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夢現 3

「きゃあぁ〜っつ!!!」


美咲はもの凄い悲鳴をあげて手近なモノにしがみつく!

尾てい骨から背中を突き抜けるぞわぞわとした独特の落ちる感覚と胃のひっくり返るような恐怖に襲われて、息もできない。


(死ぬ!死ぬ!絶対、死んじゃう!!)


何で観覧車の一番てっぺんで問い詰めるなんて間抜けな真似をしたのだろうと心底後悔する。せめて地上に着いてから、大地にしっかり足をつけてからにするべきだった。雰囲気に流されて口走ってしまった自分の迂闊さに腹が立つ。


(いやあぁぁっつ〜!!)


ぎゅうっ!と力の限りしがみついて・・・クスクスと笑う声が耳に届いた。


「え?」


我に返った。


気がつけば足が地面についている。

ガクガクと力が入らない状態だが固い感触が足底にある。

観覧車は消えていた。

どこかはわからないが屋内の家具も何もない、がらんどうの部屋に美咲は立っていた。


ホッと力が抜けて、倒れそうになって・・・グッと抱き締められて支えられた。


「信じられない娘だな。いくら怖いからといって、問い詰めていた相手にしがみつくなんて。」


呆れたように耳元に囁かれて・・・慌てて離れようとして・・・ダメだよと優しく窘められて、なお深く抱き締められた。


「まだ足に力が入らないだろう?私から離れたら倒れるよ。」


優しい優しい“パパ”の声。・・・いや、“パパ”だと思っていた人の声。


美咲はのろのろと顔を上げた。

そこに見たものに・・・驚いた!


黒い髪黒い瞳はそのままに・・・だけど顔が全然違う!

信じられないような美形!!


(・・・王さまに、似ている。)


そう、どこかセルリアン王に似た美貌の男が笑って、美咲を見ていた。


「そんなに見られると恥ずかしいな。」


超至近距離から見詰め合う形になっていることに気づいて、美咲は真っ赤になって距離を置こうとする。


「ダメだって言っただろう。・・・“美咲”。」


名を呼ばれて、美咲は今度は、はじかれるように顔を上げた。


男はクスクスと楽しそうに笑っている。


「私は、君の名を呼べないわけではないよ。多少苦痛はあるけれど我慢できないほどではない。私は強いからね。・・・まさかそんなことで君が不満に思うだなんて考えてもみなかった。言ってくれればいくらだって呼んであげたのに。」


困った子だねと言って、男はぎゅっと美咲を抱き締める。


「へっ?!あ!・・・は、放して!!」


「立てないだろう?」


「立てます!立てますから!」


放して!と美咲は叫ぶ。

確かに美咲の足腰には力が戻ってきて一人で立つ事が出来そうなくらいには回復していた。

名残惜しそうに男は美咲から手を放す。

美咲は焦って飛び退った。


「あ、貴方は誰!?」


美咲の声は上ずる。

問い詰めていた相手に縋り付いて、しかも支えてもらっていただなんて、恥ずかしすぎた。


「わかっているのではないのかい?」


落ち着いて笑いながら男は問い返す。


美咲は・・・わかりたくなかった。

わかるのが怖い。


それでも、懸命に思い出す。


コチニールの王宮にいたのだ。

可愛い王太子から突然鮮黄色の冷たい美貌の男が現れて美咲に襲い掛かってきた。

その男からバーミリオンが庇ってくれて・・・でもバーミリオンも変だった。まるで美咲に向かってきた男を知っているような様子で、美咲を違うといって母を指差したのだ。

言われた男が母に触れて、母が光の柱に吸い込まれ・・・美咲はわけもわからず母を救おうとして、母を突き飛ばした。


そのまま多分意識を失って・・・夢の世界に引き込まれた。


・・・おそらく、王太子から現れた男は魔物なのだ。


美咲はそう思う。

コチニールの王宮に潜んで王妃さまを操っていた魔物。


その魔物が作り出した光の柱の中で、気を失った美咲が引き込まれた世界に居た“パパ”のふりをしていた人。


(・・・ううん。人じゃない。)


美咲は目の前のとてつもなく美しい男をじっと見た。


何もわからない美咲でも、目の前にいる存在から放たれる、とてつもない力がわかる。

王さまと同じくらいの威圧感。

同じくらい美しくって。


(・・・この人は・・・)



「・・・魔王。」



恐る恐る美咲は口にした。


・・・男は、がっかりしたように肩を落とす。


「違うよ。・・・あぁ、違わないか。確かに私は“魔王”だが・・・」


男はあっさりと自分が“魔王”だということを認めた。


しかし、自分で正体を当てながらも驚き恐怖する美咲に対して、当てて欲しかったのはそんな当たり前の事実ではないのだと言った。

そんな一目瞭然の事を今更言って欲しくなかったと。


「気が付かないかい?わざと焦らしている?・・・それとも君は、本当に何も知らないのかい?」


美咲の瞳を覗き込む魔王は、まるで美咲が当てられないことを責めているかのようだった。

冷たいねと、拗ねたように呟く。




「私は、君の・・・異父兄(あに)だよ。」




「?!!」




美咲は息をのんだ!


とてつもなく美しい男は・・・優しく美咲に笑いかけた。


「な!・・・何?・・・なん・の、冗談!?」


「本当だよ。」


魔王は、そんな風に言われると傷つくよと悲しそうに目を伏せる。


美咲はそんなバカなと思う。

だって、目の前の男は、大人の男の姿をしているのだ。

どう見ても美咲より年上、25歳を下回っているとは思えない。

美咲の母は、35歳。17歳の娘がいることだってギリギリセーフの年齢なのだ。


「ムリ、ムリ!有り得ない!!絶対ムリ!!」


必死の美咲の否定に男はもの凄く落ち込む。

その姿は、思わず可哀そうになるほどだった。


「そんなに力いっぱい否定しなくても・・・よく見てよ。似ているだろう?私は。」


「誰に!?」


こんなきれいな人が、いったい誰に似ているというのだろう?母にだって全然似ていない!



「“父さん”にだよ。・・・今のセルリアン王に。嫌だけれどそっくりだって言われるんだよ。」



「!!?」



今度こそ美咲は、自分の耳がどうかしたのだと思った。



「・・・王さま?」



魔王は、笑って頷く。


・・・王さまは、18歳だ。

どこをどうすれば、自分より年上の子供が持てるのだろう?

それとも魔王はこんな外見をしているが、本当は子供なのだろうか?


(2歳か3歳とか?)


それなら考えられるかもしれない。


そう思って、しかし魔王が自分を美咲の異父兄だと言ったことを思い出す。

兄ならば自分より年上のはずだ。


「からかわないでください!!王さまは18歳だって聞きました!貴方のような大きな子供がいるはずがないでしょう!?」


からかわれているのだと思って美咲は怒る。


魔王は・・・憐れみをこめた瞳で美咲を見た。



「あぁ・・・本当に、君は何も教えてもらっていないんだね?」



何を教えてもらっていないというのだろう?美咲は力を込めて魔王を睨み付ける。



「私は間違いなく君の異父兄だよ。いや、あの父なら“同父”だと言い張るのかもしれないな。・・・私は、セルリアン王と君の“ママ”が、前世(・・)で産んだ子供だよ。」



「?・・・前世?」



美咲は呆然とする。



魔王は、優しく・・・残酷に告げる。



「そうだよ。君の“ママ”は、かつてこの世界の女神だった。そして同じく前世で、女神の半神だったセルリアン王との間に、私を産んだんだ。」


魔王の口角が・・・上がる。

完璧な笑みが美咲に向けられる。


「そして・・・君はこの世界に、君の“ママ”を連れ戻すために、セルリアン王によって・・・“異世界トリップ”させられたんだよ。」


魔王の告げた言葉は・・・美咲に大きなショックを与えた。

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