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勉強 4

そして3日目。


肩にポポを乗せた美咲は入って来た母を見る。

母のふわふわの栗色の髪の中から赤いクジャクの羽がはみ出ていた。ぴーちゃんは、母の髪の中を自分の住処に決めてしまったようだった。


「お勉強は進んでるぅ?」


お茶の用意をしながらの母の言葉に美咲はぐぅっとおかしな声を出して椅子に沈み込む。


「姫君はたいへん覚えが早くていらっしゃいます。」


美しい笑みでアッシュが答える。

母は嬉しそうにみんなにお茶とパウンドケーキを配ると自分もカップを持って美咲の隣に座った。


「召喚魔法も覚えられましたし、もう大丈夫でしょう。勉強はエクリュに任せて明日私は次の目的地である竜の谷に一足先に向かいたいと思います。」


パウンドケーキを一口食べ美味しいと感想をもらしてからアッシュがおもむろに告げた。


「竜の谷?」


「はい。そこで姫君には竜の召喚を行っていただきます。」


美咲も母もびっくり顔で目を瞬いた。そうしているとやはり親子でリアクションがそっくりだ。

アッシュもタンもエクリュも思わず笑顔になる。


「竜って竜!?」


「まぁぁ!危険じゃないの?」


「大丈夫です。竜の谷の竜は人間の魂に惹かれ人間と契約を結ぶためにこの国に住む竜です。魔法陣での召喚も不要。谷に赴きお互いに気にいった竜と人間との間で名前を交わすだけで良いのです。」


アッシュは説明する。


竜にとって人間の魂とは人間にとっての宝石のようなものなのだそうだ。

美しい輝きに惹かれて傍にいたくなる。

かつて竜は人間を自分の傍に置き好き勝手に連れ回していたのだそうだが(竜曰く)軟弱な人間はこの国から離れれば数年も経たないうちに死んでしまう事に気がついた。

せっかく手に入れた宝石があっという間になくなってしまってはつまらない。

仕方なく宝石を欲しい竜は自らこの国に住むことを選択した。

そしてどうせ傍にいるのだからと暇つぶしに人の仕事を手伝ったり人を運んだりしているのだそうだ。


「王都へ行くには竜に騎乗して行く必要があります。短い距離ならば竜は2人乗りができるのですが王都までの長い行程を考えれば自分だけの竜の召喚は必要不可欠なことです。」


ということは、竜と契約してその竜に乗って空を飛ぶのだろうか?


(うっわぁ!何そのファンタジー!)


美咲のテンションが上がる!


「えぇ〜・・・じゃあ、私も竜をつかまえてそれに乗るのぉ?何か竜って固そうでヌルヌルしていそうで嫌だわぁ。」


その上がったテンションをあっという間に下げてくれるのが母だ。


美咲はがっくりと肩を下げる。


「大丈夫ですよママ。竜は固くもヌルヌルもしていません。筋肉質で毛もかためではありますが騎乗して痛かったり冷たかったりはしません。・・・それにママは無理に竜を召喚する必要はありません。私とタンとで交替でお乗せしますよ。」


タンが黙って頷いて肯定する。


「姫様は竜の谷までは僕がお乗せします。谷までなら2刻もあれば着きますから2人乗りでも平気なんです。」


1刻はだいたい1時間くらいだ。


可愛く言ってくるエクリュの姿に心が温かくなる。


それにしても美咲には竜の召喚が必要不可欠で母には無理に必要はないって何なの?と美咲は思う。

美咲の視線は母の髪からのぞく赤いクジャクの羽に止まった。


(絶対、ぴーちゃんの所為だ・・・)


美咲は確信する。


実はぴーちゃんは昨日召喚されてからずっと母の傍から離れないのだ。召喚された魔獣は一様に召喚主に懐くものの、ここまで懐くのは珍しいとアッシュは言った。

事実ポポも美咲に懐いているものの勉強の邪魔だからと言えばちゃんと離れて待っていることができる。それなのにぴーちゃんは母の髪の中にもぐったきり決して離れようとしない。

それどころか母の傍に近づくタンやアッシュを威嚇する始末だった。


「雛だからママを親だと思っちゃったのかしら?」


確か刷り込みとかいうのじゃなかっただろうか?雛鳥が最初に見たモノを親と思い込みついて歩く現象だ。

何はともあれこのぴーちゃんの行動にアッシュとタンは辟易とした。

母の傍にこれ以上母に執着しそうな存在を近づけたくないのだろう。


今も何気なく母の空になったティーカップにおかわりのお茶を注ごうとして近づいたタンに対して、髪から顔を出したぴーちゃんは毛を逆立て嘴を突き出した。


「!熱っ。」


タンが慌てて手を引っ込める。


「?熱い・・・?」


アッシュが不審そうな声を出した。


「ああ。今この鳥の嘴から小さな火が出た。」


赤くなった指先をタンは皆に見せる。



「火?」



皆の視線が一斉にぴーちゃんに向かう。


ぴーちゃんはこそこそと母の髪に隠れた。


「火を吐く鳥だとしたら・・・ぴーちゃんは火の鳥かもしれませんね。」


自ら話す内容を信じられない様にアッシュが呟く。


「火の鳥!?」


美咲は驚きの声を上げた。


「はい。火の鳥・・・別名不死鳥。フェニックスです。色も赤いですし・・・火を吐く赤い鳥などそうそういません。・・・死と生を司る神獣です。」


神獣・・・とエクリュがゴクンとつばを飲む。


(この真っ赤なヒヨコが?)


美咲は信じられない。

しかも神獣なんてめちゃくちゃレベルが高いのではないのだろうか?

いくら雛とはいえ初めて召喚魔法を使った母が召喚できるモノなのか?



シンとその場が静まりかえる。



息も止まるようなその雰囲気の中、のんびりとした母の声が響き渡った。


「えぇ〜?!なぁにぃ、その役立たず。」


(!?・・・役立たず?)


皆一斉に母を見る。


母は頬を膨らませていた。


「ぴーちゃんったらそんなに使えない子だったの?もぉう!がっかりだわぁ。」


やっぱり捨てちゃおうかしらと母は言う。

美咲は焦った。


「マ、ママ・・・フェニックスが役立たずって?」


「そうよぉ。当然じゃない。だって不死鳥って死んだモノを蘇らせてくれる鳥なんでしょう?」


「そうです。神の力を持つ神獣です。」


アッシュが力強く肯定する。

アッシュや他の者たちは神獣を役立たず認定する母を信じられないように見つめていた。


「ママは死んだりする予定はないわよ。王都に行くのだって、そんな死ぬような危険な目にあったりはしないのでしょう?」


そう言ったわよねと母はアッシュに念を押す。


「モチロンです。」


慌ててアッシュは答えた。


「だったら生き返る能力なんて、全然必要ないモノでしょう?・・・もう、ぴーちゃんったら、そんなフェニックスなんていう使えない神獣だったのぉ?」


母は自分の髪の中からぴーちゃんを引っ張り出しパタパタ動く小さな羽の下に両手を入れ自分の目の前に持ってきた。


ジトッとぴーちゃんを睨む。


ぴーちゃんはプルプル震えながら首を一生懸命横に振る。


「違うのぉ?」


小さな首がコクコクと頷く。


母は、なら良いわとぴーちゃんを放した。

ぴーちゃんは小さな羽で母の手に縋りつく。

クジャクの尻尾が情けなさそうにダランと垂れて哀れを誘った。


「役立たずの神獣なんかじゃなくてぇ、ポポちゃんみたいな皆の役に立つ子になりなさい!ポポちゃんは救急箱の代わりぐらいにはなれるのよぉ!あなたはまだ雛なんだからぁ、頑張ればできるはずよ!いいわね?」


微妙な褒め方をされてポポが美咲の肩の上で動きを止める。


(救急箱って・・・それに、雛だからって他の種族の鳥にはなれないでしょう?)


美咲は心の中だけで盛大にツッこんだ。口に出す元気は無い。


「ぴーちゃん、火は吐けるのぉ?」


母がやってみなさいと言うと、ぴーちゃんはポッと嘴から小さな火を吐いた。

母はう〜んと考え込む。


「マッチかライターの代わりくらいにはなれるかなぁ?・・・まぁ良いわぁ。今すぐ捨てるのはぁ止めてあげる。ちゃんと毎日頑張るのよぉ。」


ポポを救急箱。ぴーちゃんをマッチかライター認定して母は飲み終わったお茶を片付け始める。

慌ててタンが手伝った。


美咲はそんな母を呆然と見詰める。


(ママって・・・)


ひょっとしたらどんな神獣より母の方が珍獣なのかもしれないと美咲は思った。





その夜美咲はなかなか寝付けなかった。


ベッドの上でごろんごろんと寝返りを打つ。

美咲が寝返りを打つたびに、美咲の足元に丸くなるポポがコロンコロンと転がっていた。


(神獣・・・)


美咲の脳裏には昨日母が偶然のように召喚した場面が繰り返し再現されていた。


(ママは・・・)


もう何度目かもわからない寝返りを打った時、隣のベッドで寝ていたはずの母がムクリと起き上がった。


「眠れないのぉ?」


のんびりとした、しかし美咲を心配する優しい声。


「うん・・・ゴメン。」


「ゴメンじゃないでしょう。」


母は呆れたように言うと起き上がり、美咲のベッドに来た。

母の髪からは相変わらずぴーちゃんの尻尾がのぞいている。

寝ている時まで離れないなんて何て鳥だと思ってしまう。


母は枕元に腰掛けると美咲の頭に手をあてた。そのままそっと髪をなでる。


「どうしたの?」


今頃怖くなった?と優しく聞いてくる。


美咲は両手で顔を隠した。

今の自分の顔を母に見られたくなかった。



「ママ・・・」



「うん?」




「私・・・本当に“運命の姫君”なのかな?」




母の手は変わらず美咲の髪を撫でる。


「そうでなければママは嬉しいんだけれど・・・何でそんな風に思うの?」


「だって!・・・私・・・頑張って、やっとポポを召喚できて・・・でも、ママは簡単にぴーちゃんを呼べて・・・ぴーちゃん神獣かもしれないって。神獣なんてアッシュでも召喚できないって言ってたわ。」


そうなのだ。あの後また勉強に戻った時アッシュに神獣の話を聞いたのだ。

神獣はこの世界でも高位の存在で人間の世界には伝説でしか伝わらない至高の生き物なのだそうだ。もちろん神獣が召喚されたなんて記録はどこにもない。だからこそぴーちゃんが神獣かどうかもわからないのだが、そうかもしれないという生き物を召喚できただけでも母の評価は上がっていた。


アッシュの母を語る見えない瞳には隠しようも無い熱がこもっていた。


「魔法には適性があるのでしょう?」


母は静かに髪を撫で続ける。


「・・・でも、アッシュだってタンだって、私よりママが好きだわ。私、“運命の姫君”だなんて言われても、みんな私よりママが好きで・・・本当は召喚されたのはママかもしれない!・・・私は、ただママの召喚に巻き込まれただけで・・・。」


それは、母がぴーちゃんを召喚してからずっと頭にこびりついた疑惑だった。


憧れの異世界トリップの主人公が自分ではないかもしれないという疑惑はかなり美咲を追い詰めていた。気づかないふりをして平気そうにしてきていたが、ぴーちゃんが神獣かもしれないとわかって、もうダメだった。


重苦しい気持ちがのど元にまでせり上がってきて泣き出しそうな美咲の耳に、母の「え〜っ?!」と言った実に嫌そうな声が聞こえた。


「ママ、年下趣味は無いんだけど。」


「ママ!!」


美咲は怒鳴る。


自分がこんなに真剣に悩んでいるのになんて事をいうのだろう!


母はゴメンゴメンと謝った。

美咲の頭をいささか乱暴にわしゃわしゃと撫でる。


「召喚されたのは美咲よぉ。・・・本当はぁ、美咲に怒られそうだから言わないでおこうと思ったんだけどぉ・・・」


怒らないでよと言って母は美咲にとんでもない話を打ち明けた。


そもそもの始まりのあの日、母はトラックを避けてガードレールをブチ破ってからも意識があったのだそうだ。


「美咲ったらぁ、直ぐ気絶しちゃったけど、ママは意識はしっかりしてて、海に落ちたらドアが開かなくなるかもしれないからと思ってぇ、車脱出用ハンマーを握ったのよぉ。」


車脱出用ハンマーは、フロントガラスを破れるだけじゃなくて、エアバッグも破れるし、シートベルトだって切れるのよぉと母は何だかわからない自慢をする。


美咲はびっくりして顔の上から手をどけた。

まじまじと母を見詰めてしまう。


あの事故の中でそんな冷静な判断をしていたのかと驚く。


見直したぁ?と母はいたずらっぽく美咲に笑いかける。


「準備万端でぇ、少しでも美咲を庇おうと思ってぇ、美咲を見たら美咲ったら光ってたのよぉ!」


ママびっくりしちゃったわぁとのんびりとした口調で言う。


本当にびっくりしたのか問いただしたい。


「慌てて美咲にしがみついたらぁ、声が聞こえたのぉ。もの凄ぉい魅惑のバリトンボイスだったわぁ。」


どこかうっとりとした母の様子に、そういえば母は低音の声に弱かったなと思い出す。それと同時にアッシュの声はバリトンという程低くないからアッシュの声ではないのだろうと思う。


(その声って・・・)


「ママにね、美咲を離せって言うのよぉ。」


母は不満そうに口をとがらせた。


“私が召喚するのはこの少女です。貴女の安全は保証します。手を離してください。”


そう声は言ったそうだ。


「絶対、嫌っ!!ってママ答えたわ。」


握り拳付きのセリフに美咲は脱力する。


当たり前でしょうと言って、母は自分がどんなに美咲を愛しているかを並べ立て始める。


「絶対離すもんかってしがみついていたら、“仕方ありませんね。”って声が言って、ママの体も光り始めて・・・気がついたらあの石壁の陰気な部屋にいたのよぉ。」



美咲はあまりの真実に愕然とした。



どうりで最初の時の母の声がどこかのんびりして聞こえたはずだ。

その後も何も知らないようなふりをして美咲やアッシュたちを騙していたのか。


「だってぇ、ホントの事を話したら、美咲は絶対怒るでしょう?・・・ママは美咲の傍に居たいだけなのにぃ。」


当たり前だと美咲は思う。

来なくて良い選択肢があったのならどうしてわざわざ危険かもしれない事に巻き込まれたのか?!

不気味に光っている娘などさっさと手を離せば良かったのだ。


そう思いながらも美咲は母が絶対手を離さないだろうことはわかっていた。

反対の立場なら美咲だって手を離さない。

美咲と母は母子2人っきりなのだ。

なんだかんだ言っても互いの存在をかけがえのないものだと思っている。


「・・・ママのバカ!」


美咲は再び顔を隠し、呟いた。


美咲は召喚直後から母の存在を疎ましく思い、母が自分よりモテたり召喚魔法が上手くいったりしたら拗ねて僻んで勝手に落ち込んでいたのだ。


・・・母がどんな覚悟で自分と一緒に居てくれているのかなんて考えもしなかった。


「美咲ぃ、怒らないでよ。」


母は言いながら、美咲の髪を撫で続ける。


美咲の顔を隠した手の下で、涙が滲んだ。




そのまま美咲が寝入るまで、母は髪を撫でるのを止めなかった。

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