12 朝焼けの空
「ひかり、こんなとこで寝てないでベットに行くよ」
「ん……」
意識が朦朧として何を言っているのか良く分らない。とにかく眠い。このまま眠らせて欲しい。
ふわりと体が浮かぶ感覚。
---ああ、ベットまで運んでくれるんだ。
小さいときはお母さんが当たり前のようにしてくれた。着替えも、食事の用意も、何もかも安心して任せていられた。
不安なんか何も無かったのに、今は不安な事だらけだ。仕事のこと、将来のこと、考えるだけでため息が出る。寄り添える相手がいるだけでこんなにも安心する。私はまだまだ子どもなんだろう。
「ひかり?」
温もりを閉じ込めたくてぎゅっと抱きつく。
「このまま寝る?」
返事の変わりに頷いて見る。
もうそれっきり朝まで記憶はなかった。
寝相がいいとは言えない私は朝方になると大概布団からはみ出た手足が寒くて眼を覚ます。けれど今日はなんだかぽかぽか暖かくて気持ちいい。寒くなったからお母さんが厚手の布団を掛けてくれたのかも知れない。
「はー暖かい」
朝のまどろみの中のこの一瞬は本当に幸せを感じる。いつもと変わらない一日を迎えられる幸せを感謝したくなる瞬間だ。今日も一日頑張ろう。そう自分に気合を入れて布団をめくると有り得ない光景が目に入る。
私の隣でまるまっている人がいる。
「え……?」
「ひかり寒い」
「あ、ごめん」
なんだろう。まだ夢の中なのかな。なんで藤堂くんが隣で寝ているんだろう。もしかして欲求不満か。
「しっかりしろ!ひかり」
「クスッ 何それ」
「藤堂くん!」
夢なんかじゃない正真正銘の藤堂くんだ。まだ動き出さない頭をフル回転させる。なにがどうなってこうなった。昨晩は、日勤で店を出てそれから電車に乗って---そうだ藤堂くんにあった。終点まで乗って、そしたら電車が止まっていて藤堂くんに送ってもらう約束をしたんだ。
もしかして、待ちくたびれて寝たのか? 格好悪過ぎだ。
「ごめんね。迷惑掛けて」
「いいよ。すごく疲れてたみたいだから起こせなかった。家には俺から連絡しておいたから安心して」
「すみません」
家に帰ったら大目玉だ。だらしないのが大嫌いな母はきっと雷を落として来る。もう始発も動き出す頃だろう。怖くてメールのチェックも出来ない。さっさと退散しよう。
「よかったらシャワー使う?」
「ありがとう。でも急いで帰って支度しなきゃ。本当にごめんね」
風呂も入らず、歯も磨かず化粧も落とさず、昨日と同じ服装でヨレヨレの姿をこれ以上見られたくない。一応私にもプライドはある。一宿の恩はまあその内何とかするとして今は帰らせてもらおう。慌てて身支度する私の後を付いて来る藤堂くん。
「いいよ。早いからまだ寝てて」
「ひかり一晩泊めてあげたお礼は?」
まさか請求されるとは思わなかった。すでに靴を履いてドアを開ける気満々だったのに玄関で向かい合う私たち。距離が近い。
「お礼貰ってもいい?」
「あの……」
返事と同時に藤堂くんの手が伸びてきて引き寄せられる。後頭部に回された手に支えられて顔が固定され、お互い見つめ合う形になる。
経験からその先に起きるであろう瞬間に備えて私は目を閉じた。
唇に触れる柔らかいそれ。
藤堂くんの息の熱さが頬に掛かる。
触れては離れ、また触れて離れて行く。
クラクラ眩暈がしそう---。
「もうこれ以上はやばいから続きはまた今度ね」
そう言って最後にもう一度唇を寄せる。
昔からそうだった。
藤堂くんが関わると私は自分が何をしているのか分からなくなる。
気持ちが制御出来ずに流されてしまう。
訳の分からない感情のままマンションを飛び出せば外は清々しい空気に覆われている。
トゥルルル……。
このタイミングを見計らった様に母からの電話が鳴り出した。




