13 元カノの取り扱い
「はあー 」
今日何度目のため息だろう。と言うか、ため息しか出ない。ここ最近のどんな失敗も塗り替えたような大失態を仕出かしたのだから落ち込むのは仕方ない。
朝帰りした娘を鬼の形相で出迎えた母親はこれからはケチ臭い事を言わずにタクシーを拾って、何が何でも帰って来いと言い切った。
タクシーよりもまずは足に合う上等な靴を買わないといけないんだけどな。甲高の癖に足のサイズは小さい私に合う靴はなかなか見つからない。
デザインだって限られてしまう。
女の子の幸せは良い靴が運んでくれると何処かの映画で言っていたのに、私の足元を見れば何年も履き古したお馴染みのパンプス。
またしてもため息が零れそうになる。
「どうしたんすか。なんかやらかしたんですか」
嵐の夜以来仲良くなったバイトの井上君が心配して声を掛けてくれる。
「ちょっとね」
井上君はボーっとしてる子だと思っていたのに、話してみると観察眼の鋭い子で、毎週現れるお客さんの摩訶不思議な行動とか、他のバイトの子達の人間関係とか色んな事を話して聞かせてくれた。現在大学2年生で
「俺、この間の試験、1番できっちり片しました」と言う出来る子なのだ。
モテルみたいだし、要領のいい所とか藤堂くんと似てるかも知れない。
お客さんが少ないのを良い事に私はちょっと相談して見たくなった。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか」
「例えば知り合いの子が帰宅難民になって困ったら家に泊めてあげるじゃない?」
「……なんスか、それ」
「だから困ってる子を助けてあげるでしょう」
「ただの知り合いを?」
「まあ、元彼女でもいいけど」
「はあ」
「泊めてあげてお礼を要求する?」
「嫌、しない。てか、泊めないし」
「泊めてくれないの」
「元カノでしょう。泊めないっス。二人きりとか有り得ないでしょう」
「下心なんて無くても?」
「有るとか無いとかどうやって見分けるわけ? 大体男が部屋に上げるって事は下心有りって事っスよ」
「え!?そうなの?」
「そうです。何、泊まったんですか」
「うん……」
「で、やったんだ」
「や。してません。でも泊めてあげたお礼をしてって言われて」
「ほーそうっスか。まんまと罠に嵌められたわけですね」
罠?
なんの罠だ?
私があたふたする姿を見て何が面白いんだろう。私は別の人に心が傾いていく彼の前から静かに消えただけで、藤堂くんを傷付けたりしていない。こんな偶然が無かったら自分から彼の元を訪ねようとも思っていなかった。
「何だか知らないけど並木さん気を付けた方がいいですよ」
「何」
「たぶん肉食系に狙われてます」
肉。
相談した内容がぼやけて方向が見えないんですけど。
どんと、無遠慮にレジに雑誌が置かれる。
話に夢中になってしまったのか、お客さんが睨んでいる。
「失礼しました。どうぞこちらに」
慌てて雑誌を受け取るが私の顔をガン見したまま微動だにしない。
(何だろうこの人。もしかして新たな井上君のストーカー?)
「お久しぶりです、ひかりさん」
下の名前はネームプレートには記されていない。と言うことは知り合いだ。
ピンクの唇。
細くカーブを描く眉。
見事なボリュームのまつげ。
口元の片エクボに見覚えがある。
「光ちゃん?」
「覚えていてくれました? うれしいな。この後ちょっと話しませんか? 何時上がりなんですか。私それまで向かいのコンビニに居ますから」
この強引なところは確かに光ちゃんだ。
「……三角関係?」
またしても鋭い突っ込みを入れる井上君。
えっと、この雑誌は如何しましょう。