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平定 26

バーミリオンは美咲が向かったと思われる方向へ必死に走る。


急いで誤解を解かなければならないという思いもあるが、それ以上にこの王宮で1人になるなど危険だった。


(魔物に襲われたらどうするつもりだ?!)


焦燥感にかられながら、フッと頭の片隅が冷静に戻る。

母がそんな危険な状況に美咲を置くはずがない。

考えて・・・


「サラ!ディーネ!誰でもいい!シディはどこだ?!」


空に向かって怒鳴った。


・・・少しの間を置き、嫌そうに火の精霊王サラが現れる。


「俺たちを呼び捨てにするな。」


「そんなことはどうでもいい!シディのところに案内しろ!」


「人間風情が・・・」


苦々しくサラは吐き捨てる。


しかし、この男は自分たちの主が気にかける男だ。

甚だしく不満ながらサラはバーミリオンを案内するかのように空を滑り移動を始める。

バーミリオンはその後を追った。


バーミリオンが予想したとおりサラたち4大精霊王は母に言われて美咲を常に守護していた。言われなくてもしていると言ったサラたちに、当然でしょうと母は返す。


「その程度のこと言われなくともできるようでなければ、美咲と契約させたりしないわよぉ。」


最近の子って言われたことしかしないのよねぇと母は不満そうにくどいた。

それなら何故念を押すようなことを言うのだと聞いたら、ただ守護するだけではダメだと言われた。


「貴方たちはぁ美咲の行動や美咲に近づく者を邪魔しちゃいけないのよぉ。」


サラたちは、目を瞠った。


美咲の行動はともかく美咲に近づく者を牽制しないでどうやって守れというのだろうか?


「貴方たちが手を出すのは美咲が本当に危なくなった時だけ。それまでは美咲にも相手にも好きにさせなさい。くれぐれもタイミングを間違えないでねぇ。美咲に傷一つ付けたりしたら絶対許さないわよぉ。」


地獄の底まで呪われそうな声に4大精霊王の背筋に寒気が走る。

元女神の呪いなど絶対ごめんだった。


母の言葉に従って美咲を守る彼らは、美咲の元に行きたいバーミリオンを遮ることはできない。

ましてや今の美咲には多分この男が必要なのだ。


人の心に強く惹かれる精霊ゆえに今の美咲の強い感情はサラたちに直接響く。


美咲の心は・・・泣きながらバーミリオンを求めていた。


今の美咲を癒やせるのはこの男だけなのだ。


「さっさと来い。」


苦虫を噛み潰したような顔でサラはバーミリオンを案内した。





サラが指し示した先は客室棟の更に奥、城を訪れた貴人たちが寛げるようにと用意されたラウンジの一角に設けられた個室だった。


ラウンジにはコチニール最高の芸術家たちの作品が品良く配置され、書棚に美しい装丁の内容も充実した書物が並んでいる。賓客たちはここで談笑しながら絵画や美術品を眺めても良いし、気に入った本を選んで個室でゆっくり読むことも可能なように配置されているのだ。


その1室に美咲は籠もったのだろう。


とりあえず外部からの敵が入り込めぬ場所を美咲が選んだことにバーミリオンは安心する。

偶然なのか、それとも混乱し感情が昂ぶってはいても周囲の迷惑にならぬように配慮した結果なのかはわからないが、できれば後者であって欲しいと願う。


そうであれば少しは落ち着いて話を聞いてもらえるかもしれない。


意を決してバーミリオンはサラの示した部屋に入った。


・・・そこは、ラウンジ内の個室とは言え、日本の狭い家屋に慣れた美咲から見れば十分な広さのある(多分8畳間くらいだろう)部屋だった。中央に座り心地の良い大きなソファーと小さな机が置かれ、部屋の奥には手入れされた観葉植物が緑を茂らせている。壁に掛けられている風景画はバーミリオンも好きな作家の傑作だが今の彼にはそれに目をくれる心の余裕はなかった。


ソファーで顔を伏せていた美咲が、誰かの入ってくる音で慌てて顔を上げる。


黒い瞳が濡れていて、頬に涙の痕が痛々しく残っている。

白い頬が赤くなり、こんな時であってもバーミリオンの心をときめかせる。


バーミリオンの姿を認めた美咲の瞳に怯えて傷ついた光が浮かぶ。


その美咲の様子にバーミリオンの心が痛んだ。


「・・・シディ。」


「イヤ!来ないで!!」


美咲は叫ぶ。


・・・美咲は、混乱していた。


頭の中には先ほど見た信じられない光景が焼き付いている。

バーミリオンの腕の中にいた、とても美しい女性。

たおやかで女らしくて・・・美男美女でバーミリオンと、もの凄くお似合いだった。


美咲には、そう思えた。


心が重くなって、息苦しくなってしまう。

真っ黒な嫌な気持ちが喉元まで迫り上がってきて・・・


(イヤ!!こんな醜い私、バーンに見られたくない!!)


顔だって涙でぐちゃぐちゃになっているはずだ。


(元々たいして可愛くないのに・・・)


泣き濡れてはいても美しかったバーミリオンの腕に抱かれていた女性を思い出す。


美咲は自分の顔を隠すように両腕で覆ってソファーに突っ伏した。


「シディ・・・」


「来ないで!!」


美咲の涙は・・・止まらなかった。


「シディ、話を聞いてくれ。」


バーミリオンは、悲痛な様子で泣きくれる美咲を前にジレンマに陥っていた。

本当は直ぐに駆け寄って抱き締めたい!

だが美咲は来るなと叫ぶ。

どうしようもなく立ち尽くし、ともかく話を聞いてもらって誤解を解こうと言葉をかけるのだが・・・


美咲は嫌々をするように首を振り、顔を伏せてしまう。


「違うんだ!彼女はそんな相手ではない!」


「イヤ!聞きたくない!お願い、出ていって!!」


「シディ・・・」



バーミリオンは・・・自分の言葉が美咲に届いていないと感じた。



美咲は全てを拒否し、心を塞いでいる。


自分の言葉を聞いて欲しい!


自分の声を美咲の心に届けなければとバーミリオンは思う。


・・・そうでなければ、愛する女性を失ってしまう!


その事にバーミリオンは心底ぞっとした。


美咲を失うなど・・・考えられない。


(・・・どうすれば・・・届く?)


なんとしても話を聞いてもらわなければならない・・・そのためには?


バーミリオンは数歩美咲に近づいた。

手を伸ばせば触れられる・・・でも、このまま抱き締めても、きっと声は届かない。


「シディ。」


美咲は首を振る。



バーミリオンは唇を噛みしめて・・・覚悟を決めた。



「・・・美咲っ!・グッッ!!!」



名前を呼んだ途端に襲う、想像を絶する苦痛!!


バーミリオンは堪えきれず、その場にガクリと膝をついた。

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