決戦 6
また明け方に夢を見て、美咲は泣きながら目を覚ます。
(もう!・・・バーンがいけないのよ。)
目頭を押さえながら美咲は夢の中のバーミリオンに文句を言った。
美咲がどんなに止めてと言っても美咲の名を呼ぶことを止めないのだ。苦しそうに・・・痛そうにしながら、何度も何度も美咲の名を呼んでくる。
泣かないでいられるはずがなかった。
・・・目覚めて、夢で良かったと思う。
そして同じくらい、夢だったことが・・・バーミリオンに現実に会えないことが哀しいのだ。
心が痛かった。
こんな複雑な想いをしなければならないのは・・・王さまの所為だと思う。
王さまが美咲の名前にあんなに強力な守りをつけるからいけないのだ。
そのくせ魔王は大して辛くもなさそうに美咲の名を呼んだ。
(全然頼りにならないじゃない!)
呼んで欲しい人には苦痛を与え、呼んで欲しくない人が呼べるなんて、とんだ欠陥商品だと美咲は思う。
(リコールよ!リコール!!)
王さまが、母の前世の半神であり母を召喚するために自分を利用したのだと聞いてから、美咲の中の王さまの評価は地に落ちていた。
(しかも、魔王さんまであんなに苦しめて・・・)
一緒に過ごす内に、美咲はすっかり魔王に絆されていた。
やっていることは許せないけれど話を聞けば可哀相だと思う。
特に根底に流れるのが両親への愛情だと思えば・・・目一杯同情してしまうのが美咲だ。
(お父さんなんだから、何とかしてあげれば良かったのに!)
父親という存在にかなりの憧れを持っている美咲にしてみれば、王さまが魔王にとった態度は父親失格だった。
「・・・もう!王さまなんか大っキライ!」
思わず声に出してしまう。
「・・・そんなにキラわないでくれますか。」
美咲の声に、しょんぼりとしたバリトンボイスが返ってきて、美咲は驚いて目を開けた!
バンッと飛び起きて・・・美咲のベッドの脇に佇む、もの凄い美形を見つける!
「!!おっ・・・王さま!?」
何で!?と大きな声を出す美咲に、王はシィ〜ッと右手の人差し指を自分の口の前に立てる。
男の人なのにとてつもない色気に当てられて、美咲はクラクラする。
王は、いたずらっぽく笑った。
「映像ですよ。私は自分の城から離れられませんからね。」
それにしたって、母の腕輪も竜の谷の小城にあった円盤状の物も何もないのにどうして?と美咲は思う。
「魔物の攻撃が無くなりましたから。・・・人間世界を守る必要がなくなれば、此処に映像を届けるぐらい私には簡単な事なのですよ。」
何でも無いことのように王は言うが此処は魔王の居城なのである。そんな敵の本拠地に簡単に映像を送れて良いものなのだろうか?
「安心していいですよ。貴女のママは魔王の軍に勝ちました。もうすぐ貴女を迎えに来るでしょう。」
王からの情報に、美咲は目を輝かせる。
「本当ですか?」
「もちろんです。稀に見る圧勝でしたね。これほど鮮やかな勝利は見たことがありません。」
その言葉に心から安堵する美咲だったが、続く一言に機嫌は急激に下がった。
王は言ったのである。
「流石、私のシャルです。」
シャルとは女神シャトルーズ、つまり美咲の母のことだろう。
・・・強ばった表情を浮かべる美咲を王は困ったように見詰めた。
「聞いたのでしょう?私とシャルのことを。」
「私のママのことを“シャル”なんて呼ばないで!」
美咲は怒鳴る。
そのまま王を睨みつけた。
「シャルはシャルですよ。私の“半神”です。」
対する王はいたって冷静だった。
その冷静さ加減に腹が立つ。
そうだ!そもそもの始まりから全てこの人のせいなのだ!!
「私を!・・・ママをこの世界に呼び寄せるためのエサにしたの!?」
王は何も答えない。
「“運命の姫君”だなんて言って人を騙して!!私とママを振り回して!・・・あんなに優しい言葉も何もかも!みんなウソだったの!?」
叫びながら美咲は何故か哀しくなった。
美咲は・・・確かに最初は憧れの異世界トリップを果たしたことに浮かれて騒いでいたが・・・でも王には本当に同情したのだ!
心から可哀相だと思って自分にできることなら何でもしてあげようと思った。
(それに・・・王さま優しかったし。)
美咲の話を丁寧に聞いてくれた。
どんな小さな事だって、男の人にはつまらないだろうという話題だって真剣に聞いてくれて会話を交わしてくれた。
毎日楽しくお喋りをして、全てが終わったらこの世界を一緒に見て回ろうとまで言ってくれたのだ!
・・・それがみんなウソだった。
そんなのってヒドいって美咲は思う。
美咲が落ち込んでいたとき、母に自分の代わりに抱き締めて欲しいと言ったあの言葉まで全てウソだったのだろうか?
美咲の目には再び涙がこみ上げてきそうだった。
・・・なのに王は悪びれる事もなく美咲の言葉を肯定した。
「そうです。私は、私のシャルを私の手に取り戻したかった。だから貴女をこの世界に召喚しました。」
美咲の睨みつける目になど恐れる様子も見せなかった。
「それで?・・・それがわかって、貴女は何か変わるのですか?」
平然と美咲に問い返してくる。
変わるのか?と聞かれて・・・美咲は虚を突かれてポカンとした。
「・・・変わる?」
「そうですよ。召喚された目的が他にあるとわかって、貴女は変わるのですか?・・・この世界で貴女が出会って関係を築いてきたモノたちは、貴女との関係を変えなければいけないのですか?・・・貴女は、異世界トリップが無ければ良かったと・・・私を含めて彼ら全てと出会わなければ良かったと思うのですか?」
問い質されて美咲は・・・グッと詰まる。
この世界で会ったモノたち。
エクリュとカイトとブラッドと、可愛い精霊王たち。
・・・そして誰よりバーミリオン。
彼らと出会わなければ良かったなどと思えるはずがなかった!!
「そうでないのならば、私が行ったことは、貴女にとっても悪い事ではなかったということです。・・・許して貰えると嬉しいですね。」
「!!」
ずうずうしいのにも程が有ると美咲は思う!!
自分のやったことを全て棚に上げて許して欲しいなどと、どの口が言うのだろうか!?
この世の奇跡のような完璧に美しい口が魅惑的な笑みを浮かべる。
うっかりボ〜ッとなって、何もかもを許してしまいそうになる笑みに・・・美咲は気を引き締める。
「それにね。・・・私は美咲、貴女を愛していますよ。愛しい“我が子”として。貴女へ向けた思いも言葉も、全てがウソではない。・・・私は今でも貴女と、全てが終わったらこの世界のあちこちを見て回りたいと思っています。」
もちろんシャルも一緒にねと王は美しく笑う。
本当にずうずうしい。
厚顔無恥とはこの人のためにある言葉じゃないのだろうか?
それに何で“我が子”だ?
いくら母の半神だからといって、自分の父はこの人じゃないと美咲は思った。
睨みつけていると、そんなに見られると恥ずかしいですねと照れたように笑う。
「・・・それで、この世界で誰か好きな人はできなかったのですか?」
低く囁くバリトンボイスに、ドキリとする。
途端に美咲の頭に浮かんだのは、バーミリオンの顔で・・・
「あぁ。可愛いっ。真っ赤ですね。」
言われるとおり美咲の顔は赤く染まっていた。
「大丈夫ですよ。私は世の父親のように、娘の恋人を虐めたりしませんよ。いつでも恋愛相談に乗りますからね。」
世界が違えば風習も違うからいろいろ知りたいこともあるでしょう?と聞かれれば、そうかも知れないと思ってしまう美咲だ。
何でここで恋話?しかも王さまと?とは思いながらも思うのは止められない。
(だって、バーンは王子さまだもの。・・・普通の人の感覚じゃわからないこともあるのかも?)
勢い込んでいろいろ聞こうとして・・・すんでのところで踏みとどまった。
「ずるい!!」
美咲は詰る。
これだけの美形が惜しげも無く笑顔を振りまいて優しく話しかけてきたら、怒りを持続させる方が難しい。
おまけにその笑顔ときたら、慈愛に満ちて本当に美咲が可愛くて仕方ないかのように柔らかく花開くのだ。
「愛していますよ。私の“美咲”。」
「だからずるいって言うんです!!」
美咲は真っ赤になって怒鳴った。
すみませんと全然悪いと思っていなさそうに王は謝る。
「お詫びにいいことを教えますよ。」
いたずらっぽくキレイな碧の瞳が煌めく。
「いりません!!」
「“あの子”の名前ですよ?」
“あの子”?と美咲は聞き返す。
「魔王です。私とシャルの子供。・・・あの子の名前は“リナリス”です。」
美咲は目を丸くする。
オウム返しに口を開こうとした美咲の唇に王の白く美しい指が押し留めるように触れようとする。
もちろん映像だから実際触れることはないのに、美咲はピクッと体を震わせた。
「ダメですよ。真名なのだから、迂闊に口にしたら返って自分が捕らわれてしまいます。」
慌てて美咲は口をつぐんだ。
どうしてそんな危険なモノを人に教えるのだと恨みがましく見上げる。
「保険ですよ。万が一の時のためにね。貴女が自身を犠牲にしてもあの子を止めたいと思うような時があれば使いなさい。真名で呼べば少しの間でもあの子を拘束できます。・・・大丈夫。貴女の名には私の守りが付いていますから、あの子も余程の覚悟がなければ貴女を捕らえようとはしないでしょう。」
意趣返しにちょっと意地悪はされるかもしれないですが?と王は言う。
美咲はとんでもないと怒った。
「だいだい、王さまの守りは全然役に立っていないじゃないですか!魔王さんは平気で私の名前を呼べましたよ!!」
呼んでもらいたい人が呼ぶのはあんなに苦しそうなのにと美咲は不満を口にする。
王さまは目を見開いた。
「そんなはずはないですよ。私の守りは力が強い者にほど大きく作用するのですから。あの子が貴女の名を呼んで平気でいるはずがありません。・・・よく思い出してください。あの子はそんなに何回も貴女の名を呼びましたか?」
言われて美咲は思い出す。
魔王が美咲を呼んだのは・・・たった1回だけだ。呼べないわけではないと、呼んでみせて・・・でもその後は一度も呼ばれたことはない。
「そうでしょうね。あの子が貴女の名を呼んだ苦痛は、想像を絶します。・・・よく呼べたものだ。」
その苦痛の大元たる王は呆れたように肩を竦める。
「経験したなら、なお良いでしょう。二度と呼ぼうとはしないでしょうからね。・・・それより、呼んで欲しい人って・・・恋人ですか?」
バリトンボイスに声を潜めて尋ねられ美咲はあたふたと慌てる。
「誰?・・・エクリュかな?竜王子も父親に似ず可愛いですよね?まさか、貴女が拾ったモノじゃないでしょうね?」
拾ったモノって誰?と思いながら美咲はブンブンと首を横に振る。
王はクスリと笑った。
「では、バーミリオンとかいう護衛でしょうか?以前彼が失敗したときに随分気にしていましたよね?・・・確かコチニールのグレン第一王子でしょう?」
美咲は・・・バカ正直に真っ赤になった。
王は・・・凄く楽しそうだ。
「良いですね。彼なら立派に私の後を継いでくれそうだ。貴女と彼で人間の世界を治めていけるとステキですね。」
「へ?」
目が点になる。
(私とバーンで・・・人間世界を?)
「だって美咲、貴女は“運命の姫君”です。貴女と貴女の伴侶が人間世界の王ですよ。」
それは、王のついたウソではなかったのだろうか?
確か母もコチニール王宮で同じようなことを言っていた。
(え?・・・え?・・・マジで?)
美咲は呆然とする。
嬉しそうに笑った王は、そろそろ誰か来るかも知れないから帰りますねと言うと・・・あっという間にその姿を消した。
美咲は王の消えたあとを凝視する。
美咲の頭の中には疑問符だけがクルクルと回っている。
王の・・・神の考えることはわからないと美咲は思った。




