決戦 2
魔王の居城は、それだけで一つの城塞都市と呼べるような巨大な建造物の集りだった。
中央に聳え立つ王の塔を中心に五芒星形を描く様に回廊と五つの塔が繋がり周囲を城壁が囲んでいる。
どの塔も人間の常識を遥かに超える規模だ。これ程巨大で高い建造物を人間の技術だけで作り上げることは不可能だろう。
魔王の居城の威容は、そのまま魔王の力の大きさを示しているかのようだった。
五つの塔の一つ、“黄“の塔に朽葉は居た。
黄の塔は中央の王の塔の正面入り口側に立っていることから別名、門の塔とも呼ばれている。
外から帰って来るものは、大抵この塔から入った。
朽葉と、対の山吹が今日の塔の門番だった。
朽葉は年古りた魔物だ。
既に何度も転生を繰り返し、最古参の一人と言っても良い。
また、朽葉は一度自分の対の魔物を失い、新たな対を見つけた珍しい魔物でもあった。
・・・運が良かったと今でも朽葉は思っている。
滅多にない強運に恵まれて自分はこの場に立っている。
信じられないような僥倖。
朽葉はそれを経験した。
その感慨に浸っていた朽葉の目の前に、突然4人の魔物が顕現した。
「?!・・・蘇芳!!」
その中の赤黒い色を纏った魔物の姿に、朽葉は目を止める。
「無事だったのか!?」
思わず安堵の声が漏れる。
蘇芳は朽葉の知り合いだった。といっても付き合いは軽く、顔見知り程度のものでしかない。
朽葉に比べれば年若いこの魔物が人間世界で行方知れずになり、対が狂ったように探しているという噂は、魔王の居城から滅多に離れる事の無い朽葉の耳にも届いていた。
昔、対を失う経験をした朽葉にとってその噂は他人事ではなく心を痛めるもので、かなり心配していたのだ。
「蘇芳!橙黄!・・・良かった。」
朽葉の対の山吹も喜びの声を上げる。
山吹は朽葉に比べればまだ若い。蘇芳や橙黄と同じ年代の魔物だった。
「いや・・・まぁ、良かったというか何というか。」
蘇芳は何ともばつの悪い顔で笑うと、頭をかく。
いつも底抜けに明るい我儘な魔物の煮え切らない態度に朽葉は首を傾げた。
「俺的には良かったんだけど・・・あんたたち的には、最悪だったというか・・・う〜ん?」
「蘇芳?」
何だかよくわからないことを言い出した蘇芳に朽葉は問い返す。
「・・・朽葉か?」
そんな朽葉に別方向から声がかかった。
それは蘇芳と橙黄と共に現れた白と黒の魔物の内、黒い方の魔物から発せられたものだった。
朽葉は不審そうにその2人の魔物を見る。
こんな色の魔物は朽葉の知り合いにはいない。
何故自分の名を知っているのか不思議に思った。
(第一・・・何だ?この色は・・・)
数多いる魔物には白系統の色を纏う者も黒系統の色を纏う者も多くいる。しかしここまで純粋な白と黒を纏う者など朽葉は知らなかった。
(・・・いや、遥かな昔にいたな。輝く白と黒を纏う御方が・・・)
魔物に生まれながら女神に拾われ女神の眷属になった至高の魔物。
女神の寵愛に相応しく魔物にして恐ろしいと思わせるほどの力を持っていた。
全ての魔物の羨望と憧憬の的だった白と黒の一対。
「朽葉?」
白の魔物が黒に聞く。
「あぁ。ほら、対の若葉を失ってシャトルーズさまから情けをかけられた奴だ。新たな対が見つかるまで心を凍らせていたはずだが・・・どうやら巡り会えたようだな。良い顔をしている。」
以前の対であった“若葉”の名と女神シャトルーズの名に朽葉は愕然とする。
まじまじと目の前の白と黒の魔物を見詰めた。
(まさか・・・)
「あぁ。あの朽葉ですか。・・・久しいですね。」
白の魔物が静かに微笑む。
その笑顔に朽葉は確信した。
「黒金さま・・・白銀さま。」
女神シャトルーズの対の魔物。
女神の喪失と共に行方知れずになったはずの2人の魔物が此処に居た。
(どうして此処に?)
「朽葉、せっかくシャトルーズさまに生きながらえさせてもらった命。新たな”対”共々無駄にするな。我が軍に来るがいい。投降すれば受け入れるぞ。」
黒金が淡々と告げる。
「軍?・・・投降?・・・」
わけのわからぬ言葉に朽葉は混乱する。
蘇芳が苦笑した。
「朽葉、山吹、悪いけれどそこを退いて。俺たちはこれからこの居城を攻撃する。」
「!!何を・・・?」
「俺たちは、シャトルーズさまに救われたんだ。」
朽葉の驚愕に橙黄が生真面目に返し、蘇芳は、はにかんだように笑った。
「シャトルーズさまは、魔王を討つことを決意された。これからこの居城はシャトルーズさまの神軍の攻撃目標となる!邪魔する者は容赦しない!命が惜しくばそこをどけ!!」
黒い魔物の朗々とした声は、朽葉と山吹だけでなく何事かとこの場を興味津々に見ていた他の魔物にも届いた。
「シャトルーズさま?!」
「神軍?」
次々に疑問の声が上がる。
「待て!!一体どういう事だ!!」
朽葉は叫ぶ。
4人の魔物は、既に煌めく力の光をその身にためていた。
「言葉どおりだ。魔王は愚かにもシャトルーズさまに牙を剥いた!シャトルーズさまの姫君を攫ったのだ!!女神に逆らう者に・・・“滅び”を!!!・・・我らは神軍の先触れである!!!」
大音声の黒金の声と共に、4人の魔物から目もくらむような力の攻撃が放たれた!!
それぞれの色を帯びた力の光は、絡まり一本の力の奔流となって、中央の王の塔へ襲い掛かる。
ゴオオォォッツ!!と音と爆風を伴って塔に肉薄した力は・・・魔王の障壁に当たって、派手な爆発を起こして・・・散った。
魔王の居城の中を、力の余波が荒れ狂う風となって吹き荒ぶ。
朽葉は咄嗟に山吹を自らの体の下に庇い身を伏せた。
中央の王の塔には傷一つ付かなかったが、周囲の塔は力の余波に傷ついた。
白銀の魔物が楽しそうに笑う。
「それでこそ、魔王です。大切に守りなさい。姫君を傷つけようものならタダでは済ましませんよ。・・・他の者たちも忠告はしました。命が惜しければ逃げなさい。貴方たちの敵は“神”です。覚悟を決めて来るように。」
怒鳴ったわけではない静かな声が魔王の居城に響く。
「さあ!戦いだ!!」
楽しそうな黒の魔物の声が高らかに宣告した!!
再び4色の力が猛威となって居城に荒れ狂う!!!
朽葉は混乱のまま身を竦めた。
・・・やがて、来た時と同様に唐突に4人の魔物は去った。
後には滅茶苦茶に荒れた“黄”の塔の惨状が残る。
朽葉は呆然としていた。
朽葉に庇われた山吹が体の下から這い出てくる。
「一体全体・・・何なんだ?蘇芳と橙黄はどうしたんだ?」
途方に暮れたような山吹に返してやれる言葉はない。
白と黒の魔物の言葉が蘇る。
(魔王さまが・・・女神に逆らった?女神の姫君を攫って・・・?)
確かに魔王さまが人間の女を中央の王の塔に攫った事は居城の全ての魔物が知っていた。
・・・その女を掌中の珠のように大切にしていることも。
しかし、人間の女のはずだ?女神の姫君でなどあるはずがない!!
(それに・・・)
朽葉は知っている。
いや、古参の魔物であれば誰もが知っている。
(魔王さまは・・・女神の御子だ。)
女神と魔王さまが争う事などあるはずが、ない!!
しかし・・・宣戦布告したのは、女神に育てられた白と黒の魔物。
彼らの言葉が嘘偽りのはずもなかった・・・
(どうなっているんだ!?)
朽葉の疑問に答えてくれる者は・・・いなかった。




