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夢現 4

美咲は、頭がガンガンして心臓が激しく打つのを感じた。


可哀そうにねと魔王が優しそうな笑みを浮かべ・・・でも目は笑わずに美咲を見ている。


だが、そんなことはどうでもよかった。


「ママが・・・女神?」


「そうだよ。だから君のママの周りには力の強い存在が集まるだろう?みんな、かつての女神の僕だよ。」


そんなバカな!と美咲は思う。

だけど言われればそうかと思うことばかりで・・・


そもそもの初めから、魔法を使ったわけでもないのに神獣のぴーちゃんを召喚したり、竜王が自分から契約したがったり、光と闇の精霊王をわかっていたかのように呼び出したり・・・考え合わせれば納得できることばかりなのだ。


(・・・だから、ママ・・・王さまが好きだったんだ。)


当たり前だ。

前世からの恋人なのだから・・・いや、子供までいるのなら夫婦なのか?


「ママを連れ戻すために・・・私を?」


「そうだよ。私の攻撃を体よく理由に使ったようだけれど、どちらかと言えば“父さん”が“母さん”に帰ってきて欲しいと頼んだ方が先だ。・・・でも母さんはうんと言わなかった。君がいたからね。君がもう少し大人になるまで母さんは向こうの世界で君を見守るつもりだった。それに我慢できなかった父さんが私の攻撃を理由に使って君を召喚したんだ。君をこちらの世界に引き込んで、母さんを呼び寄せるためにね。」


母を“母さん”とセルリアン王を“父さん”と呼ぶ魔王に美咲は泣き出しそうな視線を向ける。

話されている内容と同じくらいその事は美咲を追い込んだ。


「可哀そうにね。君は、被害者だよ。身勝手な大人に振り回されて・・・“運命の姫君”だなんて祭り上げられて・・・実際は君のママを釣るためのエサでしかなかったんだ。・・・本当に哀れで、可哀そうな子だ。」


魔王は静かに近づくと・・・美咲をそっと抱き締めた。

呆然としている美咲の頭を撫でる。


(・・・可哀そう?・・・私が?)


混乱した美咲は・・・何をどう考えれば良いのかわからない。

ただ、自分を抱き締めてくれる腕と、頭を撫でてくれる優しい手が・・・暖かかった。


そのまま暫く大きな体に寄りかかっていて・・・ふと気がつくと抱きかかえられていた。


お姫様抱っこだ・・・


「あっ!・・・」


魔王はフフッと嬉しそうに笑う。


「疲れただろう?・・・遊園地、楽しかったね。」


言われて、はしゃいで遊んだ事を思い出す。


“パパ”は・・・魔王はとても優しかった。


美咲を軽々と運ぶ魔王は、頼れる大人の男の人で・・・まるで”パパ”みたいだと美咲は思う。


「ゆっくり休むと良い。何も考えずにね。」


魔王の言葉と同時に何も無かったはずの部屋の中に大きなベッドが現れる。


「大丈夫だよ。ここには君を傷つける大人は誰も来ない。・・・私が守ってあげる。永遠にね。」


そう言うと魔王は優しく美咲をベッドに寝かしつけた。


「魔王さん・・・」


「できれば、“兄さん”と呼んでくれるかい?・・・私の可愛い“妹”。」


美咲は・・・驚いて、次いで赤くなった。


何だか頭がふわふわする。

いろいろ考えなければいけないことが沢山あったはずなのに・・・思いつく前に頭の中から抜けていった。


「・・・兄さん。」


請われるままに発した美咲の恥ずかしそうな呼びかけに、魔王は見る者全てを赤面させるような甘い笑みを返す。


「あぁ・・・とても嬉しいよ。ゆっくり “お休み” ・・・ “何も考えずに” 私の可愛い妹。」


言われるままに目を瞑り、不自然なほど、あっという間に眠りに落ちた美咲は、見なかった。


美咲を撫でる手の持ち主が、口角を上げて・・・酷薄な笑みを浮かべたところを。






見たこともないような豪華な部屋で目を開けて・・・美咲は呆然とした。


(ここは・・・?)


天蓋付きの広いベッド。

白で統一された美しく品の良い家具と趣味の良い調度品。

大きな窓が開け放たれて気持ちの良い風とともにレースのカーテンが揺れている。

差し込むやわらかな日差しは春のようだ。


「目が覚めたかい?」


呆気にとられて部屋を眺めていた美咲に優しい声がかかる。


慌てて振り向いて、入り口の扉から、とてつもなく美しい人が両手にトレーを持って器用に扉を開けて中に入ってくるのに気がついた。


「あっ・・・」


美咲はその姿を見て・・・固まった。


魔王だ。


魔王であり、彼の言うことが正しいのなら・・・美咲の異父兄(あに)である存在。


「おはよう、で良いのかな?此処には明確な時間の観念がないからわからないな。・・・よく眠れた?」


美しく微笑みながら魔王は白いテーブルにパンとスープと思われるものとオレンジみたいな果物、そしてお茶のセットを並べる。


「お腹が空いただろう?私たちは食べるという習慣がないから、よくわからずに今までは迷惑をかけたけれど、今度は大丈夫。人間の世界に長く居た者に用意させた食事だから。きっと口に合うと思うよ。」


ニコニコと笑いながら美咲に食事を勧めてくる魔王の姿に戸惑う。


「どうしたの?起きられない?」


熱はないよねと魔王は美咲に近寄っておでこをくっつけようとするから、慌てて美咲は跳ね起きた!


「だっ!大丈夫です!」


そう?と魔王はそれでも心配そうに美咲を見る。


「あ!・・・あの、魔王さん!」


魔王は途端に表情を曇らせた。


「・・・何か気に入らなかった?」


「え?」


「呼び方・・・“兄さん”って呼んでってお願いしたよね。」


「あっ・・・」


美咲は目を瞬かせた。


確かに・・・そう言われた。

言われて呼んだ覚えがある。

しかし・・・


(ムリでしょう!こんな美人に向かって!!)


冷静に返ってみれば、これほどの超美形と兄妹だなんて絶対ムリだ!!


青い顔で首を横に振る美咲の様子に魔王はがっくりと項垂れる。


「そ、それより魔王さん!」


魔王さんというところで、魔王は恨めしそうに美咲を見る。

その視線に負けないようにしながら美咲は言葉を続けた。


「お願いがあるんです!」


魔王は一転破顔した。


(うっ!・・・すっごい、破壊力。)


美咲は顔を赤らめる。


「お願い?いいよ。何でも言って。キレイな洋服?それとも宝石?それとも女の子だから部屋いっぱいの赤いバラかな?」


(へ?)


美咲はあまりに思いがけない言葉に頭の中が白くなる。


(何?その乙女思考?)


またもブンブンと首を横に振る美咲に、魔王も再びがっかりする。


(この人、私を何だと思っているの?)


美咲は憤然として言った。



「・・・私を此処から帰してください。」



魔王の表情が消える。


美咲はそれに気がつかない。


「・・・考えたんです。考えて、魔王さんの言ったことが本当なら、王さまのしたことは許せないって思いました。ママも・・・ママは、考えてみたら仕方ないかもって思ったけれど・・・でも私に黙っていたのは絶対酷いし、悔しいとも思う・・・でも・・・とりあえず、会わなくっちゃ!会って、話を聞いて・・・文句を言って・・・怒って・・・だから・・・会いたい。会って話がしたいんです!だから!!」


美咲は、本当に考えたのだ。


目を覚まし、目を開ける前に・・・眠る前の魔王の言葉が頭に蘇り・・・泣き出したいほどに考えた。


自分は・・・騙されたのだ。


“運命の姫君”と言われ、王さまを助けて欲しいと言われ、頑張ろうと思ったのに・・・全て嘘だった。

王さまの目的はママで、自分はだしに使われただけ・・・そんな酷い話ってないと美咲は思った。

思い出すのは高校進学時に美咲にアメリカに行ってくれと頼んできたママの上司だ。王さまはあの上司と同じ事をした。それももっと強引に、もっと酷いやり方で。・・・絶対許せるわけがない!


そして、母は・・・それを全てわかっていたのだ。


わかっていて・・・美咲に何も告げなかった。

何にも教えずに、きっと自分1人で全て解決しようとしていたのだ。


美咲のために。


(・・・いつだって、そう。)


美咲の母は、美咲に知らせずに全て終わらせようとする。

出張だって、転勤だってしたって良かったのだ。残業だって、仕事なら・・・美咲は我慢した。

なのに母は美咲にそんなことは少しも悟らせず普通に暮らしていた。

勤務している会社の意向に逆らっていたのだ。平気なはずは・・・ないのに。


・・・そんな優しさは、いらなかった。


小さい時ならまだしも、美咲はもう17歳なのだ。

話してくれたら・・・自分がどうしたかは自信が無いけれど、でも、確実に今より傷つかなかったと思う!


(それは・・・自分が以前別の人と結婚していて、こんなに大きな子供がいるなんて、話し辛かったんだろうけれど・・・)


それ以前に、“自分は以前女神でした。”とカミングアウトできる人間はそういないはずだが・・・美咲はそこは無視した。


とりあえず、母と話し合おうというのが美咲の結論だった。


「私をママのところに帰してください。」


美咲はもう一度言った。


優しい異父兄(あに)が、その願いを叶えてくれないはずがないと思って。



魔王は・・・深くため息をついた。



「本当に、驚く子だね。・・・どうして自分が帰してもらえるなんて思っているんだい?そもそも自分が何故、此処にいるのか、考えてみたのかい?」


呆れたように言われた言葉に、美咲は我に返る。


そう言われれば自分は攫われて此処に来たのだ。

あんまり目の前の魔王が優しいからすっかり忘れていた。


「私は・・・でも、だって・・・本当は貴方が連れて来たかったのは、ママなんでしょう?」


そうだ。

そのはずだ。

光の柱は、母に立っていた。

美咲が此処に来たのはアクシデントのはずなのだ。


「そうだよ。君は、私が久しぶりに“母さん”に会おうとしたところを邪魔したんだ。・・・その責任はとってもらわなくてはね。」


魔王はクツクツと笑う。


初めて見る底意地の悪そうな笑みに美咲はびっくりする。


「責任?」


「そうだよ。君が此処に居れば、“母さん”は間違いなく此処に来る。君を助けにね。君はその時までの大切な人質なんだ。帰せるわけがないだろう?」


人質という言葉に、美咲は凍り付いた。



・・・自分は何故忘れていたのだろう?



この魔王は・・・人間世界に攻撃を仕掛けていた相手だった。



「ママに何をするつもりなの!?」


美咲は震えて叫んだ。

目の前の優しいはずの男が、はじめて恐ろしく思えた。


「ただ、会いたいだけだよ。私が自分の“母さん”に会いたいのは当たり前のことだろう?」


“母さん”という言葉に美咲は背筋に寒気が走るのを止められない。


本当に母はこの男の“母さん”なのだろうか?


(・・・だって、この人は“魔王”だ。)


何故・・・母から魔王なんて存在が産まれる?


母は女神だったと言った。

王さまはその半神だと・・・。

女神とその半神の間の子が何故“魔王”なのだ?



「な、んで?・・・何で貴方は“魔王”なの?」



美咲の問いに魔王は呆れる。

ようやくそこかい?と嘲笑う。



「だって・・・仕方ないだろう?神を滅ぼし(・・・・・)たければ、“魔王”になるしかないと思ったのだから。」



魔王の返事は、残酷に響いた。

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