平定 23
「ママったら!やりすぎよ!!」
美咲は母に向かって怒鳴りつけていた。
「え〜っ?!美咲ったらぁ。ママ格好良くなかったぁ?偉そうに見えるように頑張ったのよぉ。」
いつもの母が不満そうに口を尖らせる。
滞在用にと与えられた美咲たちの部屋は・・・豪華絢爛だった。
こんな部屋、居心地が悪くて最低だと美咲は思った。
広すぎるほど広い部屋は身の置き所がないし、もの凄く高級そうな調度品と家具の数々には身が竦んでしまう。
敷かれている絨毯はグンッと足が沈むようで染みひとつない。本当に歩いていいものかどうか、足が竦んだ。
揺れるカーテンもテーブルクロスも美し過ぎて触れることもできない。
壁にかかっている美術品も、何もわからない美咲が見ても凄いモノだと一目でわかるものばかりだ。
「他国の王族をもてなす、城で最高の部屋だ。」
美咲の不満に申し訳なさそうにバーミリオンは説明する。
「バーンは悪くないわ!みんなママの所為よ!」
あれだけ脅したのだ当たり前だと美咲は思う。
正妃も王太子も他の貴族たちも、あの後まるで腫れ物に触るように美咲たちに接してきた。
掌を返したようなその姿にバーミリオンも複雑な表情を浮かべる。
「いくらなんでも頑張りすぎでしょう!これじゃお話も何も聞けないじゃない!」
母はきょとんとした。
「お話を聞くのぉ?」
当然でしょう!と美咲は叫ぶ。
4年前、何故急に正妃の態度が変わったのか?
王さまの具合はどうなっているのか?
王宮の今の状況は?
・・・そして、本当に魔物がいるのかどうか?
総てこれから探ろうと思っていたのに、こうまで距離をとられては、本題どころかその前の会話のきっかけさえ掴めない。
「ママったら!どうするつもりなの!?」
「まあぁ!美咲ったら、いろいろ考えているのねぇ。」
母は感心したように息を吐く。
プリプリ怒る美咲を、ニコニコと笑って見詰める。
「美咲が一生懸命で、可愛くて、とっても嬉しいわぁ。・・・でもね、美咲、私たちがぁ動く必要なんてないのよぉ。」
「え?」
「そんなことをしなくても、向こうが放っておくはずないわぁ。・・・これほど力のある存在を黙って見ていることなんてぇ、できないのよぉ。」
・・・確かにそうかもしれない。
例えば自分の家の中に虎かライオンが居て、それが自分に向かってこないからと言って無視できるだろうか?
(絶対ムリだわ。)
美咲は確信した。
それと同時に、自分が虎かライオンなのだと思うとちょっぴり落ち込む。
(・・・超危険人物?)
普通の女子高生なのに・・・と、こうなってしまった事態でも思う美咲は認識が甘いと言わざるを得ないだろう。
少なくとも、バーミリオンやエクリュがその思いを知ったなら呆れかえるに違いない。
竜王子や4大精霊王と契約して、神獣白帝を従える人物が“普通”のはずがない。
虎かライオンの方がずっと危険がなかった。
・・・そして、その美咲より更に危険人物な母は、のんびりと高級ソファーに寛いでいた。
「どう出てくるか、お手並み拝見よねぇ。」
自分の母親ながら、どんなドラマの悪役より黒く見えると美咲は思わざるをえなかった。
「ムリよ!どうしたって敵うはずがないわ!」
王宮内の別室で正妃は声を震わせていた。
「・・・落ち着きなよ。」
「どうすれば落ち着けるの?!あんな化け物みたいな軍団!!・・・いいえ、化け物の方が数倍ましよ!あの人たちは、何か小さなきっかけで・・・そう、スープが熱かったとか、手が誰かにぶつかったとか、その程度の事で、この国を滅ぼすことができるのよ!!おそらく瞬きするほどの間に・・・」
正妃の言葉は的を射ていたが、このセリフを聞けば美咲は随分落ち込むだろう。虎やライオンなど可愛いたとえだったのだ。
母だって怒るかもしれない。
「失礼ねぇ。スープが熱いくらいで国を滅ぼしたりしないわよぉ。スープに虫が入っていたら考えるかもしれないけれどぉ。」
きっと、間違いなくそう言うだろう。虫が入っていたくらいで国を滅ぼすことが適当かどうかは論外だとしても・・・。
「心配ないよ。あちらにはグレンがいる。いくら追い出されたとはいえ自らの母国を滅ぼしたりはしないだろう。」
グレンと言われて正妃はビクッと体を震わす。
(グレン・・・どうして、戻って来たの!?)
自ら招きながら正妃は、グレンは王宮には来ないだろうと思っていた。
いや、来ないで欲しいと願っていた。
グレンは父である国王によく似ている。
聡明で何事にも秀で、国民に思いやりもある。
将来、国王を支える立場となっても・・・自身が国王となっても立派に務められるはずの自慢の息子だった。
だからこそ、いち早く国外に逃がして生き延びて欲しいと思ったのに・・・
「親不孝な子だよね。義母の思いも知らず、むざむざ戻って来るんだから・・・」
無邪気な少年の顔から、嘲るような声が出る。
この部屋に居るのは、正妃とネープルス王太子だけだった。
唇を噛みしめ蒼白な顔を歪めている正妃に相対しているのは、10歳の我が子だけだ。
その我が子の表情は、子供とは思えない皮肉な笑みを浮かべ、瞳は昏い光を発している。
少年の声が語るのは母を嘲笑するような内容ばかりだ。
ネープルスは・・・何ともわからぬ”モノ”に憑かれていた。
始まりは、4年前。
覚醒している時は、ネープルス本人なのに、眠った途端起き出して・・・別の”モノ”となる。
気付いた正妃は驚いた。
驚き恐れ騒ぎ立てようとして・・・脅かされた。
この事を他人に漏らせばネープルスの命は無いと。
・・・その日から、正妃は脅されるままに振る舞う傀儡となった。
無茶な要求をし、国政を乱し、権力を私的に乱用する。
特に義理の息子であるグレンには辛くあたらせられた。
グレン派と王太子派に王宮を別れさせ争わせたいと幼い王太子の口は語った。
「面白いだろう?」
言われる内容は、残酷につきた。
・・・流石に国王が気づき、問い詰められた正妃は・・・泣きながら国王に真実を話した。
助けてほしいと縋り付き、必ず助けると約束した彼女の夫は・・・病に倒れた。
「言いつけを破るからだよ。・・・でも、感謝して。・・・この子を殺す代わりに俺を退治しようとした愚かな王を苦しませることにしたから。この子と王を殺されたくなかったら、今度こそちゃんと言う事を聞くんだよ?」
愛しい我が子の口から聞かされた内容に正妃は絶望した。
もう逃げられないと・・・この国は終わりなのだと覚悟して・・・そして、その絶望の中で、なんとか画策して・・・グレンを逃がした。
恨まれても良い。
憎まれても良い。
ただ、無事であって欲しいと正妃は考え抜いた策謀を実行した。
・・・ネープルスに宿った”モノ”は、正妃の策謀に気づいていた。
だが、それはそれで一興だったようだ。
正妃が悩み苦しむさまはその”モノ”を満足させ、正妃の心も知らず、その仕打ちに傷つき国を逃げ出す第一王子の姿もその”モノ”の気に入ったらしい。
「面白い見世物だったね。おもちゃを1人逃がしたのは残念だけれど、楽しめたからまあいいよ。・・・これからも俺を飽きさせないようにしてね。」
・・・正妃は、この4年間、気も狂いそうなこの状況に必死に耐えてきた。
もはや自分や王太子・・・国王さえも助かるとは思っていなかった。
そんな望みを打ち砕くに十分な仕打ちを正妃は受けてきていた。
・・・望みはただひとつ。
国外に逃がしたグレンだけだ。
自分たちが滅んでもグレンが残ればこの国は立ち直れる。
そう信じていたのに・・・。
セルリアンの”運命の姫君”と共に舞い戻ってきたグレンの話を聞いた時は、喜びと絶望を同時に感じた。
その2人を王太子に憑いた“モノ”から王宮に招けと言われた時は、心の底からこの招きを受けないで欲しいと願った。
・・・しかし、グレンは戻ってきてしまった。
以前より成長して。
その姿に喜びが込み上げると同時に、絶望が正妃を襲う。
ただ、グレンが同時に恐ろしいほどの力を引き連れて来た事だけが唯一の望みだった。
あれ程の力に守られていれば、いくら得体の知れない”モノ”といえど迂闊に手は出せないはずだ。
その望みは叶ったが・・・
「安心して、グレンに手を出す必要はないよ。流石にあの力を敵に回すつもりはないからね。・・・貴女は、セルリアン王の本当の“運命の姫君”が、どちらなのかを探り出すだけでいい。」
それが目的だからねと王太子の中の“モノ”は言う。
口では敵に回すつもりはないと言いながら恐れる様子がほとんど無い事が正妃には気にかかる。
それに、“運命の姫君”を探り出すことが何故必要なのだろうか?
「わざわざ探る必要があるの?どう見ても白帝を連れていた少女のほうでしょう?年齢的にも間違いないわ!」
だから、もう止めて彼らを帰して欲しいと正妃は懇願する。
グレンと共に一刻も早くこの国から無事に出て行って欲しいというのが、正妃の切なる願いだ。
王太子に憑いた“モノ”は黙り込んだ。
彼も、そうだとは思っていた。
当然あの少女のはずだ。
あらゆる条件に少女は該当する。
魂の輝きからしても少女ともう1人の女との差は歴然としている。
ただ・・・竜王がその少女ではないほうの女を乗せていたことが彼の心に引っ掛かっていた。
・・・竜王ともあろうものが、ただの女を自らの背に乗せるはずはない。
竜王が自分の主に選んだ女。
その女を簡単に候補から外すのは危険だった。
「確証が欲しい。間違えるわけにはいかないからね。・・・彼らと接触し、本当の“運命の姫君”がどちらなのかを探るんだ。逆らう事は許さない。」
それは、王太子に憑いた“モノ”が彼らの“王”から受けた命令だった。
“セルリアン王の伴侶を見つけろ!”と王は言った。
王の命令は絶対だ。
何があろうとも、従わなければならない。
わずか10歳の可愛い王太子が・・・無表情に自分の首に手をかける。
「俺に従え・・・この首を捻り落とされたくないのなら。」
正妃は・・・蒼白な顔で頷いた。
それ以外に彼女にできることは・・・なかった。




