平定 35
母は、ジリジリとして待機していたサラを近くに呼び寄せる。
火の精霊王に、ぴーちゃんに力を渡すことを命じた。
「痛くないから大丈夫よ。ぴーちゃんに、ぱっくんと食べられちゃいなさい。」
「へっ?」
言われたサラは目を丸くして赤いひよこもどきを見る。
ぴーちゃんは生まれ変わったばかりだから、フェニックスの力を発揮するには火の力を取り込む必要があるのだそうだ。
サラは首をブルブルと横に振った。
「・・・イヤだ!」
食べられるなんてとんでもなかった。
「人助けなのよ?」
「人じゃなくて魔物だろう!?何で俺が!?」
「美咲を助けたくないのぉ?」
美咲の名を出されれば、ぐっと言葉に詰まってしまう・・・
パタパタと無駄に羽ばたく赤い鳥は、威厳も神秘性も何もなく・・・
(こんな奴に食べられるのは、ごめんだ!)
黙り込んだサラに、母は深いため息をついた。
「仕方ないわねぇ。・・・じゃあ、力だけもらうから・・・口を開けなさい。」
母の命令に何故だと思いながら、ぴーちゃんに食べられるよりはましかと思い口を開ける。
サラは・・・大人の姿だった。
美咲を守るために顕現したのだ、その姿は凛々しく美しい若者だ。
自分よりはるかに背の高い火の精霊王に母は膝をつけと命じる。
不承不承、膝をついたサラの開けた口の中に何か固い物が、母の指と一緒に突っ込まれた。
「!ぐっ・・・っ。」
嘔吐きそうになりながら堪える。
母の指は固い何かと一緒にサラの口の中をユラユラと動いた。
「あ・・・」
・・・その感覚に力が抜けるのを感じる。
口中を掻き回されて・・・サラの意識の全てが、母の指に持って行かれた。
ジンと痺れ、脳内を麻痺させるような柔らかな指の動きと固い何かに自分の力を吸い取られるようだった。
「あっ・・・・んっ・・・」
口内が・・・蕩けた。
(・・・何、だ?・・・あっ?)
意識が、霞んでいく・・・
うっとりと目を瞑るサラのその様子に、ノンは目を見開いて凝視して、ディーネとシルは何故か顔を真っ赤にして目を覆った。・・・しかし覆ったはずの手の指は隙間が大きく開いていて・・・そこから注視していることは、まるわかりだ。
口腔内を蹂躙される快感(・・・そう、確かにそれは快感だった。)に恍惚として溺れているサラに仲間の様子は見えない。
・・・見えなくて幸いだっただろう。
普段4大精霊王を自然に纏め引っ張る立場についているサラの嬌態は・・・もの凄く色っぽかった。
たっぷり弄られて、息のあがったサラの口から母の指が固い何かを掴んだまま引き出される。
唾液がスッと糸を引いて、すっかり力を抜き取られたサラがその場にガクリと倒れる。
体がみるみる20センチサイズに縮んだ。
はぁはぁと荒い息をついて虫の息の小さな精霊は・・・それはそれで何となく色気がある。
3人の精霊王は困ったようにサラを見ていた。
一方母は、もはやサラには見向きもしない。
サラの口に突っ込んで、サラの力をたっぷり吸わせた何かを掌の上に乗せて目の前に掲げた。
・・・それは、赤い石塊だった。
以前サラが自分の前の火の精霊王の成れの果てだと言って母に渡した小さな石。
今それはサラの力を奪い、ドクドクと脈打つように輝いていた。
「彼岸。」
母の声が優しく名を呼ぶ。
赤い石が、なお赤い炎を噴き上げ・・・そこに真紅の精霊の姿を映しだした。
紅い精霊が赤い唇を開く。
・・・声は聞こえない。
「無理よ。・・・彼岸、これは借り物の力。貴方の力とは似て非なるモノ。姿を映せるだけマシだと思わなければ。」
母は失われてしまった、かつての自分の精霊王の幻のような姿に、優しく話しかけた。
「約束するわ。・・・私がいつか力を取り戻した時には、世界中を捜して貴方たちの力と心を集めるわ。必ず復活させてあげる。・・・だから今は、ぴーちゃんに力を貸して。ぴーちゃんの中で、その時を待っていてくれる?」
彼岸と呼ばれた真紅の精霊は、炎の中で頷いた。
その口が動いて、声にならない言葉を形作る。
(・・・マッテ、イマス・・・)
母の瞳から、ほろりと涙が零れ落ちた。
心を失うほど待たせて・・・更に待たせてしまう自分がイヤだった。
それでも、それが今の自分の選んだ方法なのだ。
母は炎を噴き上げる石を手の中にぎゅっと握りしめる。
炎と映像が消え・・・そこには眩いほどに赤く煌めく小さな石が残る。
母はそれをぴーちゃんに差し出した。
ぴーちゃんは、その石をパクンと呑んだ。
カッ!!と爆発するような閃光が弾け、周囲が赤い光に染まる!
母の手を離れた光の中心が母の目の前で大きく膨れ上がる。
ドンッ!と大きな衝撃音が響いて・・・
母の目の前に・・・全長3m程の堂々とした不死鳥が現れた!!
炎のように燃え上がり、ゆらめくその姿。
長い尾に細くスラリとした首。
2本の足の鉤爪は鋭く尖り、鉱石で、できているだろう王宮の床を深々と切り裂いている。
鋭角で無慈悲な印象を与える固い嘴。
全身赤いその姿の、瞳だけが金色に輝いていた。
雄々しく神々しい神の獣の姿。
母は恐れもなく手を伸ばした。
その手に神の鳥は頭を寄せる。
『我が主。』
重々しい口調に・・・母は眉根を寄せた。
「やっぱりぴーちゃんの方が可愛いわぁ。早く“橙黄”を復活させて、ぴーちゃんに戻りなさい。貴方みたいに重くては肩に乗っけてあげられないわぁ。」
不死鳥は、苦笑したようだった。
名残惜しそうに母から体を離すと瀕死の魔物に向き直る。
『退け。』
光と闇の精霊王に傲慢に命令した。
2人の精霊王が下がり、ドサリとドス黒い塊が床に落ちる。
「橙、黄・・・っ。」
蘇芳が耐えがたいような声を漏らした。
不死鳥が燃え上がる。
炎となった体が床の魔物をのみこんだ!!
「!!」
燃え盛る業火が自分の“対”をとりこむ様に、蘇芳が息をのむ!
炎は渦となり目もくらむような爆炎を放ち・・・しかし、倒れた魔物以外には燃え移る事もなく・・・赤から紫、青と変じ、やがて白光となって・・・消えた。
「ぴー。」
パタパタと赤い小さなひよこもどきが光の消えた後から飛び立つ。
一直線に母の元に来ると肩にとまり体を擦りつけた。
「よくやったわぁ。ぴーちゃん。」
満足そうに母が褒める。
母の言葉どおり・・・床にはつよい赤みの黄色を持つ男が静かに横たわっていた。
目は閉じたままだが、きれいな体に傷ひとつ無く・・・頬に赤みがさして、穏やかな呼吸の証に胸がゆっくり上下している。
アッシュとタンが蘇芳の腕を放した。
「橙黄・・・」
蘇芳は、よろめきながら自分の“対”に近づいた。
「橙黄!」
ガクンと膝をついて、その肩に手を伸ばす。
触れれば消えると思っているかのように恐る恐る触って・・・暖かな感触に、縋り付いた!!
「橙黄!橙黄!!・・・橙黄!!!」
思いっきり掴んで体を揺さぶる!
オレンジ色の魔物は・・・うるさそうに蘇芳の手を払った。
「怒鳴らなくても聞こえる。・・・うるさいぞ蘇芳。」
ゆっくりと目を開ける。
「橙黄!!!」
あまりの大声に目覚めた魔物は耳を塞いだ。
「蘇芳・・・もう少し落ち着きを持てといつも言っているだろう。」
「橙黄!!!!」
橙黄は、自分を絞め殺すような勢いで縋り付いてくる“対”を、溜息をつきながら見返した。
覚醒したばかりで・・・頭がぼーっとする。
なんだか久しぶりに、このうるさい声を聞いた気がする。
顔を上げて、周囲を見回して・・・愕然とした!
「なっ!!・・・此処は何処だ!?」
「・・・マヌケなのねぇ。」
蘇芳以外の全員の思いを代弁し・・・呆れたように母がこぼした。
橙黄は、その声の持ち主を凝視する。
明らかに人間の女と思われるその姿。
魔力はほとんどなく、魂の輝きも小さい・・・しかし、何故か目を離せない。
その人間を認識すると同時に、周囲に無視できぬほどの力の持ち主も感じた。
しかも、何体も。
橙黄は、咄嗟に自分と蘇芳を守る力の障壁を張ろうとする!
だが、それは果たせなかった。
「止めなさい、“橙黄”。」
先ほど見た人間の女の声が自分の“名”を呼んだのだ!
抗いがたい力を持って!
それは、自分がその女に“名”を支配されている証拠だった。
(何故!?・・・こんな人間に!!)
怒りを持って自分の名を取り戻そうとして、蘇芳に止められた。
「止めろ!橙黄!!俺がやったんだ!俺が彼女に名を捧げた!!」
(?!・・・)
バカな!?と思った。
「蘇芳?・・・」
名を捧げた?
この、誰よりも自由気ままで縛られることを嫌う我儘な“対”が?
呆然とする橙黄に、母の声が話しかける。
「そうよぉ。蘇芳に感謝しなさい。おかげで貴方は生き返る事ができたのよぉ。自分がどんな状態でいたか、本当に覚えていないのぉ?」
「・・・状態?」
呟いて・・・思い出す。
自分が“対”を・・・蘇芳を失ったことを!!
「蘇芳!!無事か?!」
「・・・遅いよ橙黄。」
急に橙黄にガシッと掴み返されて、先ほど自分がしたのと同じように耳元で怒鳴られ、体を揺さぶられて・・・蘇芳は泣き笑いの表情を浮かべた。
「蘇芳!蘇芳!!」
同じように凄い力で抱き締められる。
蘇芳は安堵の息を吐いて・・・涙を零した。
「・・・感動のシーンなんでしょうけれど・・・どうして、“対”は同性同士が多いの?いくら美形でも、男同士の熱い抱擁は・・・引くわぁ。」
母がアッシュとタン、紅緋と黄蘗を見ながら残念そうに溜息をつく。
「・・・私たちは、最初から双子でしたから。」
アッシュは生まれながらに選択肢がなかったのだと、申し訳なさそうに母に答える。タンも黙って肯いた。
紅緋と黄蘗はわけのわからぬ質問に混乱する。
何を引くというのだろうか?
「まぁ、いいわぁ。・・・蘇芳、責任もって貴方の“対”に言い聞かせなさい。さっさと後片付けをして、出発するわよ。美咲を助けに行かなくちゃ。」
母の言葉に辛抱強く一連の出来事を見ていたバーミリオンが近づいてくる。
いろいろと、母に聞きたい事は沢山ある。
だが、全てをのみこんで1つだけ言った。
「俺は何をすればいい?」
母は笑う。
「貴方のお父さんを起こすから事情を説明して私の支配を受けるように説得して。この国のためには、その方が良いわぁ。名前だけでもこの国が私のモノになればぁ、この国には力と祝福が満ちる。女性の出生率は上がるしぃ、竜や精霊も当たり前に住み着くわ。精霊の力で自然の恵みも増えるでしょう。・・・国の立て直し策もいくつか考えてヘリオやジョンに伝えてあるから一緒にするように言ってね。」
バーミリオンは息をのんだ。
そんな夢のようなことが、可能なのだろうか?
安心させるように母は頷く。
「大丈夫よ。・・・あと、あの魔物も置いて行くわね。好きなように使えって伝えて。」
そう言って母が指差したのは、紅緋と黄蘗だった。
バーミリオンも、魔物たちも突拍子もない言葉に驚く。
「王妃さまに絶対逆らえないように術をかけてジェイドに見張らせるから安心して扱き使っていいわよぉ。懲りもせずまた人間に悪さをするようなら、たっちゃんに踏み潰してもらうわぁ。今までの恨みを込めて擦り切れるまで働かせなさい。」
「おい!!」
勝手に決めるなと慌てて抗議しようとして紅緋と黄蘗は、母の冷たい視線に射竦められる。
逆らう事など出来はしないのだとその瞳は語っていた。
「貴方たちはぁこの世界で、もっといろいろ学びなさい。・・・どんなに愚かな者にも、学ぶ機会は与えてあげるわぁ。・・・それでも愚かなままなのなら、その時は私が責任をもって滅ぼしてあげる。・・・せいぜい頑張るのよぉ。」
母の言葉は2人の魔物を心底恐れさせた。
自分たちが崖っぷちに追い詰められたのを感じる。
黙って2人は頷いた。
それ以外の道は・・・本当に残されていないのだった。
母に平定されたコチニールが、国を立て直しセルリアンに並ぶ大国となるには、この後10年ほどの時間が必要となる。
言い換えれば、わずか10年の間に貧しく疲弊していた国は、豊かな活気あふれる国へと変貌したのだ。
魔物2人の行く末は人間の国には伝わっていない。
ただ竜王は、魔物を踏み潰すというような足の汚れる仕事をしなくてすんだことに、こっそり安堵の息を吐いたという話だった。




