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歌にもならない  作者: zaizai
本編
23/24

23 独白・貴志は語る

 朝の気配に目が覚める。隣には普段なら感じない人の温もり。

 安らかに眠る愛しい彼女の顔を見ると思わず口元が緩む。やっと戻ってきた大切な存在。起こさない様にそっとベットを出る。


「何にもないよな」

 普段料理をしない冷蔵庫の中は缶ビールとミネラルウォーターがあるだけ。普段なら計画を立てて抜かりなく手はずを整えるのに、余裕なんてなかったって事だよな。

 財布だけ持ってエレベーターを待つ。


 ひかりは食べることが好きだ。幸せそうに、美味しそうに黙々と食べる姿を見ているとこっちまで幸せな気持ちになる。

 最初にひかりに惹かれたきっかけもそうだった。


 ひかりはクラスでも目立たないグループにいてお互い接点なんて何もなかった。

ある時文化祭で模擬店を出す事になった。目立つことが大好きで華やかな女子達は口は出すけど裏方の仕事はやろうとせずに目立たないグループに任せたきり自分達は他の店を見て回っている

 ひかりは制服の上にきちんとエプロンをして三角巾までしていた。髪も一つに結んでいる。無駄口は一切せず野菜を切ったり、材料を調理したり、面倒な作業を誰に指示されなくてもてきぱきこなしアッと言う間に準備は終了してしまった。

 そうしている間に目立ちたがりの女子が戻って来て売り子として店に立つ。制服を着崩して、伸ばした爪を隠しもしないで食べ物を売る。食べ物の前で平気でしゃべり続けていた。

 気が付いたらひかりはそこからいなくなっていた。

 文化祭の打ち上げも顔を出さなかった。

 

 それからひかりを目で追う様になった。

 放課後友だちの松井ゆかりと楽しそうに話す姿。

 お弁当を美味しそうに食べる姿。

 夏の体育の水泳で細過ぎず太過ぎず女性らしい丸みを帯びた見事なプロポーションを目にした時はドキドキさせられた。

 そうしてどんどん好きになっていったんだ。


「あっお早うございます」

 先客が乗っていた。

 昨夜もひかりと帰った時会ったよな。俺より上の階の人で妙に話し掛けて来て正直うざったく思っている。


「今日はお休みですか?」


「はい。彼女が泊まりで遊びに来てるんで」


「ああ、昨夜の子」


「ええ。俺、彼女に夢中なんです。他の女なんてゴミに見えます」

 

「・・・」

これだけ言えば分ってくれたよな。

 あー俺って最低だ。自分で自分を分析なんてしたくないけど興味の無い対象に情けなんてひとかけらも無い。

 直人は育ちが良いから一応対面は保つし愛想も良い。

 見せ掛けの優しさに女の子は騙されるんだけど、ゆかりは最初からそれを見抜いていた。

 見抜いたから興味を持たれちゃったんだけどね。


 お互いに厄介な子を好きになってあの手この手で気を引いて罠に掛けた。引っ掛かったら最後、絶対に逃がすつもりなんてない。


 本屋に出る小バエもあの小僧が上手く追い払ってくれるだろう。

 報酬はそれなりに考えている。


 「敵を攻めるにはまず味方からってね」

 ひかりが休みなのも知っていたから会社には有給を取ってある。

 食料も買った事だし今日は久しぶりにひかりと二人きりで一日中過ごそう。部屋から一歩も出ないでひかりと身体を温め合うのも良い。

 

 最低な一年を一生をかけて償うんだ。

 愛しい彼女が待つ部屋に急いで帰ろう。


 


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