決戦 4
美咲はぎゅっと唇を噛みしめて上目遣いに相手を睨みつけた。
「もう1回!!」
「・・・何度やっても同じだと思うけれどね。」
睨みつけられた魔王は苦笑を返す。
だだっ広い部屋の中、何故か出現している”卓球台”を挟んで2人は向かい合っていた。
・・・美咲はあの後現れた魔王に何とか話を聞いてもらおうとしていた。
彼のやっていることは母を苦しめるだけなこと。
母と王さまとよく話し合って欲しいこと。
等々言いたいことは沢山あるのに魔王は何一つ美咲の話を聞こうとはしない。
美咲をキレイな衣服で着飾らせたり、美味しい食事を勧めてきたり、望むのならもう一度遊園地に行っても良いとさえ言って、真剣な美咲の話になど耳も貸さなかった。
「それとも他に行きたい場所はある?帰してはあげられないけれど、それ以外の場所であれば、どこにでも連れて行ってあげるよ。」
優しい笑顔で言われて・・・ついに美咲はキレた!
「勝負よ!」
「え?」
美咲は・・・魔王に自分と勝負しろと迫った。
勝負の方法は何でも良い。
勝負して自分が勝ったらきちんと話を聞いて欲しいと魔王に頼んだのだ。
「勝負って・・・」
魔王は呆気にとられる。
「トランプでも花札でも、ダーツとか体を動かすものでも何でもいいわ!私が勝ったら私の話を聞いて!!」
魔王は・・・吹き出した。
キレイな顔をくしゃくしゃにして体を折って苦しそうに大爆笑した。
「ひどい!何で笑うんですか!?私は真剣なのに!!」
「っは!・・ははっ・・・ごめん!あんまり、意外で・・・はっ、私と勝負ね・・・良いよ。受けて立ってあげる。・・・はぁ、苦しい・・・」
ぷんぷん怒る美咲を何とか宥めて、魔王と美咲はそれからいろんな勝負をすることになった。
ポーカーに神経衰弱。花札に、オセロ。
美咲の知っている2人でする勝負事を、魔王にルールを教えながらやって・・・
美咲は全く勝てなかった。
「なんで?」
魔王は全て初めてやるものばかりだ。
ルールすら知らない相手との勝負に何で勝てないのだと美咲は叫ぶ。
「・・・君が弱いから?」
うっ!と美咲は詰まる。
確かに美咲は勝負事に弱かった。
何でも直ぐに顔に出てしまうから、ポーカーとかのカードゲームは全般的に苦手だ。神経衰弱とかオセロなんかの頭を使うゲームも・・・実は苦手だったりする。
それでも相手は初心者なのに・・・とは思うのだが、初心者は初心者でもその初心者が魔王では、相手が悪いとしか言いようがないのかもしれない。
「もう!頭を使うゲームはダメ!体を使うものにするわよ!!」
そう言って今度は、ダーツとかボーリングとか何故か出現した体育館でバドミントンまでやったのだが・・・
結果は連敗記録を伸ばしただけだった。
今日は卓球をしている。
卓球とはいっても美咲が卓球部だったりしたという事実はない。
勢いこの勝負は卓球と言うよりピンポンという雰囲気のものになった。それも温泉旅館で浴衣を着てスリッパを履いて行うようなピンポンだ。
もちろん魔王はルールを聞いて2〜3回玉を打つだけで、すぐに卓球のコツを掴んだ。
それでもこの試合がピンポンなのは魔王が美咲にレベルを合わせてやっているからだ。
美咲が勝てるはずなど・・・なかった。
そもそも卓球というものは、意地の悪い人の方が勝てるスポーツなのだ!(注)
「お願い!もう1回だけ!!」
真剣な美咲の様子に魔王は苦笑する。
「また明日ね。・・・今日はもう疲れたよ。食事にしよう。」
少しも疲れた様子を見せずに魔王は言う。
疲れているのは美咲だった。はぁはぁと大きく息をついて汗が額に光っている。
「でも!魔王さん!」
美咲の言葉に、魔王は不機嫌そうに顔を顰めた。
「違うだろう?忘れたの?君が負けた時は私のことは“兄さん”と呼ぶ約束だよ。」
・・・それは勝負を受ける段階で魔王から突きつけられた交換条件だった。
美咲が勝てば魔王は美咲の話を聞いて、魔王が勝てば美咲は魔王を“兄さん”と呼ぶ。
美咲は確かにその交換条件をのんでいた。
「ほら、呼んで。」
甘く魔王が催促する。
美形の持つ無駄な色気に美咲は顔を赤くした。
「に・・・兄さん。」
魔王はうっとり微笑んだ。
「あぁ、とてもいいね。どうしよう?今度は“お兄さま”って呼んで貰おうかな?すごくドキドキすると思わないかい?」
美咲は自分がこの超美形を“お兄さま”と呼んでいる姿を想像して・・・青くなった。
絶対!似合わない!!・・・自分が!
ブルブルと首を振る美咲を魔王は楽しそうに見る。
「さぁ、食事にしよう。私の愛しい“妹姫”。」
結局その後美咲は、汗をかいて体調を崩すといけないからと服を着替えさせられて、汗を丁寧に拭われて(だって、仕方ない。させてくれなければ、もう勝負はしないと脅かされるのだ。兄妹なのだから恥ずかしくないよと言われたが美咲は顔から火が出る思いだった。)食事をとらせられた。
何度か“兄さん”と呼ばずに“魔王さん”と呼んだ罰だと言われて子供のように、あ~んと食べさせられて、美咲はなお顔を赤くする。
とんだ罰ゲームをさせられて・・・美咲はすっかり疲れ切って休んだ。
美咲の眠るのを見届けて、魔王は優しい笑みをはり付けたまま美咲の居るエリアから出る。
途端、魔王の周囲を闇が包む。
魔王の居る中央の王の塔は、真性の闇に犯されていた。
光の精霊王が、美咲が居る場所を除き全ての光を取り去ったのだ。
ほんの微かな明かりさえも無い真っ暗闇の中を魔王は気にした風もなく進む。
魔王にとっては視界がきかぬことなど何の障害にもならなかった。
しかし、他の魔物が全て魔王と同じようにできるかと言えばそうではない。
王の塔のそこかしこに、一切の光のささない闇に怯えて蹲る魔物の姿があった。
しかもその魔物に、以前アッシュをのみ込んだものと同じ闇が喰らいついていた。
闇の精霊王がもたらす真の闇に心と体を蝕まれ、多くの魔物が正気を失い・・・震えていた。
魔王はそんな魔物に一瞥もくれない。
闇に覆われた王の塔を何事も無いように通り過ぎていく。
それでもこの塔の中の魔物は逃げ出さないだけ魔王への忠誠が深いモノたちだ。
既に多くの魔物が魔王を見捨て女神の下へと走っていた。
当然だ。
戦況は悪く、魔物は女神に刃向かう心など元から持っていない。
魔王が絶対だとは言ってもその理由の一端には魔王が女神の御子だという事実があった。
つまりそもそもの根底に女神への信仰があるのだ。その女神に逆らうなど本末転倒だった。
少しでも先の見えるモノなら逃げ出すことこそが正しいことだ。
魔王にはそれが当たり前の事実としてわかっていた。
・・・なにより、魔王にとっては女神より自分を選んで此処に残るモノの方が、心底遺棄すべき存在だった。
魔王の第一は・・・自分の母たる女神だ。
自分より女神を選ぶことは当然であり正しい事だ。
母より自分を選ぶなど許せることではなかった。
「陛下!戦況の報告を!」
だから闇の中、自分の姿を見つけ駆け寄る臣下に素っ気なく答える。
「必要ない。」
「しかし!!」
「いらぬと言っている。」
魔王は言い捨てるとかまわず自室に入る。
重厚な扉は臣下の目の前で拒絶するようにバタンと閉じた。
「陛下!!」
臣下の叫びは魔王の耳に届かない。
いや、届いても気にもかからないのか?
自室の闇の中、豪華な椅子に魔王は深く腰掛ける。
クスクスと闇で目にする者が誰もいないことが残念でならぬような美しい笑みを浮かべた。
「・・・楽しかった。」
魔王はここ数日、両親が転生を決めた遙かな昔以後感じることのなかった浮き浮きとした心の高揚を感じていた。
目を閉じれば瞼の裏に、自分を上目遣いで睨む可愛い“妹”の顔が映る。
いつでも一生懸命で真っ直ぐに自分に向かって来る希有な存在。
母たる女神がどれほどに大切に育てたのかよくわかる。
知れば知るほど惹かれていく優しい少女。
自分の知っている神々しくも美しい母とは少しも似ていなかった。
なのに確かに親子なのだとわかる。
失ってしまった自分の暖かな心を思い出させる存在。
両親と・・・母と共にいた時には、いつでも溢れるように感じていた切なく優しい想い。
・・・熱い何かが、胸に競りあがってくる。
「・・・“母さん”・・・早く会いたい。」
呟く声は、まるで小さな子供のように甘えの混じった声だった。
注:あくまで作者の私的な見解です。
別に、昔職場の昼休みに卓球をして、作者の精一杯のサーブを”へなちょこサーブ”と呼んで、叩きつけるように打ち返した卓球経験者の同僚を、大人げないと、ちょっぴり恨んでいるわけではありません。(多分・・・)




