18 十人十色
あれから1週間が過ぎても今だに答えは出ない。日々の生活に追われて忘れている訳でもない。布団に入るとあの言葉が呪文のように蘇る。
----もう1度やり直そう----
藤堂くんの顔が思い浮かんでくる。
「やべぇ」
隣のレジからなにやら不穏な単語が聞こえて来た。おかげで現実に引き戻された。
只今店舗はレジ内違算ゼロ運動の真っ最中で毎日その日の集計が張り出されている
今の時点でゼロ更新中。
まさか井上君釣銭間違えたのか? もしそうだとしたら『出来る子井上君』から『残念な子』に降格してあげよう。
「今お釣り渡そうとしたら手握られました」
「え、今?」
「今っス」
えー今のお客さんは男の人だよね。気のせいじゃないのか。
「ガチのBLっすね」
ビーエルって何だっけ? 最近の若者の略語か何かか? いけない。知ったかぶりは墓穴を掘る羽目になる。井上君なら丁寧に教えてくれるだろう。
「何よビーエルって」
「やだな。書店の社員がなに言ってるんですか。ボーイズラブでしょう。BL」
「あビーエルって、あのBLね。えー!」
「あのお客さん、よく奥のアダルトコーナーにいるじゃないですか。そうかーこっち系かぁーうへぇー」
ひとり納得して関心しきりの井上君。大切なお客さんの一人には違いないけれどセクハラはいけませんよ。とうとう男性にまで狙われてしまった井上君が気の毒だ。モテルって大変なんだな。
本屋にも色んな人がやって来る。
毎日同じ時間、同じ服装で同じ棚の前で立ち読みをする人。
ふらっと現れてゴミだけ置いて行く人。
そこに置いてある雑誌を確認してうなずきながら帰って行く人。
何だか分からないけれど此処に本屋があるからこそ出会う人たち。売り上げには貢献してもらってないけれど、もうすっかりこの店に馴染んでいる。
「えっと、帰りとか気を付けてね」
「大丈夫です。俺は全然ノーマルですから」
「そうだけどね、待ち伏せとか心配じゃない」
「そうなったら正当防衛が成立する程度にぶちのめします」
なんだか物騒な事を言う井上君に気を取られて並んだお客さんに気付くのが遅れる。
「いらっしゃいませ」
「レジ内で私語は良くないんじゃないの?」
「申し……」
眼に映るのは先ほど浮んだ顔。
白昼夢なのかと思って何度も瞬きを繰り返す。
「大丈夫っすか。並木さん」
藤堂くんに怪訝な目を向け、今にもぶちのめしそうな気配の井上君を店内巡回に行かせて落ちつかせる。
「すみません。以後気を付けます」
「冗談だよ。あんまり仲良さそうに話してたから意地悪しただけ」
「あの」
「何時に上がるの? その時間にまた来るよ」
そう言って出て行ってしまう。
困った。
返事がまだ出来ないのにどうしたらいいんだろう。
「あいつなんか言ってました?」
「大丈夫だよ。今度から気を付けようね。お互いに」
「……。俺、ゴミ出しして来ます」
閉店まで後1時間。
答えなんて出る筈もなかった。