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平定 34

人間世界の外で交替で攻撃を仕掛けていた魔物たちは、つい先ほどあった彼らの王の力の襲来に驚き、手を止めていた。

彼らがどんなに攻撃しても揺るぎもしない障壁を1点のみとはいえ突き破り、わずかな時間侵入し直ぐに離れた魔王の力が何を目的とされていたのか、わからない。


彼らには・・・何も知らされていなかった。


不審そうに人間世界を見ていた彼らは更に驚く事態に遭遇する。


強固であった障壁が・・・フッと消え去ったのだ。


「?!」


千載一遇の攻撃のチャンスだったのに、驚きすぎた彼らの対応は遅れる。

そしてその遅れは・・・致命的な失敗となった。


障壁が消えると同時に数頭の竜が彼らの目の前に現れたのだ!!


竜の口から明確な攻撃の意志を持った力が呆然とする彼らに叩きつけられる!!


あまりの事態に彼らは慌てた。


確かに竜は人間を気に入っていた。

気に入りの人間世界を攻撃する魔物を内心面白く思ってはいなかっただろう。

しかし、だからと言って・・・魔物を攻撃するような暴挙に出るとは思わなかった。


竜と魔物の力は・・・実は拮抗している。


戦えば双方共に大きな被害が出るはずだ。

気に入っているとはいえ、たかが人間のために竜がそんな危険を犯すはずがないと魔物は思っていたのだ。


・・・突然の竜の攻撃に、守りの力を使えた者は、あまりにも少ない。


そのほとんどが竜の攻撃をまともにくらいその場から吹き飛ばされる!!


体勢を整える暇も与えられず第2弾の攻撃が加えられた!


それは・・・青い竜だった。


竜王に似た・・・しかし違う青を纏う竜は、最初の攻撃を上回る威力の破壊光線を放つ!!


「?!!」


魔物は・・・逃げ惑うことしかできなかった。


圧倒的なその力をくらい、満身創痍になりながら逃げ出していく。

人間世界を攻撃していた全ての魔物がその場から消えるまで、ものの数分もかからなかった。





「橙黄!橙黄!!」


光と闇の精霊王に抱えられたボロ雑巾のような存在に蘇芳は駆け寄ろうとする。

だが、その両腕はガッチリとアッシュとタンに捕まえられ抑え付けられている。


「放せ!!」


橙黄に蘇芳の声は届いていないようだった。

その体はピクリとも動かず・・・最悪の事態を予想させる。


「橙黄!!!」


声は・・・届かない。


紅緋と黄蘗は、あまりに哀れなその光景に顔を背けた。


“対”を失いかけている魔物の悲鳴は胸を抉った。


「・・・放してやってくれ。」


紅緋は、アッシュとタンに頼んだ。


「魔王さまの居城なら、俺が捜す。だからそいつを放してやってくれ。」


黄蘗は弾かれたように顔を上げ、自分の対を見詰めたが・・・非難する声は上げなかった。紅緋の気持ちも・・・そして蘇芳の気持ちもよくわかる。自分が蘇芳の立場に立たされたらと考えれば・・・何も言えなかった。


「そんな悠長なこと言ってられないのよぉ。」


なのに返ってきた母の言葉の非情さに思わず声を荒げた!


「お前たちは!!知らないんだ!“対”を失うのがどんなことか!!どれほど辛いか!!!・・・放してやれ!せめて、最期の時くらい触れさせてやれ!!」


黄蘗の怒声に母はビクともしない。

冷たい目で見返した。


「知っているわよ。・・・失えない存在を失う苦しみくらい。どこかのバカのおかげで・・・嫌と言うほどね。アッシュとタンだってわかっているわぁ。彼らは魔物なのよ。貴方と同じ。」


黄蘗は驚いて目の前の女と蘇芳を掴まえている魔法使いと剣士を見た。


(魔物・・・?)


言われれば納得する。

彼らの力の強さは人間とは思えぬほどのものだった。


「ならば!」


わかるのなら、どうして放してやらないのだと黄蘗は詰る。


だが、母は厳しかった。


「大体貴方が言うのは、ずうずうしいのよねぇ。自分がこの国にした事を思い出してごらんなさい。魔物は傷ついて可哀想で、人間だったらかまわないなんて、どうすればそんな愚かで、ずうずうしい考えが持てるのぉ?」


黄蘗は・・・黙り込んだ。


正直に言えば母の非難はピンとこない。

自分たちと人間を同列に考えることなど、できない。

彼は・・・徹頭徹尾魔物なのだ。

ただ、ここで反論してはだめだと言う雰囲気は感じられた。


母は大きくため息をつく。


蘇芳は変わらず泣き叫んでいた。


「・・・ジェイド、どうしてこの魔物は、こんなにボロボロになったの?」


母の疑問に、王は自分の所為ではないと弁明した。


「傷の大半は自滅だよ。危険な程の至近距離から障壁に繰り返し攻撃していたからね。できるだけ吸収してやったのだけれど、やっぱりいくらかは反射するだろう?・・・残りは同士討ち。他の魔物が障壁を狙った攻撃の余波をくらっていたね。危険だからどけと忠告を受けたのに彼は聞かなかった。不眠不休で狂ったように続けて・・・攻撃する魔力が切れた後は、体当たりを初めて・・・最後は殴って引っ掻いていた。手が一番酷いだろう?」


確かに橙黄の手は血まみれで変形し・・・爪が全て剥がれて落ちていた。


母は眉を顰める。


「ここまできては、もう治癒魔法も効かないわよねぇ。」


・・・そのとおりだった。


蘇芳は橙黄の姿を見た瞬間から治癒魔法をかけていたのだ。

治癒魔法は封じられていない・・・なのに、橙黄の様子は変わらなかった。

どんな小さな傷も塞がらず、体力も回復しない。


・・・それは、既にその体が手遅れなのだという証だった。

どんなに治癒しても無駄な体に魔法は効力を発しない。


橙黄は・・・息を引き取る寸前だった。


「・・・橙、黄・・・」


蘇芳の目から涙がボロボロと零れ落ちる。


「俺より・・・先に、逝く・・・な・」


自分は耐えられないと、あんなに言っていたのに、なんで置いて逝くんだと蘇芳は慟哭する。

力が抜け、アッシュとタンに持ち上げられている格好で、蘇芳は、ただただ、泣いていた。




「・・・ブラッドったら、本当に“運がいい”のねぇ。」




呆れたような母の言葉は、その悲惨な場面にのんびりと響いた。


「!?・・・運が、いい?」


呆然と蘇芳が呟く。


あんまりなセリフに紅緋と黄蘗は驚き固まった。


「貴様!!」


懲りもせず黄蘗が母に怒りをぶつけ、竜王に頭を抑えつけられる。


母は、だってそうでしょう?と平然と言った。


「この世界に落ちた時、一番最初に美咲に見つけてもらったでしょう?もし美咲じゃなくて王さまだったら、即その場で殺されていたはずだわぁ。あの時も、もの凄く運のいい子だと思ったけれど・・・今回は格別よねぇ?」


“対”が死にかかっているこの状況のどこに運の良い要素があるのか?


蘇芳はギリギリと怒りをこめて母を睨み付けた。


母は優しく笑う。



白く小さな手が伸ばされて・・・その手の先に・・・赤いひよこもどきがとまった。



「死に逝くものを止められるのは、“不死鳥”だけだわぁ。・・・貴方は、自分の“対”を蘇らせることができる手段に手が届くのよ。・・・なんて運のいい子なのかしら。」



蘇芳は、目の前の赤い鳥を凝視した!


小さな小さな赤い鳥。


そういえば神獣だと・・・フェニックスだと言っていた。


(・・・本当に?)


息が止まるかと思う。

実際呼吸が苦しい。

叫び過ぎた喉が枯れ、腫れ上がった所為なのか・・・それとも、絶望の果てに見せられた希望に高鳴る心臓が強く打ち過ぎている所為なのか?


「・・・生き返る?」


「そうよぉ。死ぬ前に復活させることも可能だわぁ。・・・ぴーちゃんならね。」


母の手の上で赤い小鳥は何だか偉そうに胸を張る。


「橙黄は・・・死なない?」


「そうだと言っているでしょう。」


しつこい子ねと母は口を尖らせる。


蘇芳は信じられなかった。


信じられずに、縋った!


「頼む!・・・橙黄を!!橙黄を助けてくれ!!」


母はニコリと笑う。




「・・・魔王の居城は、どこ?」




母の言葉は無情に響いた。


「!!」


蘇芳は凍りついた。


「あ・・・」


橙黄を助けたい。


自分の“対”を失いたくない。


しかし・・・自分たちの王は絶対で。


「あっ・・・あ・・・」


言葉が・・・声が・・・凍りつく。


母は宥めるように笑った。

それはそれは・・・美しい、全てを虜にする笑みだった。



「良い子ね。話してしまいなさい。貴方が教えてくれれば・・・美咲を助けに行けるわ。美咲を助けたら、みんなで御馳走を食べましょう。・・・橙黄も一緒に。きっと楽しいわ。“マレ”のシチューを作ってあげる。」



蘇芳は・・・情けない事に唾をゴクリとのんだ。


「シディと、橙黄と・・・マレのシチューを?」


「プリンもつけるわよ。」


夢のような母の言葉に、心がグラグラと揺れる。


「橙黄を助けたいのでしょう?大丈夫よ。魔王は強いわ。貴方が居城の場所を教えたくらい、どうということもないわ。」


母の甘言に・・・蘇芳は苦く笑った。


「あんた、無茶苦茶だ。・・・橙黄と、シディと・・・食べ物を一緒にするだなんて。」


「でも、どれも大好きでしょう?好きなものは多ければ多いほど良いのよぉ。・・・さぁ、貴方の“対”を助けなさい。美咲も助けてみんなで幸せになるの。良いでしょう?」



・・・蘇芳は、頷いた。



橙黄を、自分の“対”を失いかけて疲弊した魔物にとって、母の言葉は抗いがたいほど魅力的で・・・甘かった。


「・・・居城に案内する。」


制止の声を上げようとした黄蘗を紅緋が止める。

睨みあった魔物は・・・結局声をのみこむ。

・・・対の命を諦めろと言える魔物はいなかった。


母は手を伸ばすと、優しく蘇芳の涙に濡れた頬をぬぐった。


「良い子ね。・・・貴方と貴方の“対”の名は、なぁに?」


一瞬口ごもった後、蘇芳は口を開く。



「俺は、“蘇芳”。あいつは、“橙黄”だ。」



魔物の真名は呼び名と同じだ。


自らの強大な力を複雑な形で持つ魔物は、真名を知られても支配されることはない。


その名を自ら差し出さない限りは・・・


例外として“対”が“対”の名を差し出す場合も同じ効果を持つ。



蘇芳は、自分と橙黄の名を母に差し出したのだ。



「“蘇芳”、“橙黄”。・・・喜びなさい。貴方たちの名前を受け取ってあげる。貴方たちは私のモノよ。」



蘇芳は知らない。


自分がどれほどの幸運に恵まれたのかを。


竜王が、光と闇の精霊王が・・・何よりアッシュとタンが面白くなさそうに眉を顰める。


確かに蘇芳の運は・・・とてつもなく良かった。

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