15 女の涙
この場合救世主と思っていいのだろうか。それとも疫病神なのか。どちらにせよ光ちゃんの機嫌は上向いた筈だ。
「早かったですね」
「二人待ち合わせだったの?」
「いや。メールが入って懐かしい人と一緒だから合流しませんかって」
私は澄ました顔の光ちゃんを見た。それでお化粧直しにトイレに駆け込んだのか。恐るべき女子力だ。
「どうして二人で会ってるの」
「本屋さんで偶然再会したんです。なんだか懐かしくなっちゃって、ね、ひかりさん? で、今報告してたんです。私たちが付き合っているのを」
先程までの説教モードはなりを潜め、理想の女子そのものに変身している。この変わり身の早さが彼女をモテ系女子に見せているんだろう。
「ひとつ訂正してもいいかな」
まずい。
藤堂くんの口調がきつくなった気がする。この傾向はあまり機嫌が宜しく無いと言う事なのに、それを知らないのか光ちゃんはニコニコしている。
「俺たち付き合ってないよね」
「……」
「飲み会で偶然再会したのは俺たちの方でしょう。俺は付き合う気なんかないよ。もう電話もして来て欲しくないし、ひかりを振り回すのもやめて欲しい」
一気にまくし立てた藤堂くんを悲しそうに見つめる光ちゃんの目が潤んでいる。私には容赦ない罵声をたたみ掛けるのに、自分が浴びると弱ってしまうらしい。弱いのか強いのか良く分からない子だ。
「約束してくれるよね。出来ないなら俺、何するか分からないよ?」
「なんでこんな別れた彼女の前で格好付けるの。光の方がかわいいでしょ。体の相性だって悪くなかった。こんなの、納得出来ない」
明け透けな告白は想像を決定的なものにした。居た堪れないのは私の方なのに、私の存在を無視して二人は睨み合い自己主張を続ける。
「君が好きなのは見てくれの俺だろう? 俺程度の男なら変わりはいくらでもいるよ」
「いない。貴志さんは1人だけだもん。貴志さんでなきゃ嫌なの」
「ふーん。で、俺って何番目の男なの? すごく慣れてたよね。ホテルのチェックの仕方とか、男がどうすれば與奮する」
「藤堂くん!」
これ以上は言わせる訳にはいかない。こんな事、人前で言うことじゃない。誰にだって過去はあるのだからそれを穿り返しても意味はない。
とうとう泣き出した光ちゃんを慰める言葉が出て来ない。経験の浅さが悔やまれるが恋愛事に疎いのはどうしようもない。
「ごめん言い過ぎた。でも無理なんだ。分かるよね? 君には興味ない」
「後悔するんだからね。光の方が良いに決まってるんだから!」
捨て台詞と共に帰って行く光ちゃんを黙って見送るしか出来なかった。女は共感する生き物と誰かが言っていた通り、藤堂くんに沸々と怒りが沸いて来る。
「どうしてあんな酷い事!」
「偶然再会して恋人がいないの知ったから近付いて来ただけだよ。上手く行けばラッキー位の乗りだよ」
「泣いてたでしょう」
「嘘泣きでしょ。それくらい平気でするよ。女の得意技」
どうしちゃったんだろう。
私の知っている藤堂くんとは思えない。
「俺分かったんだよ。1年近く色んな子と付き合ったけど、女は平気で嘘をつくし自分を良く見せる為なら何でもするってね。ひかりみたいに外泊が後ろめたくてアリバイ作る子なんて一人もいなかったよ」
外泊する時は何時も罪の匂いがした。親に対する罪悪感とか、世間に対する恐れ。
結婚前の男女がそうなる気不味さ。
何よりも行為そのものに対する嫌悪感。
自分の体に自信なんか無くて、どうしたらいいのかも分からない。いつでも藤堂くんにされるがままで馬鹿みたいに体を預けているだけの行為。
恥ずかしさと戦い、体に感じる藤堂くんの熱情を受け取るのが精一杯だった。
そんな女をいくら抱いても満足なんてしないだろう。
いつの間にか現れた妖艶な年上の女性に奪われた。
当然のことが起こっただけ。付き合い出したその日から、捨てられる準備をしていたのだ。
だから私は泣けなかった。うそ泣きで気を引く必要もなかった。
他の女の子と変わらない。
藤堂くんに偽りの姿を見せていたのは私も同じだ。
「ひかり、俺たちもう一度やり直そう」
藤堂くんが呟いた。