11 オオカミは眠らない
一人暮らしには充分な広さの部屋は綺麗に片付けられている。キッチンもあまり使われていないのか物がほとんど置いてない。
独身男性の部屋なんてこんなものなんだろうか。
駅前だからデパートもコンビニもすぐ近くにある。必要な物は買ってくれば事足りるんだろう。
私がそんな生活をすればたちまち太る。
藤堂くんも体型変わらないな。体型どころか益々格好良くなっちゃって、さぞもてるだろう。
別れてから二人がどうなったのか知らない。知る必要もないし、知りたくもなかった。だから今誰と付き合っているのか知らない。
「お腹空かない?」
「私はお弁当食べたから大丈夫。藤堂くん食べて」
「悪いね」
コンビニの弁当だ。学生時代も藤堂くんは買い弁ばかりだった。
「実家にいれば暖かい料理が食べられるのに」
「何時に帰ってくるか分らない俺を待たせて、世話させて、何も思わないと思う? 母親の気使いが重たいんだ。自分のことは自分でやる。その方が合理的だし気が楽なんだ」
まっちゃんは男は皆マザコンだって言うけれど、こんな人もいるんだ。藤堂くんは一見優しいけれど、冷めたところも持っている。特に母親に対して世話を焼かれるのが好きじゃないみたいだ。学生時代はお弁当を一度も持って来なかった。いつもコンビニで買い弁してまっちゃんと食べ比べしていた。このふたりは以外にジャンクフードが大好物なのだ。
それなのにこの体型を維持しているんだもんな。世の中不公平だ。
今日もやっと終わった。
毎日同じことの繰り返し。
新刊の入荷処理をして店先に並べ、バックナンバーを返品処理してダンボールに詰める。
レジのつり銭をチェックし、売り上げをパソコン入力して本部に送る。本部からは何かと“前年比”のデータが送られ、売り上げ減のお小言を聞かされる。誰でも出来る事を繰り返し続ける。今日が終わればまた明日。
自分のやっている事は世の中の為になっているのか分からなくなっている。小物が何を言ってもひがみでしか無いだろうけど、こんな毎日を過ごすために、私は働き続けるんだろうか。
余裕な生活をしている藤堂くんに益々心は沈んでいく。
***貴志サイド***
「お待たせ」
声を掛けても微塵も動かない。どうやら眠ってしまったようだ。
「よっぽど疲れてたんだな」
電車の中から覗いてみれば、どうしたらいいのか分からない様子で固まっているひかりがいてとっさに手を差し出していた。もう俺なんかと関わるのも嫌かと思っていたけど、以外に自然な感じで話してくれた。
相変わらず「藤堂くん」と呼ぶその声に媚びる色は無い。二人の間にあった7年間の色んな事が嘘のように素っ気無い。
今日のことも偶然で終わらせる気なんだろう。
実家を出た事は驚いていたけれど、それ以外に何も聞こうとしないのがいい証拠だ。
「もう少し警戒しないと危ないのにな」
ひかりの今の勤め先も直人から聞きだして確認済みだ。電車の事故は本当だけど、もしかしたらと思ってわざわざ遠回りしてみた。本当ならタクシーで帰っている。
この偶然を偶然で終わらせてあげる程俺はおたんこなすじゃないんだよ。
もう一度大切な物を手に入れる為に罠を張る事に決めたんだ。
ほら、いい見本が近くに居るし。
あいつは、まんまと手に入れた。
ひかりもゆかりもお人好しだ。基本弱い者の見方で、悪意には敏感なのに好意には鈍感だ。
ただの元彼女を家に上げる分けないのに。
さて、このひつじをどう手懐けようか。
警戒の欠片もないその体を抱きあげた。