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勉強 3

「?何で!」


「最初から上手く行く人はいませんよ。」


アッシュは苦笑する。


翻訳魔法と遮蔽の魔法が簡単だったから(この世界に来て1日目の説明を受けてすぐに覚えてしまった。)これも直ぐにできると思い込んでいたが、やはり世の中そうそう甘くないらしい。


何度も何度も繰り返し・・・失敗した。


母は最初こそ頑張ってぇと力の抜けるような応援をしていたが、やがて飽きたのか食事の用意をするわねぇと席を外した。

すっかり母の腰巾着のようになっているタンもお供しますと母に着いて行く。

タンは美咲の守護役の剣士のはずなのだがこの城の中では守護は不要と言って(アッシュの張った結界が丸ごと城を覆っているのだそうだ。)大方の時間を母の傍で過ごしていた。母も力持ちで思いのほか器用なタンは使い勝手が良いとそれを許している。

当然アッシュは不満そうで、見えない目で恨みがましくタンを見送った。


しかしそれとは関係なくアッシュは美咲にはあくまで優しく根気強く召喚魔法を教える。

エクリュの応援も受けて美咲も頑張るのだがなかなかうまくいかなかった。


そのうち母が昼食よぉと言いながらオムライスをタンに運ばせて戻って来る。


ふわトロの卵の上にケチャップ(のように見えるもの)で“Don’t give up!”と書いてハートで囲ってあった。


「・・・ママ。」


がっくり力が抜けた。

ニコニコ自分を見詰める母にとりあえずハートマークは止めてとお願いする。母はせっかく心を込めて書いたのにと何だかがっかりしたがアッシュやタン、エクリュまでもが美味しいと褒めたのですっかり機嫌を直し、夕食もオムライスにするわねと笑って言った。

正直どうでも良い美咲は確かに美味しい母のオムライスをたいらげて再び召喚魔法の勉強を始める。


頑張り屋さんなのよねぇと母は少し嬉しそうに言った。


頑張らざるを得ないだろう。この魔法を使えなければ、楽しいはずの異世界トリップが先に進まないのだ。

美形の王様は魅力的だしエクリュも可愛いが、きっと王都への旅の途中には他の逆ハー要員が待っているに違いない!

タンとアッシュはうっかり母に持って行かれてしまったがもうこんなヘマはしない。

そのためにも力を付けて旅立たなければ!


そして最後は王様ゲットよ!


美咲は必死に頑張った。


そんな美咲をのんびり応援したり、飽きてタンにもたれかかって昼寝をしたりしていた母が(見えないはずのアッシュはその様子をキッと睨み付ける。なんでわかるのかとエクリュに小声で聞いた美咲は、アッシュ様ですから。という理由にならない返事に首を傾げるはめになった。)今度は夕食のために席を外した後・・・しばらくした頃ようやく美咲の努力は実った。


今までで一番正確に書けた魔法陣の中心が美咲の魂の輝きを受けて微かに光る。


(来て!)


美咲は一心に祈った。


光が強くなり、ポン!!という音が弾ける。


魔法陣のあった空中に真っ白いフェネックの子供のような獣が現れた。


慌てて伸ばした美咲の両手の上にストンとその獣が落ちる。


ズン!と体重が手にかかった。


(案外、重い。)


両手掌の上の獣と目を合わせる。


「捕えて真名を受け取ってください!」


アッシュの声が聞こえる。


あまりに可愛い白い獣に、思わずイメージで作った赤いリボンを首につけてあげた。


獣の赤い目から一つの名前が美咲の脳裏に流れてくる。


(・・・ノヴァール・・・)


それがその獣の名だと直ぐにわかった。


その名を、首に結んだ赤いリボンに見えない糸で刻む。


召喚が成功した瞬間だった!!


「・・・やった。」


アッシュが深く頷いてくれる。


「真名は口に出してはいけません。呼び名をつけてあげてください。」


小さな獣は呼び名を持っていないのだそうだ。

美咲は考えて、タンポポの綿毛のようなふかふかの白い毛並みから“ポポ”と名前を付けてあげた。


「よろしくね。ポポ。」


純粋に喜びが心の奥底から湧き上がってくる。


アッシュの説明によれば、ポポはノルボと呼ばれる小型の魔獣の一種で大きな魔力は無いが小さな傷やヤケドなんかを舐めて治す力を持つ結構使い勝手の良い魔獣だそうだ。


「初めてでノルボを召喚できるなど素晴らしいですね。」


流石姫君ですとアッシュが褒めてくれる。普通はもっと小さな昆虫みたいな魔獣が多いらしい。


嬉しくてポポを両手に持ったままクルクルとその場で回る。


そこに母が戻って来た。

今度は自分でオムライスの乗ったお盆をひとつ持っている。

美咲の抱えていたポポを見て目を丸くして驚いた。


「!まぁ、可愛い!美咲ったら成功したのぉ?」


「うん!凄いでしょう?」


「凄いわぁ。可愛いわねぇ。ママも欲しいなぁ。」


母がそう言った途端だった。


母の持っていたオムライスが光を放つ。


「えっ?」


オムライスの卵の上にはケチャップ(のように見えるもの)で召喚魔法の魔法陣が描かれていた。


ポン!!と音がする。


オムライスの中に真っ赤な何かがベチャッと突っ込んだ。


突き出されたお尻と思われる場所からクジャクの羽を小さくしたような赤い羽根が数本突き出ている。


「やぁ〜ん!美咲に作ったオムライスがぁ!」


(何で私のオムライスに魔法陣の模様を描くのよ!?)


そういえば母は昔からオムライスの上の模様は美咲が今一番夢中になっているものを描くのが常だった。


情けない声を上げた母の右手がその生き物の尾羽をグッと掴み、オムライスの中から引っ張り上げる。卵とケチャップ(のように見えるもの)にまみれた、ヒヨコを少し大きくしたような(ただし赤いヒヨコだ)ポテッとした鳥が母の手の先にぶら下がっていた。


「この馬鹿鳥!捕まえて焼き鳥よ!」


何故か母の横に虫取り網のイメージが現れその鳥を捕まえるのが見える。

母は(イメージの中の)網の上部を持ってその鳥を睨み付けた。


「真名を受け取ってください!」


アッシュが叫ぶ。


母はえっ?と怪訝そうな顔をして呟いた。


「?・・・なぁに・・・フォィ・・・」


「真名は口に出してはいけません!呼び名をつけてあげてください!」


先ほど美咲に言った台詞と同じ台詞をアッシュは叫ぶ。


(えっ?えっ?それって?)


母は、え〜っ?!と嫌そうに言った。


「どうして、私が?」


「召喚された魔獣は呼び名を付けて支配しないと周囲を攻撃するのです!急いで!!」


(召喚!?)


母は尚も嫌そうにしながら仕方なさそうに羽をジタバタしている鳥に向かって言葉をかける。


「静かにしなさい!ぴーちゃん!!」


ピタリと鳥の動きが止まる。

虫取り網のイメージがポンと消えた。

鳥は必死で、いやがる母の手に縋るように掴まる。


「ぴーちゃんって・・・」


呆然としながら美咲は呟く。ヒヨコのような生き物の名前にぴーちゃんは安直すぎるだろう。


「あぁ、もう!オムライスが台無し!どっから迷い込んできたのよ!ダメな子ね!」


めっ!と鳥を叱りつける母に美咲は脱力した。


これはもしかして、もしかしなくても、あれだろうか?


「ママってば、召喚しちゃったの?」


「・・・そのようですね。」


やはり呆然とアッシュが頷く。


オムライスの上の魔法陣と、ポポを見てママも欲しいなぁと言った言葉。


「ママの魂の輝きが少し外に漏れています。」


アッシュの言葉に母は、厨房で火を使ったらなんとなく暑くて服を1枚脱いだのだと言った。イメージの中の服も一緒に1枚脱いでしまったのだろう。


とどめは、“捕まえて焼き鳥よ!”という意思だろう。


召喚魔法の条件を全て整えてしまっていた。


だからと言って!


「私が1日がかりであんなに苦労して覚えたモノを!!」


偶然に出来てしまうなんて反則だ!と思う。


「・・・魔法には適性があります。ママの適性が召喚魔法に向いているのでしょうね。」


疲れたようなアッシュの言葉に不合理なモノを感じる。


(私の努力を返してよ!!)


しかも母ときたらせっかく召喚できた魔鳥を(そう、とてもそうは見えなかったがそれは魔鳥だった。アッシュも見た事の無い種族だと言った。獣と違って空を自由に移動する鳥はあまり召喚できないのだそうだ。)必要ないからと捨てようとするのだ。


「どうせならポポちゃんみたいな可愛い子が良いわ。飛べそうもない“ヒヨコもどき”は役に立ちそうにないし。」


「ママったら!なんて酷い事を言うの!捨てたりしたら軽蔑するから!!」


怒る美咲は八つ当たりが半分だ。


いくら適性があるからと言って自分があんなに苦労してできたものを偶然みたいにできて、しかもいらないから捨てるなど許されるはずもなかった。


母は美咲がそう言うのならと、渋々ながらその鳥を受け入れる事にした。


なんだかぐったりとした2日目はそんな風に過ぎたのだった。

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