2 初恋
そんな恋愛音痴の私にも人並みに初恋はあった。お相手は中学の同級生の近藤君。
近藤君は足が速くて陸上部に所属していた。
背が高くて、ハスキーボイスの声と面長の顔。
何もかもが私の好みにドンピシャで気付いた時には好きになっていた。[見惚れる]と言う日本語を身を持って体験したのは近藤君のおかげだ。
同じクラスになった2年の時には私の幸福度はマックスに達し、毎日学校に行くのが楽しくて仕方なかった。
少しでも彼に近付きたくて陸上も始めた。残念だけど花形の短距離はからっきし駄目で、先生に勧められて長距離競技に取り組んだ。こつこつ真面目に練習してタイムを少しずつ短縮していった。
ただ見ているだけで幸せだった。付き合いたいとか、両思いになるとか夢にも思っていなかった。近藤君が同じ空間にいて、授業を一緒に受け、友達のくだらない話に笑い合う。それこそが私のすべてだった。
けれど3年になると部活は終了し人生初の進路の選択が待っている。成績も中の中、取り得も特技も無い私は近藤君と同じ高校に行ける筈もなくお別れしなければならなかった。
高校に行っても陸上は辞めなかった。近藤君との少ない繋がりを消したくなかったから走り続けた。
「健気な子だね」
親友のまっちゃんが呆れてこぼす。
玉砕も劇的な展開も無い、近藤君にとったら寝耳に水の私の初恋。
噂で近藤君に彼女が出来たことを知った。
私の初恋はその時終わった。
「今日は暇ですね」
休憩室とうってかわって静まり返る店内を、研修中の名札を付けたバイトの子が話し掛ける。
やりたい事もなりたい事も無かった私は、アルバイトをしていた書店にそのまま就職した。ネットの普及に大きく影響を受け最近の本屋さんの売れ行きは下降の一途を辿っている。厳しい人件費の中シフトを組み何とか回しているのが現状だ。今日も午後の勤務は私とバイトの子が2人の3人だけ。必要最低限の人数だ。
本屋と言うとレジで販売するだけの楽なイメージがあるかも知れない。けれどそれは間違いで店員に求められるものは、1に体力 2に体力 3・4が無くて5に愛想と言う意外なもので、実際裏では毎日時間に追われて、てんてこ舞いの作業が繰り返されている。
せっかく採用したバイトの子がこんなに大変だと思わなかったと言って1日で辞めたこともある。辞められて困るのはシフトを組む社員だからパートさんやバイトの子にも気を使う。
正社員になっても良いことなんて10に1つも無い気がする。
「ひかりその内禿げるよ。その前にさっさと辞めな」
友だちの助言が胸に痛いこの頃なのだ。