5 ウエディングドレス
こんなに不機嫌な花嫁さんって、いるんだろうか?
今から結婚する人とは思えないご機嫌斜め振りにこっちの心臓がバクバクする。
「どうしたの? 緊張してるの?」
「あー今日なんか来なきゃいいのに……。昨日から最悪の気分だよ」
「なんだ、冗談なんだね。心配したじゃない」
「ひかり。私を逃がして! 今すぐ!」
無茶なことを言う。いまさら逃げられる訳もない。親友の結婚式に逃亡の加担をするなんてそんなドラマみたいなこと起こす勇気はない。
結婚を控えた花嫁の心の病マリッジブルーとも思えない本気の訴えを無視しなくちゃならないのは気が引けるけれど、すでに参列者がこの扉一枚隔てて待ち構えている。とにかく送り出さなくては……。
「すごく綺麗だよ。直人さんも待ってるし、そろそろ行った方がいいんじゃない?」
「だから行きたくないのよ! ひかり代わりに結婚してよ」
「自分で決めたんでしょう。もう諦めて下さい。ほら、さっさと行く!」
式場の係員に手を取られて扉が開放される。広い会場内がシーンと静まり一斉に花嫁に注目が集まる。シンプルだけど上等なシルクで作られたタイトなウエディングドレス。
細身で手足の長いまっちゃんに良く似合う。
係員からバトンタッチして手を取る新郎もまた白のタキシードに身を包み花嫁とは対象的に満面の笑みを浮かべている。
とにかく結婚が決まってからも色々と揉めて要約辿り着いた今日なのだ。新郎の直人さんにしてみたらうれしさも半端ないだろう。もちろん私もうれしい。直人さんなら絶対まっちゃんをしあわせにしてくれる。
「不細工の癖に気だけは強いんだから。あれじゃ直人さんに捨てられるな」
新婦の弟の裕君だ。
「裕君」
「お久しぶりです。僕、結婚はひかりさんの方が早いと思ってたんだけどなー」
「まあ、色々あるのよ」
今日の私の席は家族のテーブルに入っている。両家の参列者の数に大きな差がある為こうして御一緒させてもらっている。最初ごく身内だけの小規模な式をあげるつもりだったのが直人さんのお母さんの反対で変更する事になり、以降まっちゃんのご機嫌はご覧の通りで、一向に上向かない。
「あんないい男捕まえといて何が不満なんだろうな」
学生の頃知り合ってからずっと息の合った漫才コンビみたいに言いたいことを言い合っていたふたり。
そんなふたりがいつの間に恋人関係になったのか知らないけれど結婚することになって、初めて報告を聞いた時私は不思議と驚かなかった。
飾らず、包み隠さず、いつもありのままのふたりだったからだろう。
私は自分を隠したまま曝け出せなかった。
嫌われたく無かったけど、好きになってもらう努力もしなかった。
上辺だけの恋人だったから別の人に惹かれた彼は、去って行ったのだ。
いけない。
こんなおめでたい席で痛い思い出に浸っている場合じゃない。
「それにしてもさすが織田商事の御曹司だよね。すげー数の関係者」
おそらく顔の広い親御さんの招待だろう。芸能人並の参列者の数だ。乾杯の音頭と共にそれぞれ挨拶が交わされる。
出される高級フレンチに舌包みしていると声を掛けられる。
「ひかり?」
懐かしいその声。優しい音色のする方に向く。
そこに立っていたのは1年振りに見る藤堂くんだった。




