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平定 33

「魔王の居城はどこぉ?」


母の質問に、竜王に抑え付けられ膝立ちにさせられた黄蘗(キハダ)は、屈せず睨みつけてきた。


「お前たちは何者だ!?」


母は呆れたように、ため息をついた。


「見てわからないのぉ?」


黄蘗は悔しそうに唇を噛みしめた。

もちろん、竜王や精霊王はわかる。一目瞭然の存在感だ。

わからないのは人間だと思い込んでいた魔法使いと剣士。


そして目の前の女だ!


コチニール側の人間は王妃を初めとして皆気を失って倒れている。それどころかセルリアン側の騎士たちもそのほとんどが気絶していた。


当たり前だ。


あの自分の存在を根底から根こそぎ奪われる感覚を味わって正気を保っていられるはずがない。


・・・それが、人間ならば。


魔物である自分でさえ耐えきれなかったのだ。


・・・何より、その感覚に喜びを覚えることに!


黄蘗は・・・黄蘗の力は、奪われることを喜んでいた。

・・・いや、正確には奪われるのではない。

“還れる”ことに嬉々としていたのだ。

待ち望んでいた迎えが来たかのように、黄蘗の力は黄蘗から離れた。

離れて還ろうとした・・・この女の元へ!!


(・・・何者なんだ!?)


半ば予感めいた恐れを抱きながら、黄蘗はそれでも目の前の女を睨みつけた。


・・・殴り倒されるまでは。


タンが、素手で黄蘗の頬を張る!

バシッ!!という小気味良い音をたてて当たった手は黄蘗の頭がグワングワンと鳴るような強い衝撃を与え、黄蘗を床にくずおれさせた。


(!?・・・何で、素手でここまで?)


床に額をつけながら朦朧とする頭で考える。


「生意気な目で見るな!」


「ダメよぉ。・・・それじゃまるっきり悪党だわぁ。」


おっとりと言われる言葉にカイトがキレた。


「何をのんびりしているんだ!今この間にもシディは苦しんでいるかもしれないんだぞ!!とっとと拷問でも何でもして場所を吐かせてくれ!!」


・・・正気に戻ったカイトは、半狂乱のようだった。

直ぐにでも飛び出して行きそうなカイトを竜王が抑えていた。4大精霊王たちも似たような状況だったが同じく光と闇の精霊王に抑えられていた。


焦る彼らに母は言う。


「気持ちはとってもよくわかるわぁ。でもね、私が我慢しているのだから、貴方たちも我慢するのよ。・・・我慢できない子は捨てて行くわ。そうねぇ、100年くらい眠ってみる?目覚めたときには全て終わっているわよぉ。」


母の目は・・・本気だった。


「俺は、我慢する!我慢するから俺を連れて行け!!」


怒鳴ったのはバーミリオンだった。


人間のバーミリオンが気絶しないですんだのは、魔物の紅緋(ベニヒ)が途中までダメージのほとんどを受けてくれたおかげだった。

同じ体に力があれば、より強い力の方が先に奪われる。不幸中の幸いと言えただろう。


・・・バーミリオンは、悲壮な覚悟で立っていた。


自分が・・・魔物に憑かれていた事は、強いショックをバーミリオンに与えた。

知らないで済む問題ではない。

自分は何時どこで美咲を害するかもしれない存在を体に宿していたのだ。

その事実に心底震える。


しかもその魔物のしたことで、回り回って美咲は魔王に攫われてしまった。


母はそれほど気にする必要はないとバーミリオンに言った。むしろあそこでバーミリオンに憑いていた魔物が行動しなければ、もう1人の魔物がさっさと美咲を攫ってしまったかもしれない。

少なくとも、母はバーミリオンの中に魔物の存在を感じていたし、その結果バーミリオンの持つ危険性も承知していたのだと話してくれた。


「気にしなくて良いのよぉ。貴方の所為じゃないわ。美咲だって私が“お薦めしない”って言ったのにぃバーンが好きになったんだから。」


“恋”ってそんなものよねと母は言い、バーミリオンの同行を認めてくれた。


カイトたちは、ただの人間を連れて行くことに難色を示したが、母はそれを言うのなら自分だってただの人間だと言った。


「人間の1人も守れないような者は、美咲には必要ないのよぉ。」


と言ってカイトたちを黙らせた。


魔王の居城は人間世界の外にある。


人間にとっては普通に存在することすら困難な世界だ。

そこで母とバーミリオンを守って戦えと命じる母に頷く以外の道は、カイトたちに残っていなかった。



世界の外にある魔王の居城は魔物以外のモノには巧妙に隠されて存在する。

その場所は決して明かされない秘中の秘だ。


それを話せと迫る母に黄蘗は頑なに口を閉じる。


「いやあねぇ。あんまり手荒な事はしたくないのに。・・・力尽くで口を割らせられるのが好きなの?」


母の言葉に竜王が応じるように力を体に漲らせる。


「止めろ!!」


叫んだのは・・・紅緋だった。


「俺たちは4年前から此処に居る!今の居城の場所など知らない!!」


「紅緋!!」


黄蘗は口を挟んだ対の魔物を止める。


例えそれが“知らない”という情報だったとしても敵には渡さない方が良い。

“知らない”という事を知らない敵は、自分から情報を引き出すという無駄なことに時間を費やすからだ。


案の定母は、知らないなら仕方ないわねと次の方法をさぐり始める。


黄蘗からの抗議の視線を受けながら、紅緋はしかし無駄な抵抗をする気はまったくなかった。


紅緋は・・・バーミリオンの中に居た。

母の・・・異常さはよくわかっていた。

しかも先ほどの力の流出。

苦しみながら、紅緋は母と王の会話の欠片を拾っていた。


「ジェイド」と呼び「シャル」と呼ばれる・・・存在。

竜王と光と闇の精霊王、神獣火の鳥が仕える者。


紅緋は、信じられないと思いながら母の正体をほぼ正確に見抜いていた。


抵抗などできるとは思えない。

抵抗していい存在ではないはずだ。


「“今の”と言うことはぁ、居城は定期的に移動するのね?」


「・・・そうだ。少なくとも1年に1回は移動する。俺たちも戻る際は適当な奴を捕まえて今の場所を聞いてから戻るつもりだった。」


「紅緋!」


黄蘗の抗議に目線で諦めろと促す。

黄蘗は自分の”対”のその態度を訝しく思いながらも黙った。


考え込んでいた母は、その視線を未だに体を丸めて縮こまっているブラッドに移した。

一番新しい情報を持っているのはこの魔物のはずだ。


「たっちゃん、ブラッドの記憶を戻して。」


「いいのか?」


「この子に聞くのが一番手っ取り早いでしょう?」


竜王は、それもそうかと頷いて・・・魔物の記憶を解放した。


ブラッドが急に頭を抱えて唸る。


「ぐっ!・・・うぅ。」


唸りながら顔を上げ、赤黒い瞳をこれ以上ないほどに見開く。


・・・封じられた記憶を急に戻されて、ブラッドは・・・蘇芳(スオウ)の頭はガンガンと痛んだ。


(俺は・・・)


自分が人間世界に狙いどおり入ったものの気を失い、その間に記憶と力を奪われたのだと知る。


(・・・畜生!!)


自分の犯した失敗が信じられない!


みすみす捕まり良いように利用されただなんて!


母に言わせれば、利用どころか面倒を見て上げたのだと言うだろうが、蘇芳はそうは思わないだろう。


咄嗟に攻撃しようとして・・・何一つ力が出せないことに気づく。当然だ。記憶は戻されたものの力は奪われたままなのだ。


・・・逃げようとして・・・アッシュとタンに両腕を捕まえられた。


「放せ!」


「貴方が素直に魔王の居城の場所を教えてくれたらねぇ。・・・さっさと話しなさい。」


蘇芳は口を引き結んで下を向く。

絶対話すものかと決意した。


母は困ったように笑った。


「美咲を助けたくないのぉ?・・・記憶を失った貴方に向けた美咲の善意は本物なのよぉ。」


美咲と言われて、蘇芳は体を震わす。

自分が記憶を失っていた間に縋った・・・少女。

心の底から暖かい感情が溢れ出て来る。


(・・・シディ・・・助けたい!)


だが・・・自分たちの王を裏切るわけにはいかなかった。

魔物にとって魔王は絶対なのだ。

体が2つに引き裂かれそうな葛藤に唇を噛んで・・・耐える。


その蘇芳の様子に・・・母は、仕方ないわねと肩を竦めた。


「・・・魔物を確実に追い詰めるのは、やっぱり“対”を脅かすのが一番なのかしら?紅緋だって黄蘗を虐められたくなかったから進んで話したのでしょう?」


魔物2人は互いに視線を交わして黙り込んだ。

確認するまでもないことだった。


そして・・・母に、“紅緋”と“黄蘗”と名を呼ばれ・・・2人の魔物の中に言葉に表現できないような不思議な感覚が生まれる。


戸惑う2人を他所に、母は考えこんだ。


やがて・・・


「ジェイド。」


母は腕輪に話しかける。


黄蘗と蘇芳は、その”名”に驚き、目を瞠った。


「うん、なんだい?」


「障壁を一時解除できる?・・・その間の守りは竜にさせるから。」


腕輪からバリトンボイスの笑い声が漏れた。


「外でへばり付いているあの“魔物”を入れて上げるのかい?」


「あぁ・・・やっぱり居るのね?」


「そうだよ。そこの魔物がこの世界に落ちてから、ずっとね。狂ったように障壁を攻撃して・・・最近はその力も無くしたようだね。障壁をガリガリと引っ掻いていた。・・・まだ生きているかな?」


「!?・・・橙黄(トウコウ)!」


聞かされた自分の”対”と思われる魔物の情報に、蘇芳は悲痛な叫びを上げる。


橙黄なら、そうするかもしれない。


「たっちゃん、障壁を解除するから竜を外に出して、この世界に攻撃をしかけている魔物をやっつけてちょうだい。・・・光輝、虚空、貴方たちはそれと同時に、この世界に落ちてくるだろう橙黄という魔物を拾ってきて。」


「俺が外に行く!」


カイトが怒鳴った。

外で魔物を叩く機会があるのなら、それを逃したくなかった。

美咲を攫われた鬱憤を思う存分払いたい!


「ならば、スレートとネールを付けよう。1人残さず叩き潰せ。この世界に傷一つ付けるな。」


コクリと頷くとカイトの姿がその場から消えた。


竜王がゆっくり手を上げる。


「何時でも良い。」


光輝と虚空の姿もスッと消えていった。


「ジェイド。」


「ああ。」




・・・王宮の中は、何の変化もなかった。


世界の外の攻防は・・・此処にどんな変化も起こさない。


ただ、竜王が酷く楽しそうに笑った。


光輝と虚空が、ボロボロの塊を抱えてきたのは、然程時間の経たない後だった。



「!?・・・橙黄!!!」



蘇芳の、喉が張り裂けるような叫び声が響く!


彼の対の魔物は・・・元々の色もわからなくなるほどに傷つき汚れ・・・死にかけていた。

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