平定 27
・・・セルリアン王の守りは、完璧だった。
(クソッ!!)
何て無駄にでかい力なんだと悪態をつきたくなる。支配するわけでも何でもない。ただ名前を呼ぶだけの事になんてハードルをつけるのだと思う。
体中がギシギシと締め付けられ、頭をガンガン殴られているかのような痛みが体中をかけめぐる。
気を失わないように握りしめた拳の中で、爪が掌の皮膚を破って血が流れるのを感じた。
その痛みが痛みと認識されないような圧倒的な苦痛にバーミリオンは呻いた。
「?!・・・バーン!!」
“美咲”と呼ばれて、美咲は振り返った。
自分の、本当の名前。
しかし、その名には王の守りがついていて、こちらの世界の者が呼べば強い苦痛に襲われるはずだ。
そんな名を呼ばれた事を信じられずに振り向けば、そこには苦痛に顔を歪めて蹲るバーミリオンの姿があった。
「!?・・・どうして!・・・バーン!大丈夫?!」
慌てて駆け寄る美咲に、バーミリオンは尚も名前を呼んだ。
「美・・っ咲・・・っっく!」
「!!止めて!バーン!!死んじゃうわ!!」
苦痛に耐えるバーミリオンの肩に美咲は手をかける。
その手をバーミリオンが必死に掴んだ。
自分を掴んだ手が血まみれな事に美咲は息をのむ!
「バーン!!」
「・・・大・丈夫だ。・・・やっと、俺を見てくれた・・・これで・・話が、できる。」
弱々しくバーミリオンは笑う。
歪んだ笑みが痛々しかった。
「・・・バーン。」
「こんな痛み、何でもない。・・・お前の涙に比べれば・・・もっと酷くてもかまわないくらいだ。」
「バーン。」
「聞いてくれ。・・・誤解なんだ。彼女は違う。・・・彼女は、父の妾妃だ。自分の姉である正妃の心配をして俺を頼ってきた。・・・決してやましい関係じゃない!」
必死に訴える言葉に、美咲は・・・泣きながら頷いた。
本当は、そんな場合じゃない。早く出血の手当てをしなければと思うのに・・・バーミリオンの言葉が嬉しかった。
酷い痛みを負ってまで自分に届けてくれた言葉が・・・素直に信じられる。
「不用意な行動で、お前を苦しめてしまった。・・・すまない。」
美咲は首を横に振る。
ポロポロと涙は止まらなかったが、今度の涙は嬉し涙だった。
「俺にはお前だけだ・・・お前を愛している、美・・・」
「ダメ!」
美咲は再び自分の名を呼ぼうとしたバーミリオンを慌てて制した。
“美”と言っただけで、顔を顰め、額に脂汗を浮かせたバーミリオンを必死で止める。
「ダメよ、バーン。本当に死んじゃうわ。信じるから。・・・バーンを信じるわ!だから・・・」
「美っ!!」
「ダメだと、言ったでしょう!」
信じて貰えたことを喜んで、懲りもせずに名を呼ぼうとするバーミリオンを美咲は怒る。
その黒い瞳に自分の姿が映る事にバーミリオンは無上の喜びを感じた。
あんなに傷つけた自分を心から案じてくれる優しい少女。
彼女を取り戻すためなら、どれほどの痛みでも耐えられた。
側近くで心配そうに自分を覗き込む小さな顔。
その赤い唇にバーミリオンの目は吸いつけられて・・・未だ残る痛みに悩まされながらもクスリと笑った。
それは・・・何か仕様もない事を思いついた者の浮かべる笑みだった。
美咲に信じてもらえて、無事に誤解が解けた安心感から心に余裕が生まれたのだ。
「バーン?」
こんな状況の中で、バーミリオンは笑う。
とてつもなく甘い雰囲気が、その笑みに宿る。
「呼びたい・・・お前の名を。」
艶を帯びた声が・・・うっとりと囁いた。
「ダメよ!」
「どんなに苦しくともかまわない。呼ばせてくれ・・・」
「絶対ダメ!」
強く制止する美咲をバーミリオンは見詰める。
その眼が懇願を帯びて・・・
「・・・では、俺の口を塞いでくれ。」
深緑の瞳は、熱を持って美咲の黒い瞳を覗き込んだ。
「塞いで?・・・」
きょとんと美咲はバーミリオンを見詰め返す。
(塞ぐって・・・?)
「お前の口で、俺の口を塞いでくれ。」
甘く、甘く言われた言葉の意味が美咲に伝わって・・・美咲の顔は、ボンッと火を噴いた!
「なっ・・なっ!・・・なっ!」
「美!!・・・」
バーミリオンの顔が蒼ざめる。
「ダメだって言ったでしょう!」
「ならば・・・」
痛みの中にあるのに・・・蕩けるようなバーミリオンの顔が、美咲に迫ってくる。
至近距離に大好きな人の顔があって・・・
(そんな!・・・でも!これ以上名前を呼んだら・・・バーン!!)
美咲は・・・つくづくお人好しなのだ。
好きで苦しんでいるような奴は、勝手に苦しませておけばよいものを・・・
バーミリオンの口が、再び名を呼ぶように開かれる・・・
(!!・・・ダメ!!!)
そんな男を苦しめたくない一心で、美咲はぶつかるように、自分の口をバーミリオンの口に当てた!
ドン!と当たって、サッと離れる。
色気もムードもない、美咲からバーミリオンへの初めてのキス。
(・・・うわっ・・・最低。)
美咲は羞恥に固まる。
なのに、バーミリオンは至福の中にあるように、うっとりと吐息をこぼした。
美咲はカーッ!と熱くなる。
「バ、バーン!・・・早く戻りましょう!き、傷の手当てを・・しなきゃっぁあっつ!!」
狼狽え、焦ったように美咲の話した言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
感極まったようにバーミリオンが美咲を強く抱き締めて、次の瞬間にはお返しの口づけを落としてきたのだ!
(!・・・)
美咲のキスとは段違いの上手いキスが返される。
優しく触れて、甘く吸い上げられて、しっとりと重なる。
「ふぁっ・・・」
一度離れて、熱の籠った瞳で見詰められて・・・もう一度唇を塞がれる。
上唇と下唇を順番に舐めて・・・しっかりと覆われる。
「あ・・・あ・・・」
何度も何度もキスを繰り返される。
美咲は・・・頭が沸騰しそうだった。
既にもう、何がどうしてこうなったのかもわからない。
ただただ、愛する人からのキスに翻弄される。
・・・誤解が解けて、おまけに美咲からのキスまで手に入れて、この上なく幸せに酔って・・・バーミリオンは美咲を抱き締める。
繰り返されるキスは・・・魔物を捜していたはずのブラッドが自慢の鼻で美咲の居場所を嗅ぎ付けるまで続いた。
涙で、目と頬と・・・何故か唇まで赤く腫らした美咲と共に戻ったバーミリオンが、どんな目にあったのかは・・・語るにしのびない。
ただ、再び最高級の客室に、
「ママったら!やりすぎよ!!」
と、母に向かって怒鳴りつける美咲の声が響いた。




