21 からっぽ
車が止まったそこは当たり前だけど藤堂くんの住むマンションの駐車場。建物の地下がそのスペースになっている。おしゃれな都会の匂いがする此処に似合うお高そうな車が沢山並んでいる。慣れない車でベルトの着脱にもまごついてしまう。タイミングよくドアを開けてくれる藤堂くんに促されて車を降りる。
「あのね今日はもう遅いからまた今度にするよ」
「今度って何時? 土日休み無いんだろう。毎日こんなに遅くまで働いて、いったい何時休んでるの?」
「平日休みを貰ってるよ。丁度明日は休みだし。どこも悪い所は無いし大丈夫、健康だから」
「なら少しくらい遅くなっても大丈夫だね。今度こそちゃんと送っていくよ」
「でもあの、」
エレベーターが降りて来る。とりあえずここから1階に上がらないと外に出られない。乗り込んですぐ1階のボタンを押す。
「……」
言わなくても分るでしょう。私は帰るんです。鬼のお母様が家で待ち構えているんです。冷蔵庫で安らかに眠っている白玉君にはいつの日かまた会う事を祈ろう。ドアが開いて出ようとすると手を掴まれる。
「逃がすわけ無いでしょう」
耳元で囁かれて躊躇していると住人の一人が乗り込んでくる。私たちを見ると頭を下げる。この状況で手を振り払う勇気が私にある訳も無く無常にドアは閉じてしまった。
こんなに強引な人だっけ? ずいぶん俺様な匂いがして来るのは会社で鍛えられているからだろうか。
書店でもクレームの対処に耐えられず病んでしまう人が中にはいる。そういう人は心が綺麗で優しいから脆く壊れやすいんだと思っていたけど、身を守るために鎧を纏う方に進化する人がいたとしても可笑しくない。
藤堂くんもそっちに進化したんだろうか?
繋がれた手はそのままで部屋まで来てしまった。優柔不断で良い人ぶってる。だから私は毎回まっちゃんや母に叱られるんだ。弁解の余地もない。
しかし、仕方ない。部屋に上がった私のやる事は家に連絡を入れる事と白玉君を美味しく頂くこと。着替えに行った藤堂くんがいない間に電話を入れておく。母には先に寝ているから戸締り忘れないようにと言われただけで済んだ。
この些細なひと連絡が大事なんだと今更ながら思う。
父親なんて結婚してからずーとこれを続けているんだから忍耐強い人なんだと感心する。なんだかんだ言って、母の事を一番分っているのは父なのだ。
「お母さん?」
「うん。戸締り忘れない様にって」
「仲いいよね並木家は」
「普通だよ」
「その普通がいいって言ってるの。俺は両親とどれ位口聞いてないかな」
「離れているからでしょう。たまには会いに行けばいいのに」
「そうだね。はい。これでよかった?」
見覚えのある袋に入った白玉あんみつが蜜に絡まって光っている。
「わーこれだよ。懐かしい。……食べてもいい?」
「もちろん。どうぞ召し上がれ」
「頂きます」
もちもちの白玉とぷりぷりに茹で上がった小豆が口の中で絡み合う。甘さも程よく昔のままの味がした。
舌先と脳が直結している感じで学生の頃の情景が浮んでくる。
しあわせをかみ締めながら一口また一口と食べて行く。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「そう。良かった。今度はお店に行ってみる?」
「うん。行きたい。まっちゃんにも食べさせてあげたいな」
美味しそうにビールを飲む藤堂くんに話し掛ける。
---えっと、ビール飲んでる?
「あの、それ、ビールだよね」
「うん」
「そうすると、車運転出来ないよね?」
「あ、しまった。そうなるよね」
「……」
空っぽのビール缶を二人して見つめた。




