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平定 25

時は少し遡る。


バーミリオンは、何としても、もう一度義母と会って父王をアッシュに見てもらう許しを得たいと部屋を出てきていた。


母も美咲も休んでいる。

バーミリオンも休めと言われたが考えれば考えるほど思考はグルグルと回り、最終的にブラッドの叫んだあの言葉にたどり着く。


「俺は、状態異常の魔法なんか使えないんだよ!!」とブラッドは言った。


父王は誰かに魔法を使って病気の状態にさせられている?

ブラッドの言ったのはそういう事だった。

それではどんなに治癒魔法をかけても・・・無駄だ。最初の魔法を解かない限り治癒する端から、また病気の状態に戻る。

・・・治らないはずだった。


そもそもの魔法の解除が必要なのだ。


そして解除には最初にかけた魔法以上の力が必要とされる。

解除を行う魔法使いは強ければ強いほど良いはずだ。アッシュ以上に強い魔法使いなどコチニールにはいなかった。


グレンが頼んだところで義母が頷いてくれる可能性は、ほとんどない。


美咲の母から自分は命を狙われたのではなく魔物の手から逃してもらったのかもしれないという話しを聞いて・・・バーミリオンは一縷の望みを抱いて王宮に戻ってきた。


しかし、期待に反し義母の態度は・・・冷たかった。


招いた手前ぎりぎり礼儀は保っていたが、何故帰ってきたのだという怒りの雰囲気がひしひしと感じられた。


先刻も、自分は部外者だと、はっきり言われた。


余計な口出しをするなとも。




それは、酷くバーミリオンを傷つけた。




・・・それでも、父王を助ける手段があるのなら黙ってなどいられない!


どれほど自身の心が傷ついても、もう一度義母を説得するのだという強い決意を胸にバーミリオンは歩いていた。





その彼を・・・小さな声が呼び止めた。


「グレンさま。」


静かでやわらかい響きを持つ声にバーミリオンは振り返る。


広い廊下の片隅に人目を避けるようにひっそりと女性が立っている。

咲き誇るバラの花のような鮮やかな明るい赤色の豊かな髪と、憂いを帯びたバラ色の瞳をした美しい貴婦人。


「・・・ローズさま?」


バーミリオンは驚いて見返す。


彼女は、父王の3番目の妃。正妃の年の離れた妹であり第3王子の母である女性だった。

その血筋と美貌により国王の妾妃に彼女が選ばれたのは17歳の時。

23歳で第3王子を産み現在27歳。


その名のとおり豪奢なバラの花のような美しさを未だに持つ女性は・・・憔悴しきって、男であれば誰もが手を差し伸べずにいられないような儚い風情をたたえていた。


「・・・グレンさま。どうか、お姉さまを・・・私たちをお助けください。」


バラ色の瞳からホロホロと涙がこぼれ落ちる。


「ローズさま?!」


「お姉さまは、本当は優しいお方です。お姉さまがあのように振る舞うのは何か理由があるのです。私には、お姉さまの心の悲鳴が聞こえる。・・・どうか、グレンさま。」


グレンの方へふらふらと歩いて来たローズは、耐えきれないようにグレンの目の前でグラリと体勢を崩した。


慌ててグレンはローズを支える。


腕の中の女性は、涙に濡れた目でグレンを見上げた。


「お姉さまは4年前グレンさまが居なくなられた後も、グレンさまのお部屋をそのままで残しておられます。」


「!!」


グレンは驚いてローズの顔を覗き込んだ。


「部屋を・・・」


それは思ってもいなかった事実だった。

自分の部屋をそのまま残してくれている正妃の心の内を思う。


「時々その部屋に入っては、静かに俯いていらっしゃいます。・・・お姉さまは、グレンさまのご無事を祈っておられるのです。」


言われた内容はバーミリオンの心に響いた。


感極まったバーミリオンがローズを抱き締めたのは・・・仕方のないことだっただろう。






ただ・・・間の悪い事に、そこに美咲とカイトが来合わせた。


美咲は・・・想像したとおり、いや想像以上の美女と抱き合うバーミリオンの姿に衝撃を受ける。


「あいつ・・・」


カイトが喉の奥から物騒な唸り声を上げる。


そのまま飛び出しそうなカイトの腕を美咲は掴んだ。


「シディ!」


カイトが自分を止めた美咲を呼ぶ声が、バーミリオンに届く。


「シディ?カイト?」


部屋で休んでいたはずの2人の姿に訝しそうに声をかけたバーミリオンは、美咲が蒼白になってこちらを凝視している姿を驚いて見返す。


美咲の黒い瞳がみるみる潤んで涙が盛り上がり零れる様子に目を奪われる。


(何だ?・・・!!)


そう思った次の瞬間、己の姿に思い至った。


人目を避けるかのように廊下の片隅で、父王の妃とはいえ、まだまだ若い女性と思いっきり至近距離で寄り添っている自分。

しかも、バーミリオンの手は先ほどの義母が自分を思ってくれているという感動に興奮して、ローズの腰にしっかり回っている。

一方ローズもよろけた自分の体を支えるためにバーミリオンの逞しい胸に体を寄せている。白くほっそりとした手が男の腕に掴って・・・



どこからどう見ても、抱き合っている男女にしか見えない・・・



「シディ!違う、これは!!」


焦って声を上げるバーミリオンは・・・浮気現場を妻に見つかった夫にしか見えなかった。


美咲は首をフルフルと横に振る。

噛みしめられた唇が赤く色づいて震え・・・


ワッ!と顔を覆うと、美咲はその場から逃げ出した!


「!!・・・シディ!」


バーミリオンは、慌ててローズを突き放すと、シディを追おうとする。


「お前!!」


そのバーミリオンにカイトが迫った。


「シディがいながら、なんて真似を!!」


今すぐ殴り倒そうとするカイトをバーミリオンは慌てて制する。


「誤解だ!!彼女は違う!・・・彼女は妾妃!父の妃だ!!」


「お前!自分の父親の女に手を出しているのか!?」


ますます酷い誤解をするカイトに頭を抱える。


「違うと言っている!!俺と彼女はそんな仲じゃない!!彼女がよろけて支えただけだ!!」


「とてもそうは見えない!」


「事実だ!!」


バーミリオンは焦っていた。

とにかく一刻も早く美咲を追いかけて誤解を解かなければならない!


「信じられない!」


「お前に信じてもらう必要はない!!ともかく放せ!!」


バーミリオンは腕を掴んで引き留めるカイトの手を振り払おうとするのだが、竜の力は強かった。


「シディを泣かすな!!」


「泣かしたくない!!だから追いかけるんだ!この手を放せ!」


バーミリオンとカイトは睨み合った。


「放せ!!」


焦ってバーミリオンが怒鳴る。

顔を紅潮させ、爛々と光る深緑の目がカイトを睨みつける。


その瞳に本気で美咲を想う光を認めて・・・カイトは腕の力を緩めた。


「・・・シディを大切にしろ。」


「当たり前だ!!」


カイトの腕を乱暴に振り払い、バーミリオンは美咲が駆け去った方へ一目散に駆けていく。


それを見送って・・・カイトは大きくため息をついた。


絶好の機会を見逃した気がする。

今バーミリオンを出し抜いて美咲を捕まえ自分の結界に閉じ込めて、傷ついた心を優しく慰めて抱き締めれば・・・美咲の心が手に入るかもしれない。


焦がれて止まぬ美しい魂。


それを手に入れる千載一遇のチャンスだったのに・・・


それでも、カイトは美咲に苦しんで欲しくなかった。


バーミリオンの事が誤解なのはすぐにわかった。

というよりあの男が美咲以外に心を向けていないことなど美咲以外の者にとっては周知の事実なのだ。

例え目の前でどんな場面が繰り広げられていようとも疑う余地など、どこにもない。


だからこそ、見当違いのことで美咲が苦しむなど我慢できない。

例え美咲の心が手に入るのだとしても、美咲が苦しんだ結果であるなら、そんなものはいらなかった。


(俺って・・・竜、失格。)


どんな生き物より独占欲が強く、気に入ったモノを巣に連れ込んで誰にも見せず触れさせず、肌身離さぬのが竜だ。

その常識からすれば、相手が苦しむからと自分以外の者に大切な相手を託すなどもっての外の所業だ。


それでも・・・何よりも美咲が大切なのだから仕方がない。


(・・・それに、どうせあと何十年かの辛抱だ。)


カイトは美咲が見たらびっくりするような酷薄な笑みを浮かべた。


バーミリオンは人間だ。どう見積もっても後100年は生きない。

美咲だってもちろん人間なのだが・・・


(シディは、俺が死なせない。)


カイトは竜だ。竜の中でも特に力の強い王族だ。自分の伴侶と決めた者に自らと同じ寿命を与えることなど造作もないことだ。


美咲自身がそれを望むかとか、一番の障害になりそうな母がどう出るかとか、問題は山ほどありそうだが、とりあえずカイトに焦る必要はない。



焦りまくっていたバーミリオンの姿が思い浮かんでカイトは、一頻り悪そうな笑いを漏らした。



(せいぜい、焦るといい。焦ってどんなに頑張っても、まだ美咲を悲しませるようなら・・・その時は容赦しない。)


廊下の片隅に呆けたように立ち尽くす絶世の美女をカイトはちらりと見る。

何の興味も惹かなかった。


そのまま踵を返し部屋に戻る。


(とりあえず、親父とママに報告するか。)


バーミリオンが聞けば真っ青になって止めてくれと叫ぶような事をカイトは思った。



・・・竜とは、とても”人が悪い”生き物なのだ。

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