夢現 5
美咲は驚き目を見開いた!
「?!・・・神を滅ぼす?」
「そうだよ。・・・私は神が大っ嫌いなのさ。」
魔王は、本当に嫌そうに顔を顰める。
目を見開いたまま固まった美咲を、つまらなそうに一瞥した。
「神がどんな存在か知っているかい?・・・傲慢で、例えようもなく愚かな奴らだよ。」
魔王は、フンと笑うと美咲に話し始めた。
神とは、世界の初めから存在する力あるモノを、そのモノに創り出されたモノたちが“神”と名付けた存在なのだそうだ。
ただ存在し、気まぐれに世界を創り、壊すこともある。
その事に一切、責任も感心も抱かないモノ。
信じられないような複雑な世界を一瞬で編み出し、一夜にして滅ぼす。
まるで小さな子供のように残酷で気ままなモノ。
「私の両親のような存在は、他の神々にとっては異端なんだよ。」
世界を創り、その世界で創り出したモノを愛でて共に暮らす。
そんな神は他にはいないのだそうだ。
「いや、異端なのは“母さん”かな?“父さん”は“母さん”に付き合っているだけだ。“父さん”の大切なものは“母さん”だけだからね。」
・・・異端な神は、自分の創り出した世界を愛し力を与える。
そして力を与えられた世界は与えられた力を育み、巡り巡ってその力を愛する神に還した。
「“父さん”と“母さん”は、神としても異例の大きすぎる力を持つ神になったのさ。」
当たり前だろうと不機嫌そうに魔王は言う。
愛されれば愛を返すのが普通だ。愛された世界は、その愛を自分たちの神に還す。
他の神だって大きな力が欲しいのならば自分の創った世界を愛せば良かったのだ。
「それを彼らは強大になりすぎた両親に、力を削って転生するか・・・さもなければ育ちすぎた世界そのものを破壊しろと命じたんだ。」
吐き捨てるように魔王は言った。
美咲は思わず息をのむ。
そんな!という悲鳴のような叫びを上げた。
強大な力は世界のバランスを狂わす。
傾いた天秤は直さなければならない。
それが神の常識だった。
「“母さん”が愛する世界を滅ぼすような選択をするはずがないだろう。それどころか自分たちの力を無償で世界に与えて転生する道を選んだ。」
バカみたいだと魔王は吐き捨てる。
いくら神だって自らの力を削ることが負担にならないわけがない。
しかも転生するだなんて。
全てを超越して存在する神として考えられない屈辱だと魔王は言った。
「今までその身に貯めてきた全ての力を捨てるんだよ。美しく神々しい圧倒的な威厳に満ちていた、あの体が死ぬんだ。転生するからといって割り切れるはずがない。」
淡々として語られる魔王の言葉はまるで悲鳴のように美咲に聞こえた。
しかも、その愚かな選択を半神である父は「シャルがそう言うのなら。」という一言で認めてしまったのだ。
周囲のモノや我が子である自分がどれほどに説得しても、両親は意志を覆すことはなかった。
「度しがたいバカだ!・・・世界なんか滅ぼせば良かったんだ!お気に入りを失いたくなかったのなら、直ぐに新しい世界を創って、そいつらを移住させれば良かったんだ。なのにこんな世界の“全て”を救うために自分たちを犠牲にした。・・・残される私を捨てたんだ!!」
言い切った魔王は昏い瞳を、見えない遠くに向けた。
まるで此処にいない母を睨んでいるかのようだった。
美咲は・・・かける言葉がなかった。
魔王の気持ちはよくわかる。
美咲だってさっきまで1人で何でも決めてしまって勝手に行動する母に怒っていた。
しかも母は自分が苦労することなんて平気なのだ。美咲のためにどんな苦労もしてしまう。
・・・美咲は思う。
多分母は、自分の創り出した世界をもちろん愛してはいたが、迷い無く転生を決めた理由のひとつには、目の前の異父兄の存在があったのではないだろうか?
“こんな世界”と言った異父兄は、苦しそうだった。
部屋の中や窓の外を眺める。
美咲の趣味に合わせたと言うのかもしれないが・・・全てが優しく明るい雰囲気だった。この部屋や光景を選ぶ人が自分の産まれた世界を愛していないはずがない。
母は、我が子の愛する世界を滅ぼしたくなかったのだ。
そんなことをするくらいなら転生する方を選ぶ。
例え我が子がそれを望んでいなくとも・・・
(ママって・・・本当に親バカ。)
美咲には異父兄の気持ちも、母の気持ちもよくわかる。
わかって・・・どうにもできなかった。
わかるからこそ、どうにもできないのだ。
「私が、必死に止めて・・・転生を止めてくれなければ“魔王”になって世界と神を滅ぼすと言っても、両親は意志を覆さなかった。“母さん”は反抗期なのねと言って笑って、“父さん”なんか好きにしろと言い放った。」
続く魔王の言葉に、美咲は絶句する。
思いっきり心の中で母と王さまに突っ込んだ。
(無責任にも程があるでしょう?!)
魔王は薄く笑う。
「私を捨てて転生の輪に入った両親の残された体を見ていたよ。あれ程に力に満ちあふれ、どんな存在よりも美しかった体が、ただの抜け殻になって朽ちて世界に還って逝くんだ。・・・神の体がどうやって朽ちるか知っているかい?」
美咲はブルブルと首を振る。
聞きたくなかった。
しかし異父兄は容赦なく言葉を続ける。
「そうだろうね。そんなものを知っているのは私くらいだ。・・・神の体は腐らないんだよ。時間をかけてゆっくりと消えていくんだ。それをずっと見ていた。気が狂いそうだったな。・・・いっそ一気に消し去ろうと思ったのだけれど・・・できなかった。私の気はもうあの時に狂ってしまったのかもしれない。・・・私の嘆きがどれほど深かったか想像できるかい?」
あまりに悲惨なその言葉に美咲の体は震える。
コクリと頷いた美咲を異父兄は睨みつけた!
「わかるものか!!“母さん”に大切にされて!どんな悲しみからも守られて生きてきた、お前になんかわかるはずがない!!」
魔王の怒声に恐怖し・・・でも、それよりも哀しくて、美咲の目から涙が零れる。
目の前の慟哭に、かけられる言葉を・・・美咲は持たなかった。
異父兄は・・・魔王は、美咲の涙に少し驚き、自分が激昂しすぎたことに気づいたようだった。
ゆっくりと大きく呼吸を整える。
落ち着いてから、再び話し出した。
「朽ちていく両親の遺体を見て・・・神を滅ぼすことを決意した。ここで転生したとしても、また時が過ぎて“力”が満ちれば再び同じ事が起きる。その度に転生を繰り返すだなんて・・・ごめんだ。こんな光景を二度と見たくなかった。宣言どおり“魔王”になって、邪魔して欲しくなかったから転生の輪に細工して“母さん”の転生の時期を・・・遅らせた。まさかこれほど遅くなって、しかも異世界に転生するなんて思ってもいなかったけれどね。」
母は美咲の世界に転生する予定ではなかったのかと美咲は思った。
だとすれば自分が産まれたのは、この魔王のおかげなのかもしれない。
美咲の世界に母が転生しなければ当然美咲の父とも出会えなかったはずだし、美咲は産まれるはずがなかったということだ。
美咲は母が異世界に転生し、どれほど嘆き苦しんで・・・結果美咲を産んだのか知るはずもなかった。
「“魔王”となってわかったのだけれどね・・・神を滅ぼすためには、魔王じゃ全然ダメなんだ。どれほど強くても魔王の力では神に近づけもしない。神を倒すのは・・・“神”だ。何度か試行錯誤して、私はようやくそれを悟った。」
神とは、世界の初めから存在する力あるモノで、未来永劫変わらず存在するモノだった。
増えもしなければ減りもしない。
神の座は決まっている。
転生して人間になってしまった母と王さまも・・・変わらず神の座を持っている。
今現在は人間でも、望めばいつでも神に戻れる。
望まずに人間のまま転生を繰り返したとしても、神の座の持ち主であることに変わりは無い。
神とはそういう存在だ。
反対に、たとえ異父兄のように神と神の間の子であっても・・・どれほど力のあるものであっても、神から神と認められることは決してない。
神の座につくものは永遠に変わらなかった。
・・・その座が空かない限りは・・・
「だからね、私は“母さん”に神の座を譲って貰うことに決めたんだよ。」
まるで何か欲しい物を簡単に貰うかのように魔王は話す。
「え?」
「君を人質にとって、母さんを呼び寄せて、君の命と引き替えに神の座を降りてもらう。・・・あぁ、安心して良いよ。母さんは私が永遠に守る。永遠の命を与えてずっと一緒に暮らすんだ。もう二度と私を置いて逝かせたりしない。私が神になれば、神々に手が届く。1人残らず滅ぼして誰にも邪魔させたりしない。・・・“母さん”は私のものだ。」
歪んだ笑みを口の端に浮かべ魔王は言い切る。
「!!・・・そんな!そんなこと、ママが悲しむわ!!」
思わず美咲は叫ぶ!
自分が人質になったり命を盾にとられることより何より、自分の子供からそんな目に遇わされる母が哀れだった。
「だから?私をあんなに苦しめたのは母さんだ。少しくらい悲しませてもかまわないと思わないかい?それに・・・君はそんな心配よりも自分の身の心配をした方が良いよ。まあ母さんは優しいから君を見捨てることなんかしないだろうけれど・・・父さんは、いざとなれば全てを捨てても母さんを取るからね。父さんの外見に騙されちゃいけないってことは、よく学んだだろう?」
外見に騙されるなというのは、魔王も同じだと美咲は思う。
こんなに優しそうな美形なのに魔王も王さまもとんでもなかった。
親子だからだろうか・・・似なくても良いところが、とてもよく似ている。
この2人に執着される母が可哀そうだった。
「止めてください!そんな事!そんな事しても誰も幸せになれない!・・・ママだって、私だって・・・魔王さんだって不幸になるわ!」
「知った口を叩くな!!」
魔王が怒鳴る!
それは凄い迫力だった。
魔王は・・・強かった。神々の子なのだ。神の座にはつけなくとも余りある力を持っている。
神を滅ぼすと豪語するだけの力はあった。
だが、美咲は怯まなかった。
ここで負けてはダメだと思った。
自分が間違っていない自信がある。
何より母と自分と・・・そして、目の前の異父兄のためにも怯むわけにはいかなかった。
「しちゃいけないことだから止めてって言っているんです!そんな誰も幸せになれない事、止めないわけにはいかないでしょう!!」
魔王と美咲は睨み合った。
もしこの現場を魔王の側近の魔物の誰かが見れば、驚愕のあまり腰を抜かしたかもしれない。
自分たちの誰一人としてものの数分も視線を受け止められない魔王とただの人間の少女が睨み合っているだなんて・・・
それほどに有り得なく、信じられない事態だった。
・・・視線を先に外したのは、魔王だ。
自分の正しさを信じて疑わない美咲の視線は、あまりにも真っ直ぐだった。
「・・・君を帰すわけにはいかない。他の望みならば何でも叶えよう。君は大切な人質だ。大人しく母さんが来るのを待っているといい。」
魔王はそう言うと、音もたてずにその場から姿を消した。
「!!・・・待って!話を聞いて!!」
美咲は叫ぶ。
・・・どんなに叫んでも、その日魔王は戻ってこなかった。




