅に向かう足取りも自然と早くなる。
私の利用している線は私鉄電線で本数も少ないので乗り遅れるとさらに帰りが遅くなる。こちらの店舗に来て1年弱。そろそろ移動命令が出てもおかしくない頃だ。自宅まで50分の距離。あまり遠くの店舗は遠慮したいところだ。
一日中立ちっ放しなので足が浮腫み痛みが引かない。帰りは席が空いているといいけど。
「な、何これ」
時刻通りに電車は来た。来たけれど、乗り込む隙も無いくらい満員だった。
イベントでもあったかの様な満員振りだ。こんな状態の車内でもどうにかして乗り込まなければ家に帰れない。気合だ。とにかく入り込むんだ。
けれど寿司詰め状態の人間はビクともしない。
出発の笛が鳴る。
「うっ、ああー」
諦め掛けた時、車内から手が伸びて来て私を引っ張り上げてくれた。なんとか乗り込んでみたものの身動きどころか息も出来ない。
「苦しい……」
こんな状態を後40分も味わうのか。中々の苦行だ。
「大丈夫?」
引っ張り上げてくれた手の持ち主が人と人の間をこじ開けて私に並ぶ。意外な偶然だった。
「藤堂くん?」
「JRが事故で不通なんだ」
「ああ、それで。ありがとう、お陰でなんとか乗り込めたよ」
「うん。良かったね」
嫌な汗がでる。
車内の熱気もそうだけどふたりの距離が近い。満員なんだから当たり前だけど、向かい合っているので話せば息が掛かる。身長は頭ひとつ分藤堂くんのが高いので顔は見ないで済んでるけど、抱き合ってるみたいではずかしくなる。
少しでも電車が揺れると支えの無い私の身体は藤堂くんに益々傾いでしまう。
「いいよ。寄り掛かっても。俺は平気だから」
「うん。ごめんね」
平気じゃないのは私の方だ。自意識過剰なのは分かっている。それでも耳に伝わる藤堂くんの鼓動が特別な近さに感じていたたまれない。
「今帰り?」
「うん。今週は日勤だから」
「夜勤も電車で帰ってるの」
「終電には間に合うからね。駐車場が狭いから今の店舗はマイカー禁止なの」
「駐車は上手くなったの?」
「まあ、……相変わらずな感じです」
「ハハッ。そっか」
通勤で運転しないと車に乗る機会もなかなか無い。せっかく免許を取ったのにドライブテクニックは残念なままだ。たまに買い物で乗っても頭からそのまま突っ込んで、誰もいないのを確認してから何度もハンドルを切り返して脱出している。
運転も、向いていないんだよね。だからあんまり乗りたく無いんだろう。けれど今日みたいに満員電車に毎日乗らなきゃならないとしたら、考えるだろうな。
すっかり藤堂くんに身体を預けたまま電車はガタゴトと進んで行く。何時になくゆっくりに感じるのは何故だろう。
一秒でも早く到着する事を心から願った。