22 代わりなんかいない
「ごめん。酔わなきゃ怖くて聞けなかった。この間の返事聞かせて欲しい」
空になった容器を眺めて途方に暮れている場合じゃない。
どんなに言い辛くても言わなきゃいけない。
「無理だよ。」
「どうして?」
「藤堂くんは私じゃ駄目だったから他の人に気持ちが向いたんじゃない。私は今も何も変わってないよ」
「ひかりが駄目だった訳じゃないんだ。俺が馬鹿だから、誘惑に負けたんだ。俺のせいで傷つけて辛い思いをさせたんだ。ごめん。本当にごめん」
聞きたかったのは、謝罪の言葉だっただろうか。
あの頃の自分を思い出す。
何時も何かに怯えて毎日不安な気持ちでいた。どんなに背伸びをしたって藤堂くんに相応しい女になれない。自分が一番解ってたから悲しくて辛かったんだ。
恋人の関係が自分には重い。
友達だったら幾らでも受け止めてあげられたんじゃないだろうか。
「そう思うならもうこんな風に会うのは止めよう。友達に戻ろう」
「嫌だ。友達なんかじゃない。ひかりの1番近い場所にいたいんだ」
「いたら何だって言うの? 私と居たって何にもない。私なんかつまらないよ。やめたほうがいい。そんな場所なら光ちゃんや、あの人の所にだってあるでしょう」
「違うよ。ひかりは他の誰とも違う。これからもずっと側にいたいんだ」
そんなの信じられない。
なんとなくおかしくなり始めて藤堂くんは笑わなくなって行った。
少しも楽しそうじゃなかった。
後ろめたさがあったせいかもしれないけど側にいる私の方が辛く、やり切れないほどだった。
邪魔なのは私だ。
私が居なくなる事で、少しでも藤堂くんの気持ちが楽になるなら、そうするべきだと思った。
「藤堂くんは今笑えているでしょう。新しくひとり暮らしを始めて、車も買った。何もかも順調で思い通りの人生が待っている。もう昔の過ちなんて忘れて前だけ見ていれば良い。私なんて最初からいなかった。藤堂くんの記憶から消してくれたらいい。私なんか、私なんか……!」
「そんな事出来ないよ。こうしてひかりは生きている。声も聞こえるし、触れることも出来るこの1年色んな子と出会ったけど、どの子も好きになれなかった。ひかりじゃないから、好きになれなかったんだよ」
「そんなの嘘だよ!」
「-----愛しているよ。浮気していた時も、別れてからも、今もずっと愛している。ひかりだけずっと愛しているよ」
笑えない冗談だ。
おかしくて涙が出る。
もうこれ以上感情が溢れない様に両方の手で目を塞いでしまおう。
藤堂くんの悲しそうな顔なんか見たくない。感情に揺れる自分を見られたくない。
なのに藤堂くんの言葉が心を犯して行く。
---ワタシハ アイサレテイタ?---
「泣かないで。ひかり、許して欲しい。ごめん、ごめんねひかり」
抱きしめられて藤堂くんの体温に包まれると心はもっと切なくなる。
謝らなくてはいけないのは私の方だ。
本当は自分に都合よく納得して離れようとしてたのは私の方だ。
あのままあの人に藤堂くんの体だけじゃなく、心まで取られてしまうのがすごく怖くて、そうなる前に自分から手を離したんだ。
卑怯で意気地なしの私は自分の気持ちにまで嘘をついた。
「うっく…。あの人、は…」
「ひかりと会わなくなってすぐに別れた。俺は遊ばれてただけで、俺もあの人を利用してたんだ。ひかりは俺に何も求めないから、俺も我が儘なんて言えなかった。嫌われたくなかったから格好つけて、代わりにあの人に甘えて、ひかりと影を重ね様としてた。最低だよ。俺は勝手で、外面だけのどうしようもない男なんだ」
「違うよ。私だって同じだよ。---ごめんなさい。藤堂くんを信じてちゃんと話せばよかった。気持ちを言えばよかった」
「もう間違えないよ。どんな俺も隠さずひかりに見せる」
「私にはしない様な事をあの人とはいっぱいしたの?」
「……したよ。でもこれからはひかりとする。ひかりだけにわがまま聞いてもらう。もう我慢するのは止める。ひかりの気持ちに気付かなくてごめん。ちゃんと俺も愛されてたんだってすごくうれしかったよ」
「え?」
「『藤堂くん』って、これからも呼んで欲しい」
なんて事だ。
織田家の二人はスパイだったのか。
はずかしい告白を全部暴露しちゃって裏切り者め。もう絶対白玉君なんて買ってあげるもんか。
「俺たちまたやり直せるよね」
「私でいいの?」
「ひかり以外にいない。駄目な所も全部引き受けるよ。だってそれがひかりなんだろう?」
そう----
自分に自信が無くて前向きになれず、なんとなく惰性で生きている。
不器用で要領が悪くて失敗ばかり。---それが私。
そんな私を見つけてくれた藤堂くんはなんでも器用にこなす出来すぎ君。
振り回して振り回されて、二人の距離はようやく少し縮まった。
「この間の続きをしようか」
そう言って抱き上げたまま寝室に向かう藤堂くん。
結局振り出しに戻ってしまった。
これからもずっと続いて行くんだろうか。
歌にもならないこんな毎日が。




