帰還 1
結局その後、戦いの後始末やら何やらがいろいろあって、その日は魔王の居城に泊り翌日セルリアンに帰ることになった。
母と美咲は・・・沢山、話をした。
美咲が攫われてからの出来事。
魔王とトランプや卓球をしたと話したら母は自分も参戦したかったと言って、もの凄く悔しがった。
母の長い話も聞いた。
前世の女神だった時の可愛かった竜王さんやアッシュやタンの話。・・・王さまの話。転生した後の辛い話は短く語られたが、それ故に、なお母の切なさが美咲には感じられた。
「美咲がママの娘に産まれてくれて、ママは本当に救われたの。美咲がいなければ、きっとママは壊れて今ここにこうして居る事はできなかったわ。・・・ありがとう美咲。」
「ママ・・・」
ありがとうは自分のセリフだと美咲は思った。美咲こそ母の娘に産まれ、育てられ生きて今ここに居るのだ。
そう言うと母は複雑そうに顔を顰めた。
「そこが問題なのよねぇ。・・・ごめんね美咲。ママにおかしな前世があったばっかりに美咲は異世界トリップなんかに巻き込まれて、危険な目にもいっぱいあうはめになったのよねぇ・・・本当に謝っても謝りきれないわぁ。」
「ママの所為じゃないもの!・・・それにね、ママ、私王さまに言われたの。」
母は”王さま”という言葉を聞いて本当にイヤそうに顔を顰める。
これだから美咲は全てを聞いても王さまが母と愛し合っているだなんて信じられないのだ。
美咲は王に文句を言ったら、“何か変わるのか?”と聞かれたと話した。
“召喚された目的が他にあるとわかって、この世界で出会ったモノとの関係が変わるのか?”と。
“彼ら全てと出会わなければ良かったと思うのですか?”とも聞かれたのだと。
母は盛大に舌打ちをした。
本当にずうずうしいと王に対してカンカンに怒る。
美咲もそう思ったと母に同意する。
「でもね・・・ママ。私バーンやみんなと会わなければ良かったとは、絶対思えない!それだけは間違いないの!悔しいけれど、王さまが私をこの世界に呼ばなければ私はみんなと会えなかった。・・・その点だけは、私、王さまに感謝しても良いと思っている。」
母はとんでもないと怒った。
「美咲は優し過ぎよ!!そんな事を言っているとジェイドは直ぐに図に乗るのよ!!大っキラいだって言ってぇ、一生口をきいてあげないって言いなさい!!それくらいしないと、今度は何をしでかすかわからないわよ!!」
大げさな母の言いように美咲は少し呆れた。そこまで心配しなくとも大丈夫だろうと思う。
(王さまって本当に信用がないのね。)
この場はそう思った美咲だが・・・後日この時の母の言う事を聞いて、王さまに釘を刺しておくべきだったと後悔する事になる・・・それはまだ、もう少し先の話ではあるが。
この時の美咲の心は、それとは別の問題に揺れていた。
「ママ・・・私、元の世界が好きよ。」
母は躊躇いがちに話しはじめた美咲の言葉に耳を傾ける。
「友だちが好きだし・・・学校も自分で思っていたより、ずっと好きだったみたい。」
美咲の声は、懐かしさに溢れていた。
「もっといっぱい勉強しなくっちゃって思ったし・・・帰らなきゃって思うのに・・・」
声が途切れたが、母はじっと待っていてくれる。
「どうしよう?・・・ママ、私、帰りたくない。」
ポロポロと涙の零れはじめた美咲の頭を母はそっと撫でた。
「帰っても・・・私きっとこの世界を忘れられない。・・・見上げた空に・・・竜が飛んでいないなんて・・・イヤなの。」
どうしてこんなに我が儘な人間になってしまったのだろうかと美咲は思う。
元の世界に帰りたいのに、この世界も離れたくないのだ。
「みんなと別れたくないの!バーンとカイトと・・・ポポやエクリュや精霊王にブラッド・・・アッシュやタンや竜王さんやぴーちゃん・・・」
美咲は泣きながら名前を連ねた。
「兄さんだって・・・だって・・・バーン・・・バーン。」
美咲は“バーン”の名前を繰り返した。
母は美咲を抱き締める。
美咲が落ち着くまでずっとそのままで居てくれた。
・・・ひっくひっくと啜り上げながら、ようやく美咲が泣き止む気配がすると・・・母は話し始めた。
「・・・あのね。美咲。ママ、美咲が大学に行って一人暮らしを始めたら、こっちの世界に帰って来ようと思うの。」
美咲は息をのんで、母の顔を見詰めた。
「帰る?」
母は優しく笑う。
「ジェイドは強いわぁ。ママが城に行ってジェイドの伴侶になって、ジェイドの力が安定すれば異世界トリップくらい余裕で、できるようになると思うのよ。」
だから美咲が大学に進学したら、会社を辞めてこの世界に帰ってきたいと母は言う。
「美咲の“自宅”が異世界になっちゃうけれど・・・それでも良い?」
そんなことが可能なのかと驚きながら、美咲は・・・首を縦に振った。
母には、この世界で母を待っているモノが沢山いるのだと思う。
それに元々母はこの世界の女神だ。
母は、この世界に帰りたいと話す。
母の帰る場所は此処なのだと美咲は思った。
それと同時に、美咲の心に微かな希望が生まれる。
異世界トリップが今後も可能になるのなら・・・美咲もまたこの世界に来られるのかもしれない。
そんな希望に縋るように見てくる娘に、母は安心させるように笑いかける。
「ママね、美咲に機会を2回あげるわぁ。」
「?・・・機会?」
何の機会だろう?
「1回目は1年半後。美咲が高校を卒業した時。今までの予定どおり大学に進学しても良いしぃ・・・美咲もママと一緒にこの世界に来ても、良いわ。」
「?!」
美咲は驚き息をのむ。
「まだまだ勉強したければ大学に行けば良いしぃ・・・こちらの世界やバーンが恋しければこちらに来れば良い。」
まぁ遠距離恋愛になっちゃうから、その時まで美咲がバーミリオンを好きかどうかは微妙だとは思うけれどぉ、と母はからかうように笑う。
美咲はそんなことないと勢いよく首を横に振った。
(遠距離恋愛?・・・確かに、物凄い遠距離だけど。)
美咲は、振り過ぎてぼーっとした頭で考える。
異世界なんてこれ以上ないほどの遠恋だろう。
これが1回目と母は言った。
「2回目はね、その4年後。・・・大学を卒業する時、美咲の就職先の一つとして、この世界を選択肢に入れてくれるぅ?」
今から5年以上先だから、ゆっくり考えてねと母は言った。
いろいろ経験して・・・それでもこの世界に来たいと思ったら来て欲しいと。
「バーンに永久就職も良いんじゃなぁい?」
ついさっき、遠距離恋愛で別れるかもと言っておきながらそんな事を言う。
(永久就職って・・・ひょっとして結婚して奥さんになるってこと?)
美咲は顔を真っ赤にした。
「ママはできれば、美咲にこの世界に来て欲しい。ママの創ったこの世界で、美咲が生きてくれれば嬉しいわぁ。・・・でも、美咲は向こうの世界の人間でもあるの。だから強制はできない。ママにできるのは美咲の選択肢に、この世界を入れてあげることだけ。」
最終的に決めるのは美咲よ、と母は言った。
永久就職先候補も、別にバーンだけでなく、カイトでも良いし、エクリュだってその頃はきっと素敵な若者になっているわよぉと楽しそうに笑う。
想像して美咲は・・・倒れそうだった。
頭が沸騰しそうだ。
美咲は・・・彼らとの未来を想像できることに、胸の熱くなるような喜びを感じる。
「本当に?・・・ママ。本当にそんなことが可能なの?!」
当たり前でしょうと母は言った。
「美咲が望むのならぁどんな未来だって可能よ!・・・それが若さってものなのよ!」
「ママ!!」
感極まって美咲は母に抱きついた。
母は美咲を抱き返す。
仲良し親子は嬉しそうに笑いあう。
美咲は幸せだった。
どんな未来も思い描くことのできる幸せが・・・とてつもなく嬉しかった。




