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保護者同伴”異世界トリップ”  作者: 九重


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平定 29

寝室に入って来た正妃は、美咲の足元のポポの姿にビクッと体を震わすが、それでも気丈に背筋をピンと伸ばすと美咲に挨拶をした。


「夜分遅く申し訳ありません。運命の姫君さま。お会いいただき感謝いたします。」


美咲も背筋を伸ばした。


「私もお会いできて嬉しいです。」


しっかり目を見て笑いかける。


正妃ローシェンナは軽く目を瞠った。

“運命の姫君”といわれるこの少女は、バルコニーでの初対面の時は黙って頷くのみでほとんど話さなかった。硬い表情でグレンに手をかけていた姿は高慢そうにさえ見えた。唯一もう一人の女性にかけた声だけが歳相応の子供っぽさを覗かせていたが、それも一瞬のことだけだ。


そんな少女が泣いていたと妹のローズから報告を受けた時はとても信じられなかったのだが・・・


(本当だったのね。)


ようやく信じられた。


妹は、自分がグレンによろけて抱きついてしまったのを誤解されたようだと言っていた。

グレンが血相を変えて後を追って行ったのだが誤解が解けなかったらどうしようと悩んで姉に相談にきたのだ。


「あんなグレンさま・・・初めて見ました。」


ローズは悩みながらも、ほう〜っと息を吐きながら微笑んだ。

本当にグレンさまは、あの姫君をお慕いしているのですねと感慨深そうに話す。


ローシェンナは・・・複雑だった。


グレンが“運命の姫君”を花嫁として迎えコチニールの次代の王となることは、いまや全国民の願いとなっている。“運命の姫君”は2人いるのだから、1人をコチニールに迎えても良いはずだと、国の中枢にいる貴族たちでさえそう思っている。


しかし彼女は、事はそんなに簡単に上手く行くとは思っていなかった。

“運命の姫君”が2人いるのだとすれば、そこにはやはり理由があるはずだ。どちらか1人がいらないなどというはずがない。


それに、王太子に憑いたモノは、本当の“運命の姫君”がどちらなのかを探り出せと言っていた。

本物は1人なのだ。

あのモノの言う事が間違っているなどとは思えない。


そして本物は、年齢的に言えばこちらの少女の可能性が高い。


・・・グレンがこの少女を本気で好きなのだとすれば・・・グレンの恋は叶わない。

“運命の姫君”は、セルリアン王の伴侶なのだから・・・


物思いに耽っていたローシェンナは、目の前の少女が椅子に座るように促しているのに気づく。


「大丈夫ですか?随分お疲れのようですね。どうぞ座ってください。」


心底こちらを気遣うような心配そうな表情に、ますますバルコニーでの印象は薄れた。

ここにいるのは、優しい目をした年相応の少女だ。


「ありがとうございます。」


少女の言葉に甘えて、ローシェンナは腰をおろす。

正直に言えば、度重なる心労で心も体もクタクタだった。

本来であれば、セルリアンの運命の姫君の前でそんな弱さを見せる事などしてはならないはずなのだが・・・目の前の少女は、そんなローシェンナの頑なな心を溶かす何かを持っていた。


座ったローシェンナにホッとしたように少女も向かい合わせの席に座る。

神獣白帝が少女の足元に蹲り、小さな青い竜が少女の膝に乗った。

そうしていると少女は近寄り難い神聖な存在に見える。


しかしローシェンナを見詰める黒い瞳は暖かかった。


「昼間は妹が失礼をしたそうで・・・申し訳ありませんでした。何か誤解を与えたのではないかと心配しております。」


その瞳に力を得て、ローシェンナは口を開く。


・・・言われて美咲は頬を朱に染めた。


バーミリオンが浮気したと思い込んで、泣いて逃げ出してしまったのだ。

今思い返してみれば・・・かなり恥ずかしい真似をしてしまった。


「いいえ、いいんです。こちらこそすみません。早とちりしてしまって・・・」


赤くなって俯く少女を純粋に可愛いとローシェンナは思う。思わず口元に笑みが浮かんだ。


「では、グレンは誤解を解けたのですね。」


ホッとして言うと少女は何かを思い出したのだろう。ますます赤くなって狼狽えた。

本当に、可愛らしい少女だ。グレンが愛するのもよくわかる。


この少女が“運命の姫君”でなければ良いのにと願ってしまう。


そうすれば、グレンの想いは叶う。


この少女も、ローズの話が本当なのならグレンを好きなはずだ。


グレンとローズの姿を見て泣き出してしまうということは、そういうことだろう。


「運命の姫君さま、貴女は・・・グレンをお気にかけていただいているのですか?」


ローシェンナは、思わずそう問いかけてしまっていた。


少女は驚いたように顔を上げ・・・やがて真っ赤になってコクンと小さく頷く。

初々しいその様子は愛らしかった。


その様子を好ましく思えば思うほど先ほどの思いが強くなる。


彼女は本当に運命の姫君なのか?


(・・・違うと言って欲しい。)


「貴女は“運命の姫君”。セルリアン王の伴侶になられるのでしょう?」


気付いた時にはストレートに口に出してしまっていた。

・・・こんなつもりではなかった。

もっといろいろ会話を交わして、心を打ち解けさせてから、さりげなく探る予定だったのに・・・


少女の雰囲気には、そんなローシェンナの思惑を無くしてしまうような純粋さがあった。


しかし、彼女の問いに少女はみるみる顔を強張らせて黙り込んだ。


(?・・・これはどういうこと?)


否定なのか?肯定なのか?


まさか本当に運命の姫君ではないのか?


(それとも単に警戒しているだけ?)


ローシェンナは迷う。


つい今しがたまで赤くなって狼狽えていた可愛い表情が、困ったように顰められて固くなるのが残念だった。


・・・警戒されて当たり前だとも思うのだ。


なのに落胆は抑えきれず・・・ローシェンナはこれ以上話しても何も聞き出せないと感じた。


「不躾な質問をしてしまい申し訳ありません。お気を損ねられたご様子、今回はこれで失礼いたしますね。」


早々に辞去しようと決意して、退室する旨を伝える。


「え?」


少女はびっくりして慌てた。

そんな様子も可愛らしい。


来る前にいろいろ考えていた話題を無駄にしてしまったと自嘲しながら、ローシェンナは、つい言わずにおこうとした言葉を口にしてしまった。


「こちらが招いておきながら勝手とは思いますが・・・貴女が運命の姫君であったとしてもそうでなかったとしても・・・どうかグレンを連れて一刻も早くセルリアンにお帰り下さい。」


少女は弾かれたように顔を上げた。


食い入るように見詰めてくるその瞳から逃げるように視線を反らす。


(私は・・・)


内心の動揺を隠し、逃げるように辞去の挨拶をして立ち上がる。

ローシェンナはドア口へ向かった。


その後ろ姿に・・・美咲は声をかけた。


「待ってください!あの・・・その・・・」


美咲は何を言って良いかわからなかった。


ただ、正妃の最後の言葉を聞いて呼び止めなければと思ったのだ。


運命の姫君に関する問いに美咲は答えられなかった。

そのことで怒らせてしまったのかと思ったが正妃は・・・グレンを、バーミリオンを連れて早く帰れと言ってきた。


(この人は、やっぱりバーンを想っている。)


母の言っていたように、我が子を想うお義母さんなのだと思った。


(バーンが此処に居れば・・・)


そう思いながら、バーミリオンが此処に居れば必ず言っただろうことが思い浮かんで気づいた時には叫んでいた。


「国王さまをアッシュに見させてください!」


美咲の言葉に驚いたように正妃は振り返った。


「お願いします!アッシュは強い魔法使いです!必ず国王さまを元気にしてくれます!バーンも・・・グレン王子もそれを望んでいました!どうか!正妃さま!!」




正妃は目を瞠り・・・やがて唇を歪めて笑った。


まるで泣き顔のような笑顔だった。


「・・・貴女は、私の質問にお答えいただけませんでした。」


「!・・・それは!」


「そんな方のお言葉を・・・どうして信じられましょう?」


美咲は唇を噛んだ。

言われてみればそのとおりだ。信頼のない相手にどうして大切な国王を託す事ができるだろう?


・・・しかし、母と約束したのだ。運命の姫君についてどんな情報もあたえないと。


「それは・・・でも・・・」


正妃は丁寧に一礼した。


「お心遣いに感謝します。“運命の姫君”さま。お休みのところをお邪魔しました。」


丁寧ではあっても、どこか冷えた言葉に美咲の心は怯える。


「明日、皆さまの歓迎の晩餐会を開きます。ご出席いただけますか?」


つい先ほど、一刻も早くこの国を去れと言ったのと同じ人から言われる言葉は、美咲を戸惑わせた。


「・・・はい。」


「ありがとうございます。では、また明日お会いいたしましょう。お時間を割いていただきありがとうございました。」


もう一度礼をすると、今度こそ正妃は出て行った。


美咲は呆然とその後ろ姿を見詰める。


国王をアッシュに見せるように説得することができなかった。


(ううん。何もできなかった・・・)


どうしようもない無力感が美咲を襲う。

しかしその無力感の中で・・・ひとつの思いが美咲の胸に固まる。


正妃を・・・助けたい。あの、精一杯背筋を伸ばしたバーミリオンの義母を助けたかった。


(・・・必ず、助ける!)


美咲は静かに決意する。



コチニール王宮の夜は静かに更けていった。



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