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決戦 5

魔王軍の混乱が極まり、指揮への信頼が皆無となって指揮系統がズタズタになった時点で、女神の神軍の一斉攻撃が始まる。


魔王軍にろくな抵抗ができるはずもなかった。


見る間に殲滅され、敗れ去るかつての自軍を朽葉は複雑な心境で眺める。

ここまで圧倒的に敗れるとは予想もしなかった。


「後悔しているの?・・・朽葉。」


竜王の背から、小さな人間の女性が朽葉に声をかけてくる。


「いいえ。」


朽葉はその女性、転生した女神シャトルーズに答えると深く頭を下げた。


朽葉は最初の攻撃の後、対の山吹と知る限りの仲間を誘い女神の下に投降した。

渋る山吹に自分が今生きてあるのは女神のおかげなのだと話し、仲間には女神に逆らう事がどれほどに愚かなことかを説いて、説得できる限りの数を連れ出してきた。

それでも頑なに魔王への忠誠を貫き残った仲間も多い。

その仲間の行く末を思えば心は暗く塞がった。


「大丈夫よぉ。できるだけ殺さないように命じてあるわぁ。いくら転生できても死ぬのはやっぱりイヤでしょうからね。」


しかも、こんなくだらない戦いに巻き込まれてなんてね・・・と、女神は自嘲するように呟く。


確かに今回の戦いは派手な割にどちらにも死傷者は少なかった。

勝っている女神の軍にほとんどいないことはもちろんのこと(その少ない死傷者も傷ついたモノは直ぐに癒やされ、死者は不死鳥の力で復活した。)負けている魔王の軍も負傷者はともかく死に逝くモノは普通の戦いと比べれば圧倒的に少なかった。


(おそらく手酷い敗戦のイメージに気をとられて、魔王軍は気づいていないだろうが・・・)


戦闘不能にはされても命まではとられていない。

その女神の配慮に気づく間もなく戦わされている・・・それが魔王軍の現状だった。


「シャトルーズ様のお優しさに感謝いたします。」


朽葉の礼に女神は苦く笑う。


「優しくなんかないわよぉ。本当に優しい人は、そもそも戦ったりしないわぁ。・・・優しいのは貴方でしょう?本当に、他に望みはないのぉ?」


朽葉は黙って首を縦に振る。


女神は・・・母は、困ったようにもう一度笑った。




朽葉が自分の下に来たとき、母は朽葉が新たな対を見つけられたことを喜び、お祝いをやろうと言ったのだ。


「何でも好きな望みをきいてあげるわよぉ。もっとも今は人間だからぁできないことの方が多いのだけれどねぇ。」


ごめんなさいねぇと言われながら促され、固辞したものの半ば強制されて、それではと朽葉が願った内容は・・・


「どうか、魔王さまを許して差し上げてください。」


というものだった。


母は驚いたように固まる。


「シャトルーズ様と魔王さまの間にどのような行き違いがあったのか私は知りません。知らないものが余計な口を挟むのは僭越とは思いますが・・・魔王さまは御母神を愛していらっしゃいます。何がどうあろうとそれだけは間違いありません。叶うことであれば、お仲直りをしてあげてください。」


・・・母は大きくため息をついた。


朽葉はビクリと体を震わす。

余計な事をと叱責を受けるのかと覚悟した朽葉にかけられたのは意外な言葉だった。


「貴方まで同じ事を言うのねぇ。」


「・・・同じ事?」


母に魔王を許してやって欲しいと頼んできたのは実は朽葉で8人目だった。


竜王、光と闇の精霊王、アッシュとタンと蘇芳に橙黄まで。

母が彼らの働きに感謝して何か望みはないかと聞けば、皆、判で押したように魔王への許しを願う。


「本当に、みんなで甘やかして・・・だから、ろくな大人にならないのよねぇ。」


と母は自分のことを棚に上げてくどく。


「まぁ、たっちゃんたちは、わからないでもないけれど・・・みんな兄弟同然に育ったのだから・・・」


竜王たちが聞いたら力一杯否定しそうな感想を母はもらす。

彼らは互いに互いの事を母の寵愛を競うライバルとして熾烈に争ってきたのであって、兄弟のような思いやりも愛情も、かけられた覚えもなければ、かけた覚えも一切なかった。

中でも魔王は、母の実の子だっただけに特に妬み嫉みを受け、そして受けた魔王自身も自分の優越性を十分に知っていて鼻にかけるという、しようもない関係だった。

彼らが魔王を許してやって欲しいと頼むのは、魔王への思いやりなどでは絶対ない!

魔王を・・・実の子を手にかけるような苦しみを母に味わって欲しくないという思いだけだった。


それに比べ、蘇芳や橙黄、朽葉の願いは・・・


「あの子は、貴方たちにとって良い王だったの?」


母はどこか不安そうに朽葉に聞いた。


朽葉は、困ったように笑った。


「・・・魔王さまのご興味は、我らの上にはございません。」


朽葉の言葉に母は、やっぱりと頭を抱える。

我が子が魔王になると言い出した理由は自分たちの転生を止めたいためだけであって、魔物に対する興味も思いも何もないのだということは、わかっていたことだった。


頭がズキズキと痛んでくる。


謝ろうとした母を朽葉は恐縮して止める。


「魔王さまは・・・陛下はお優しい方です。」


朽葉は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


「私が“山吹”を、新たな“対”を見つけた時に、一緒に喜んでくださったのです。」


魔物の統治にも魔物という種族の行く末にも何の興味も見せない王ではあったが、一人一人の魔物の様子には気がついて何か大きな事が起これば必ず声をかけてくれたと朽葉は言った。


「特に“対”を先に亡くして死を待ち耐えている魔物には、殊更にお優しくお声をかけていただきました。・・・置いて逝かれることの苦しみをよく知っていらっしゃるのでしょう。」


橙黄も前世で蘇芳を先に亡くし、必死で耐えている時に声をかけていただいたのだと言っていた。

だから魔王さまを許してさしあげて欲しいと・・・


「魔王さまは優しいお方。恐ろしいほどの力を持ち、とてつもなく優しいお心を持っていらっしゃいます。・・・我ら魔物がお慕いする理由が他に必要でしょうか?」


母はなんとも言えぬ表情を浮かべた。


「・・・要望が低すぎるでしょう?」


こめかみを指でグリグリと揉んで疲れたようにため息をつく。


「まぁ、良いわぁ。・・・貴方たちの望みを叶えられるかどうかは、あの子次第でしょうけれど・・・問答無用で消すのだけは止めてあげる。それで良い?」


母の答えに朽葉は深く頭を下げる。


心優しいモノたちに、母は心の中で感謝の言葉を呟く。


(本当に甘やかし過ぎよね・・・私を。)


自分に・・・女神に寄せられる彼らの純粋な愛情。

もはや女神ではない、ただの人間なのだと言っても、それがなくなることはなかった。


その思いを深く受けて母は思う。


いつか・・・それが1年半後かどうかはわからないが・・・いつか自分は此処に帰ってくるだろう。


自分を待ち望み、自分を愛してくれるこのモノたちの元へ。


(・・・バカな子。)


自分に、転生するくらいならこの世界を壊せと迫った我が子を思う。

こんなにも愛おしいこの世界を・・・そこに生きるモノたちを捨てられるわけがない。ましてや選別して気に入りのモノだけを連れて新たな世界を創るなど・・・できるはずが、なかった。


そんなことはわかりきったことのはずなのだ。

勝手に魔王を名乗りながら魔物に愛されている我が子ならば・・・尚更に。


母は神だった。


そして、魔王の母だった。


いくら転生しようとも、人の身となろうとも変わらない。


厳然たる事実を実感する。




・・・必ず戻る決意を固め・・・今回の出来事全てが、自分を確実に連れ戻すための“ジェイド”の謀だったらイヤだわと、チラリと思う。


(もしもそうなら・・・絶対殴る!)


考えられない事ではないために、頭痛を酷くする母だった。





五つの塔全てが落ちて魔王軍が全面降伏をしたのは、一斉攻撃を始めて、ものの数刻も経たない内だった。

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