10 懐かしい町
電車の終着駅にようやく着くと安堵の息がこぼれる。窮屈な車内から開放されてホッとしながら改札に急ぐ人々に飲まれて歩き出す。
「ひかり此処からどうするの?」
私は此処から更にJRに乗り換えて隣町まで出なくてはいけない。電車はまだ止まったままだ。改札を抜けた先にはタクシーを待つ列が並んでいる。
歩いて帰るなど暴挙に出れば明日は体が動かないだろう。
「良かったら俺が送ろうか?」
藤堂くんはこの町出身で、私たちの通った高校もここにある。
私は成績が悪くてこの高校に入ったんだけど、藤堂くんは単に通うのが楽だからと、成績が良いにも関わらず近くの高校を選んだらしい。
「勉強は何処でも出来る」
自分を信じている人の言葉は強い。楽な方に逃げたがる凡人には耳が痛い言葉だ。事実、あまり真面目に学業に取り組む生徒はいなかったと思う。
それなのに藤堂くんは在学中常にトップ成績で、国立現役合格したのだから大したものだ。
「でも、藤堂くんも疲れているのに悪いよ」
「歩くのも辛そうじゃん。足がカクカクしてるよ」
ばれていたか。
今はとにかく座りたい。パンプスを脱ぎ捨てたい気分だ。
「電車は動きそうに無いし、隣町なら往復1時間も掛からないよ。送らせて」
本当はすごくありがたい。お言葉に甘えてしまいたい。けれど本当に良いのだろうか? 正解が分らずに黙っていると、藤堂くんが話しかける。
「とにかく移動しようか。車を取りに行かなきゃ」
「駅まで車じゃないの?」
「うん。すぐ近くだから」
学校の改札口は北口で藤堂くんは反対の南口に向かって行く。南口は商店街が立ち並び賑やかだ。昔はよく寄り道をして通ったものだ。
「あのあんみつ屋さんまだあるのかな」
「ああ、駅前から店舗が移動したけど、まだやってるよ」
白玉がゴロゴロ乗っかっているあんみつ。テストが終わるとまっちゃんと二人でよく食べながら愚痴を溢した。毎回不勉強の反省をした懐かしさが蘇る。
「ひかり、こっち」
「えっ……」
20階建位のマンションの前に立つ。昔はこんなビルなかったし、藤堂くんは実家暮しだった。
「生活が不規則になって、実家だと何かと不都合で独立したんだ」
「ああ、そうなんだ。」
てっきり実家に行くものと思い込んでいたので、気が動転する。のこのこ付いて来てしまったけれど、いいんだろうか。個人情報満載だ。買いたい人は白玉の比じゃないだろう。
セキュリティーもばっちりなマンションのエレベーターは上昇して行く。またしても狭い空間にふたりきり。そういえば先程嫌な汗をかいた。私は汗臭いかもしれない。少し離れようとした時目的のフロアに着く。
なかなかの上階だ。一流企業のサラリーはかなり良いらしい。
羨ましい。
そう言えば着ているスーツの光沢が家の父親のそれと少し違う気がする。靴もぴかぴかに磨いてある。
安いパンプスを履いて足を痛めている私と大違いだ。
「どうぞ上がって。ちょっと待ってくれる?」
「はい。お邪魔します」
ここまで付いて来たんだから仕方ない。自意識は捨てよう。
勘違いもしない。
藤堂くんは見かねて助けてくれただけ。
やましい気持ちなんて一つもない。
呪文の様に呟きながら赤くなった足を摩った。




