20 甘い誘惑
何だか今日は何時になくキビキビ働く井上君のおかげで閉店準備が無事終了した。後は蛍の光が流れる店内の明かりを消すだけで本日の業務は終了だ。
「お疲れっス」
「お疲れ様です。違算も無しで良かったね」
「はぁ。別に俺的にはどうでも良いんですけどね」
「どうして?」
「違算が無い方が良いに決まってる。でもそれって毎日のことでしょう? 強化月間だけ良ければOKなんて可笑しいですよ」
鋭い事を言う。そうなんだけどね。
「井上君ここ辞めて本部で働けばいいのに」
「冗談じゃないっすよ。禿げ親父と顔付き合わせてくだらない会議なんて金くれても嫌です」
井上君なら皆が働きやすい環境を整えてくれそうなのに残念だ。
表に出ると空気がキンと冷たい。静かなそこにバンと暗闇から車のドアを開ける音がする。閉店した店の駐車場にカツカツと靴音が響く。
私は咄嗟に井上君の前に立ちはだかる。
「何してんですか」
「何って、ストーカー対策?」
「……俺じゃないでしょ」
「ひかり!」
つい先程まで悩んでいた種が芽を出した。そうだった。また来るって言ってたっけ。
「お疲れ様。送るよ。乗って」
「あの、でも、私一人じゃないし」
「それ2シーターでしょう。遠慮せずに行って下さい。俺コンビニ寄って帰るんで。お疲れっス」
置いて行かれた。断る理由が無くなったじゃないの。どうすればいいのよ。
「寒いでしょ早く乗って」
「うん。じゃあ、駅までお願いしてもいいかな」
「どうぞ」
車に乗せて貰うのは初めてじゃないけど、前はお父さんの車を借りていたと思う。これは買ったのか初めて乗った。
「これ藤堂くんの車なの」
「そう。思いきって買ったんだ。一人で車走らせてるとストレス発散にいいんだ」
私なんて益々ストレスになる。私もだけど回りもだと思う。右折するにもまごつくし、左右を何度確認してもそれでも誰か後ろにいそうで心配になって車線変更なんてとんでもない位時間が掛かる。小回りの利く軽自動車が私には丁度良い。こんな早く走りそうな車はとても運転できない。
「着くまで寝ててもいいよ」
「大丈夫。起きてます」
この間のような失敗は二度としないと心に誓った。油断は禁物で気を張っていればその内到着するだろう。
夜遅いせいか道も空いていてどんどん進んで行く。この調子なら会話は弾まなくても車内が凍り付く事もないだろう。
「この間言ってたあんみつ屋行って来たよ」
「本当に?」
「うん。ひかりの好きな白玉のまだやってたよ」
「えー食べたいなー」
「じゃあ食べる?」
「でもこの時間じゃお店開いてないでしょう」
「そう思って買って来たんだ。一緒に食べよう」
「えっと……」
ここは気安く返事をしてはいけないよね。まっちゃんにも言われるし、井上君にも言われたし。もちろん藤堂くんにやましい気持ちなんて無いのは分ってるんだけど、大人の常識として夜遅くにお邪魔するのはいけない事だ。
「場所を教えてもらえばまた今度行くから」
「そうだね。今度は店に一緒に行こう」
「えっと、その」
また藤堂くんの口調がキツくなる。
まだ返してないけど、受け取ってもないけど、人の親切を仇で返した気分だ。
白玉あんみつに罪は無い。つい余計な事を口走った私のせいで藤堂くんに買ってもらい、おそらく藤堂家の冷蔵庫でご主人の帰りを待っている。
白玉の賞味期限は当日だったかな。
私が食べなければ藤堂くんが2個食べるのかな?
あれ?藤堂くんは甘い物いける口だっけ?
優柔不断な私の葛藤がまた新たに始まった。




