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帰還 3

セルリアンの王城は、陽光を浴びてその美しい姿を現す。


中央に聳える白く高い尖塔。その両脇に左右対称に広がる同じように白い建造物。

まるで飛び立つ白鳥のような優美な城は、美咲の乙女心のど真ん中を打ち抜いた。


「すっごい!すっごいステキ!見て見てバーン!あんなキレイなお城、私、見たことないわ!!」


カイトの上でバーミリオンに支えられながら身を乗り出す美咲を男2人は苦笑をしながら見守る。


あれ程大っキライで二度と口をきかないと言っていた少女が興奮して顔を紅潮させて話しかけてくる。


たまらなく幸せだった。


お互い、これで相手がいなくて2人きりならばと思っていることは言うまでもない。

竜と人間の2人の王子に想われている少女は無邪気にはしゃいでいる。


白亜のお城は歓迎するかのように諸手を広げて佇んでいた。




竜が出入りすることが当然のセルリアン王城は、竜の降りる十分なスペースを城の要所要所に備えてある。


美咲たちの降りるのは中央の尖塔の正門。

何か事ある時には王が降り立つ場所だった。


そこに、セルリアンの騎士や貴族、王城に仕える者の全てが集まっているかのような人だかりがある。

しかも全員がきちんと整列し跪いて頭を下げていた。


地上に近づくに連れ、その様子が見て取れた美咲はポカンと口を開く。


「何、あれ・・・?」


誰かお偉いさんでも来るのかと思い、そんな場所に降りるわけにはいかないと焦った。


「カ、カイト!邪魔になるといけないから、別の場所に降りましょう!」


カイトは何を言っているんだと一蹴した。


「みんな待っているのに”主役”が別の場所に行ってどうする?」


「?・・・”主役”。」


待っているってどういうことなのかと思ってしまう。


「お前のことだ。・・・いや、お前とお前の母親か?・・・皆“運命の姫君“を待っているに決まっている。」


呆れたようにバーミリオンが言う。



「え?」



美咲は目が点になった。


だって・・・眼下にひしめくあの人波が全て自分たちを待っているというのだろうか?


よく見れば、王城の外にも民衆が集まっている。

皆上空を・・・自分たちを見上げ歓呼の声を上げているようだった。




・・・鳥肌が立った。




熱気が、伝わる。


自分たちの王を救う“運命の姫君”への熱狂的な思いが渦巻いているのが見えるかのようだった。



城外の騒動がウソのように整然とした人々の待つ正門に竜王とカイトが滑り降りる。


シンと静まりかえった中に母は優雅に、美咲はバーミリオンに抱えられて気後れしながら降り立った。

アッシュとタン。精霊王たち。そして魔王と蘇芳と橙黄の魔物たちも付き従う、驚愕(・・)の一行に、しかし迎えるセルリアン側は一切動揺を見せず対峙した。


・・・王は、自分の“運命の姫君”の前で無様な姿を見せる者を許さないと厳命していたのだ。



代表してヘリオトロープが近づいてくる。


コチニールを平定した後、後始末をつけた彼は、そのままセルリアンに戻って来ていたのだった。


本当はヘリオトロープも魔王との戦いに共について行きたかった。

しかしバーミリオン以外の人間の騎士は足手纏いよぉと母に素気なく断られたのだ。


その時点でアッシュとタンが魔物だということは聞いている。


様々なことに同時にショックを受けた騎士は・・・したたかに復活していた。

復活せざるを得なかった。



・・・でなければ、彼は母に二度と向き合ってもらえない。



そのくらいはわかった。



・・・それだけはイヤだった。



「凱旋。お待ちしておりました。」


どこかくたびれた雰囲気を纏っていた騎士が、精悍な顔を見せて頭を下げてくる。


同時にセルリアン側の全員が一層深く頭を下げた。


その一糸乱れぬ行為に美咲は息をのむ。


母は・・・ふわりと笑った。


「久しぶりねぇ。元気だったぁ?」


「はい。」


母の伸ばした手をヘリオトロープが恭しく取る。


そのまま母は全員を見回した。




「待たせたわね。セルリアンの子供たち。・・・貴方たちの王を、解放してあげるわ。私たちを迎え入れなさい。」




それは、彼らが待望した言葉だった。


母と美咲たちの前に道が開かれる。


「行きましょう。美咲。」


にっこり笑って招く母の言葉に誘われて、美咲はふわふわと揺れる足元で城内へ歩み入る。

まるで夢の中のようで・・・現実には思えなかった。






そのまま真っ直ぐ王の間へ案内しようとするヘリオトロープを母は一喝する。


「冗談じゃないわぁ。休憩してぇ着替えと身なりくらい整えさせなさい。・・・あの無駄にキレイなバカ王の元に行くのに、このままなんて有り得ないわぁ。」


まったく、むかつくんだからと母はプリプリ怒る。


「しかし!王は一刻も早くと!!」


「“待て!”と伝えなさい。お隣のポチだって“待て”くらいできるのよぉ。女の矜持にかかわるんだからぁ妥協なんかできないわぁ。私たちの部屋や着る物くらい用意してあるんでしょう?」


お隣のポチとは、母に腹を見せて服従する強面のドーベルマンだ。

ちなみにポチには立派なドイツ風の名前がある。でも母が面倒だからとポチと呼んだら、その名前以外受け付けなくなってしまった。

他所の犬にとんでもないことをと、しきりに恐縮した美咲だが、お隣のご家族は元々の名前が長くて覚えづらかったからかえって助かったと言ってくれた。


・・・以来ポチは、ポチと呼ばれ続けている。


「確かに王は、部屋も衣装も最上級のものをご用意させていますが・・・」


まだ抵抗するヘリオトロープを母は追い払い、ついでにバーミリオンたち男どもも全員叩き出してしまった。

女官だけを呼び寄せて、美咲と一緒に用意された部屋に閉じこもる。


「待たせとけば良いのよぉ。あんな美形、女性の敵よね。ゆっくり休んでお風呂に入って衣装を選びましょう。」


母の言葉に女官たちが、何故か深く同意した。


それから美咲はお風呂に入れられ、コチニールの王宮と同じように衣装を選ばれて、キレイに着付けられ飾り立てられる。


結構時間のかかったその行為で・・・美咲の浮き上がっていた気持ちはようやく落ち着いていった。


母は知らないうちにテンパっていた自分のために時間を稼いでくれたのかもしれないと美咲は思う。


だって母は、美咲の仕度には熱心に気を配り、この衣装が良いとか宝飾品はこれをとか言ってくるのに、自分のものは少しも気を入れたりしないのだ。

女官の人が薦めてくる衣装をどうでもよいように着せてもらっている。


「・・・ママ、選ばないの?」


美咲がかけた言葉に、だってと口を尖らせる。


「どうせ衣装なんか見やしないのよ。・・・イヤよね。若い子って即物的で。情緒の欠片も無いに決まっているわぁ。」


何故か女官さんたちが顔を赤くする。


美咲は・・・わけがわからなかった。


(何が即物的なの?)


「ママのことはいいのよ。・・・美咲は王さまに会ったら言いたいことを全部言っちゃいなさい。できるだけ急いでね。そしたら後は美味しい料理を食べて、歓迎式典だかなんだかを楽しんでね。わからないことがあれば、バーンは王子さまだから彼に聞くか、アッシュやタンを頼りにすれば良いわぁ。」


気を遣わないでのんびりするのよと言われて美咲は曖昧に頷いた。


(でも・・・ママは?)


美咲のことばかりで、まるで母はその式典にいないかのようだ。


(そんなことないわよね?・・・王さまの伴侶になるのは、ママのはずだし・・・)


式典の主役は母と王さまのはずだ。





不信に思って確かめようとした美咲の目の前にシュン!と空間が切り裂かれて白い獣が転移してきた。




「?・・・ポポ!?」


美咲の声は疑問形だ。


だってポポは・・・まるで白いフェネックそのものに見えるのだ。

今までと微妙に形が違う。


本当にポポなのかとマジマジと見詰めてしまう。


「あらぁ、上手に変化できたのねぇ。ジェイドの仕事は相変わらず完璧よね。」


何もわからない美咲と違い、母は全て事情を知っているようで満足そうな声を出す。


「ママ?」


「魔王との戦いの後、ポポとぴーちゃんを見なかったでしょう?2匹ともジェイドに姿を変えてもらいに一足先に此処へ来ていたのよ。・・・美咲とママと一緒に地球に行きたいんですって。」


美咲は驚きに息をのむ。


そう言えばポポとぴーちゃんは魔王の居城にはいなかった。

きっと何か別の仕事をしているのだと思ったのだけれど・・・


「一緒に?」


「そうよぉ。まさか白い虎や真っ赤なクジャクじゃ目立って仕方ないでしょう?家が動物園になっちゃうわぁ。だから一緒に来たいのならペットとして飼っても目立たない姿になりなさいって言ったのよ。フェネックなら普通にペットショップで売っているし、赤いインコも珍しくはないわよねぇ。」


赤いインコという母の言葉と共に、美咲の目の前にパッと真っ赤な、まさしくインコに見える鳥が現れる。


「もしかして・・・ぴーちゃん?」


「ぴー!」


パタパタと羽ばたくと赤いインコは母の肩にとまった。


「上出来よぉ。これなら連れていってあげられるわ。」


母は・・・他の者と同様にポポやぴーちゃんにも魔王との戦いの働きに感謝して、何か望みはないかと聞いたのだ。

他の者が魔王への許しを願ったのを知っていた神獣たちは、自分たちの心に正直に望みを話した。


曰く、母と美咲に付いてどこまでも一緒に行きたいと。


母はその望みを、条件を付けてきいてやったのだった。


「本当?本当にポポやぴーちゃんと一緒に帰れるの?!」


「そうよぉ。ジェイドがこの姿を与えたということは、ジェイドも了承したということだわぁ。一緒に行きましょうねぇ。」


「ぴー!!」


「・・・姫さま。」


ぴーちゃんは元気よく、ポポは恥ずかしそうに返事をする。


美咲は嬉しくなってポポを抱き上げクルクルと踊った。




喜びに溢れた美咲は・・・結局ポポとぴーちゃんが来る前の母の言葉に感じた疑問を、確認するのを忘れたのだった。

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